第645話 おじさんは学園を休んでいても忙しい


 明けて翌日のことである。

 昨日の昼間から行なわれた婦人会。

 その婦人会は、あのテンションのまま夕食にまでもつれこんだ。

 

 夕食まで食べてしまえば、温泉にも入りたくなる。

 温泉に入ってしまうと、もうお泊まりも視野に入ってくるものだ。

 結果、婦人会は二日目に突入した。

 

 さすがに、おじさんも付き合いきれない。

 

 ちなみに父親だが、おじさんの暖房グッズを見て頬を引き攣らせた。

 それは嬉しい悲鳴というやつだろう。

 いや、本当に。

 

 ただ、どう量産体制を作るのか。

 既に公爵家のキャパシティでもいっぱいいっぱいだ。


 となると――。

 父親はおじさんに言った。

 

「明日、義父上と義母上にも持っていってあげるといい。きっと喜ぶと思うよ。お二人とも寒いのは苦手だと仰っていたからね!」


 そうですわね、と笑顔をみせるおじさんだ。

 娘のその笑顔を見て、腹黒い自分の胸が痛む父親である。

 だが背に腹は代えられないのだ。

 

 そんなわけで、おじさんは朝食の後に暖房グッズを多めに作った。

 ついでに侍女と従僕たち用にも用意してしまう。

 本家の方は確認をとってからだ。

 

 すべての用意を済ませたおじさんは侍女を伴ってサロンへ顔をだす。

 二日目の婦人会はサロンで盛り上がっていた。

 おじさんお手製のカードゲームの真っ最中だったようである。

 

「お母様、少しよろしいでしょうか?」

 

「構わないわよ。どうかしたの」


 カードをテーブルに伏せて置く母親だ。

 母親以外の婦人たちからの視線も熱い。

 

 見れば、それぞれにお気に入りのクッションを使い、膝掛けも使って楽な体勢をとっている。

 なんとも馴染んだことである。


「暖房グッズをお祖父様とお祖母様にもお届けしようかと」


「そうね……その方がいいわね。お義父様とお義母様にもよろしく伝えておいてくれるかしら?」


「承知しました。それでは行ってまいりますわ」


 と挨拶だけをしてサロンを後にするおじさんであった。

 

 おじさんの去った後である。

 サンドリーヌが口を開く。

 

「ヴィー、今から領地に行くというのかい? 王都からだと一週間以上はかかるだろうに」


 親友の言葉に、ああ――と息を吐く母親だ。

 なぜこんな重要なことを話していない。

 軍務卿の顔を思い浮かべて、イラッとくる母親だ。

 

「メイユェ姉さまはご存じなのよね?」


 先に確認をとる母親だ。

 

「ああ――うん。ロムルスから聞いているわ」


 宰相はきちんと話をしていたみたいだ。

 その点だけでも評価できる。

 

「えっと? なんの話?」


 母親はサンドリーヌに語ってきかせる。

 おじさんが転移陣を作れることを。

 今や母親も刻むことはできるけど、それは内緒だ。

 

 もちろんサンドリーヌも転移陣のことは知っている。

 ダンジョンにあるアレだ。

 

 それと同じ物を作れる?

 なら領地と行ったり来たりできるわけか。

 ただ――その利便性と同時に危うさにも気づいた。

 

 ああ――と納得する。

 現在は王国上層部でも扱いを決めかねている状態だ。

 そんな大事な話をしていない夫に対して、イラッとくるサンドリーヌである。

 

 知らなければ、いざというときに対応できないではないか。

 

「帰ったら躾けないといけないわね!」


 軍務卿の命運はこのときに決まったのかもしれない。

 

 一方でおじさんである。

 転移する前に家令であるアドロスに宝珠次元庫を渡しておいた。

 冬の新しい制服だということで。

 

 家令となるアドロスと、侍女長のミーマイカのものは特別製だ。

 その外套を見て、二人は目尻を下げて喜んでくれた。

 おじさんも大満足である。

 

 ちなみに暖房グッズも二人の分は確保していた。

 他の従僕や侍女たちには悪いが、やはりおじさんにとっては優先したい二人なのであった。

 

 ちなみに侍女長は既に暖房グッズの虜である。

 おじさんに渡されたグッズを見て、涙するほど喜んだのであった。

 

 転移陣を使って、カラセベド公爵家の本家へと移動するおじさんだ。

 王都よりも南にあるだけに、少しだけ温かいような気もする。

 

 地下から地上へとあがると本家の侍女と偶然にも顔を合わせた。

 以前、本家でライブをしたときにいた侍女である。


「リ、リー様? これは失礼しました」


 慌てて足をとめて、ガバッと頭を下げる侍女だ。

 気持ちはわかるぞ、と思う側付きの侍女であった。


「あら? お久しぶりですわね。お祖父様とお祖母様はどちらに?」


 そんなことは気にせずに、おじさんは祖父母の居場所を聞いた。


「ハリエット様は執務室にいらっしゃいます。ご隠居様は現在、競馬場へと出かけておられます」


 ――競馬場。

 おじさんが作ったものだ。

 長らく足を運んでいない。

 

 結局のところ、エポナは王都から領都へと移っている。

 王都だと運動させる機会も少ないからだ。

 それよりも伸び伸び暮らした方がいいと、おじさんは思ったのである。

 

「ありがとう。では、執務室に顔をだしますわね」


「私が先にハリエット様にお伝えしてまいります。失礼いたします」


 おじさんたちよりも先に執務室へと駆けていく侍女だ。

 その後ろ姿を見ながらおじさんは言う。

 

「そんなに気をつかわなくてもいいですのに」


「そういうわけにはいきません。お嬢様はいずれこちらで執務につかれることもあるでしょうから」


 学園を卒業した後のことだろう。

 まぁそれもひとつの道かと思うおじさんだ。


 王都はメルテジオに任せればいい。

 転移陣があれば、いつでも行き来はできる。

 

 メルテジオもいつまでも姉がいてはやりにくいだろう。

 そんなことを弟は一ミリも考えていないが。

 おじさんの気の回しすぎである。

 

「リーお嬢様! ハリエット様が執務室でお待ちです!」


 さっきの侍女が走って戻ってきた。

 その姿に苦笑をうかべながら、おじさんは礼を言う。

 

 侍女を引き連れて、執務室へ。

 

「お祖母様、失礼いたしますわね」


 当たり前だが、失礼するんやったら帰ってとは返ってこない。

 

「よくきたね、リー」

 

 出迎えてくれる祖母だ。

 挨拶もそこそこにおじさんは祖母に宝珠次元庫を渡す。

 

「新しい暖房の魔道具を作ってみましたの」


 おじさんの言葉に頬をヒクヒクとさせる祖母である。

 結果はもうわかっているのだ。

 

 とても便利な品を作って持ってきたのだ、たぶん。

 いや、きっとそうだ。

 

 おじさんが実物を見せながら説明する。

 祖母の予感は当たっていた。

 

 なんて便利なものを作るんだと祖母は思う。

 作り自体はそこまで難しいものではない。

 

 ただ今まであった魔道具の手の届かない部分をうまく埋めている。

 そんな魔道具なのだ。

 

 もう大もうけできる道しか見えない。

 問題はどこのリソースを割り振るか、だ。

 

 ちらりとおじさんを見る祖母である。

 言えば解決しそうな孫娘がニコニコとしていた。

 

 だが、ここは頼ってはダメなところである。

 おんぶに抱っこは祖母としての矜持が許さない。

 

 頭を働かせる祖母の頭に閃くものがあった。

 

 おじさんが見せた騎士用のトレンチコートにブーツ。

 携帯できるサイズの暖房グッズ。

 

「むふん。いいことを考えたよ、リー」


 とっても悪い顔になる祖母だ。

 

「セブリルのところに行こうかい!」


 祖母が宣言して立ち上がった。

 目的地は競馬場である。

 

「お祖母様、競馬場まで転移陣を刻んでしまいましょうか」


「ほう。それはいいね! 私も挑戦してみたんだけどね、一人転移させるだけで精一杯だったんだよ」


 祖母も刻めるようにはなっていたのだ。

 カラセベド公爵家の魔法バカたちは、やっぱりスペックがおかしい。

 

「ふむ……ではちょっと見てみましょうか。およその予想はつくのですが……」


「ほう……では行こうか、リー!」


 祖母とおじさんで話をしながら地下へと足を進めていく。

 後ろに続く侍女は思うのだ。

 

 お嬢様の暖房グッズ、どのくらいの値段で買えるのかしらん、と。

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