第643話 おじさんの居ない裏庭での婦人会とわからせ
その日、王都は晴天であった。
雲ひとつない青空である。
ただ風は少し冷たい。
装いも秋冬用になっているとは言え、だ。
じっとしていると少し肌寒さを感じてしまう。
それなのに庭にとおされる。
王妃を含め、ご婦人たちはそのことを怪訝に思っていたのだ。
だが――。
その思いは
だって、見ただけでわかる。
あの
あれは暖かく過ごすためのものだ、と。
寒々とした木製の
シックな色合いの敷物にクッションが揃っている。
さらには膝掛け、テーブルの上にも秋らしい色合いのクロスがあった。
「お姉さま、こちらへ」
挨拶もそこそこに母親は王妃専用に設えた場所に腰を落ちつかせる。
お腹が大きくなってきた王妃でも楽に座れる場所だ。
少しはしたないが、あぐらをかいて座れるようにしている。
「ああ……これは」
先に座った王妃はすぐに気づく。
だって敷物が暖かいのだから。
さらにクッションや膝掛けの毛布まで。
驚くのはテーブルの下も暖かいことだ。
じんわりと身体が温まる。
そこへ少し冷たい風が吹いた。
心地いい。
思わず、王妃はほうと息を吐いていた。
「ヴェロニカ、これはリーちゃんが?」
こくんと頷く母親であった。
「……ねぇ。ヴェロニカ、リーちゃんに私の部屋を改造してもらいたいのだけど。こんなに居心地がいいなんて……本当にすごいわ」
「んーあの子もやることがありますからね。要相談ということで」
茶目っ気たっぷりに微笑む母親であった。
そして、ラケーリヌ家のメイユェとサムディオ公爵家のサンドリーヌを見る。
「二人もこちらへどうぞ」
素早く動いたのはメイユェだ。
続いてサンドリーヌも席に着く。
「はわわわわ!」
メイユェが驚きの声をあげる。
「ほう……これは」
サンドリーヌは目を見開いていた。
三人がそれぞれに口を開けようとしたときだ。
機先を制するように母親が軽く手をあげた。
「言いたいことはわかるわ。だけど、まずは落ちつきましょうか。いい飲み物を用意させているから」
侍女がワゴンで飲み物を運んでくる。
ぶどうジュースで作ったホットサングリア風だ。
本来は赤ワインで作るものである。
ホットにすることでアルコールを飛ばすことはできる。
が、完全になくなるわけではない。
おじさんが錬成魔法を使えばなんとかなるだろう。
ただそんなことをすれば、母親が毎回頼むことになる。
それはよくないと思ったおじさんだ。
なのでアルコールの入らないぶどうジュースを代替品とした。
少しのスパイスを効かせて、カットフルーツを多めに。
とても美味しい飲み物になっている。
さらに見た目も華やかだ。
母親のお酒を飲みたいという欲求をおじさんがなんとかした形である。
それが今回も功を奏したのだ。
「ふわぁ……美味しいわぁ」
物怖じしないメイユェが最初に口をつけた。
「お姉さま、こちらは酒精が入っていない飲み物ですから」
「ほんと! っていうかリーちゃんね!」
湯気の立つサングリア風ぶどうジュースに口をつける王妃だ。
その表情がみるみるとろけていく。
「……」
無言で飲み続けるサンドリーヌ。
その顔を見れば、どう思っているのか一目瞭然だ。
だって、こちらも目尻が限界まで下がっているのだから。
「皆の言いたいことはわかるわ。そうね、遠からずうちからここで使っている魔道具は発売するから。といっても数はまだ作れないけどね」
母親が先に言ってしまう。
どうせ欲しいとなるのは目に見えているのだから。
「ほんとに!」
真っ先に反応したのはサンドリーヌだった。
もう飲み干してしまったのだ。
「ドリー。あなた確か寒いのが苦手だったわね」
苦笑をうかべる母親だ。
だが、それはここに居る全員が同じである。
「はいはい! ヴィーちゃん! 私も苦手なんだけど!」
メイユェが手をあげる。
王妃が深く頷いていた。
「ただ、今回はお姉さまを優先しますわ。なんたってお腹が大きくなっていますしね」
「さすが! わかっているわね! っていうか、この椅子もついでにつけてくれない? すっごく楽なんだけど」
王妃の座っている椅子はおじさん特製である。
というか、母親用にと作ったものだ。
肘掛けの部分が可変する仕組みになっていて、使わないときは邪魔にならないように畳めるから、あぐらもかける。
立ち上がるときは肘掛けを元の位置に戻せば、楽に立つこともできる優れものだ。
あ……と気づく母親である。
筆頭薬師が言っていた。
王国貴族にはたくさんの子ができている、と。
内心でほくそ笑む母親だ。
このビッグウェーブに乗らない手はないのだから。
「まぁそういった話は後でしましょう。まずは昼食を楽しんでいってくださいな」
本日のランチはパイを中心にしたものだった。
ほくほくの焼きたてパイは様々な味を楽しめる。
他にもグラタンやら何やら。
お茶会というよりは昼食会だ。
甘くないパイという新しい発想の味にドはまりするご婦人たちである。
しばし無言の時間が続くほどであった。
「はぁ……」
ひとしきり食べて腹が膨れたのだろう。
王妃が母親を見て、小さく息を吐く。
「ねぇヴェロニカ……」
と声をかけたところで気づく。
超絶美少女が
少し色づいた庭の中を歩くおじさん。
深く落ちついた色合いのドレス姿が麗しい。
思わず、見惚れてしまうご婦人たち。
なんなのだろう。
ほう、とため息をつきたくなるくらい似合っている。
妖精だと言われたって納得してしまう。
「皆様、ごきげんよう」
きれいなカーテシーを見せるおじさんだ。
「ご歓談中に失礼します。ご挨拶にまいりました」
ニコッと微笑むおじさんだ。
その笑顔に飲まれてしまうご婦人たちである。
「リーちゃん、この敷物とってもいい感じよ。クッションに膝掛けの毛布もいいわ。それにこの暖房の魔道具!」
母親だ。
とっても気に入っています、と全身で表現している。
「それはよかったですわ。この陽気ですと、少し暑くはありませんか?」
ちょっとその点が心配になるおじさんだ。
だが、そこは問題ではなかったようである。
「ちょうどいいわよ」
「それは重畳。王妃様、体調に問題はありませんか?」
母親に笑顔を返したあと、王妃に話を振るおじさんだ。
お腹が大きくなってきているから心配なのである。
「うん。大丈夫よ、ありがとう。リーちゃん、ここの魔道具一式、ぜんぶ欲しいのだけど。この椅子も!」
「かまいませんが……帰りにお持ちになりますか?」
ぐるりとご婦人たちをみるおじさんだ。
メイユェにサンドリーヌといった錚々たる面子にも物怖じはしない。
おじさんの視線を受けて、全員が頷いた。
さすがに公爵家の奥方たちだ。
全員が自前の宝珠次元庫を持っている。
となると、在庫が足りない。
「お母様、よろしいですか?」
作っても、という意味だ。
それを察した母親は頷く。
「リーちゃんに任せるわ」
「承知しました。では、わたくしはこれで下がらせていただきます」
おじさんが一礼して下がっていく。
その後ろ姿が小さくなるに連れて、メイユェとサンドリーヌがホッと息を吐いた。
「どうしたのよ、二人とも」
王妃が首を傾げている。
「ちょっと雰囲気に飲まれちゃったわ。スゴいわね。ルルエラが言ってたことが理解できちゃった」
おじさんに嫁ぐといった娘のことだ。
そんなことできるか、とメイユェは怒った。
その後でおじさんと顔を合わせる機会は何度かあったのだ。
ただ――今日は少し雰囲気がちがっていた。
「メイユェ姉さま、そのお話、詳しく聞きたいのだけど?」
しまった、という表情になるメイユェだ。
まだカラセベド公爵家の人間には話をしていなかったのである。
ちょっとした気の緩みで、うっかり口にだしてしまった。
宰相から相談を受けた王妃は知っている。
サンドリーヌは知らないはずだ。
どうしよう、という視線を王妃にむけるメイユェだった。
「ええと……」
王妃もどう伝えていいのかわからなくて口ごもってしまう。
「ヴィー」
助け船をだしたのはサンドリーヌだ。
ここに居るのは全員が顔なじみばかり。
なので、心境が理解できたのだろう。
特に親友であった母親の気持ちはよくわかる。
遊んでいるだけだ。
「なにかしら?」
「あの子、リーちゃんのこと詳しく聞かせてほしいわ」
「ほおん。で?」
「さて、うちの年頃の子とお見合いでも……」
サンドリーヌの言葉の途中で鼻で笑う母親だ。
「そうね……ドリーは今まで関わりが薄かったから仕方ないか。まぁ帰ったらドイルや学園長にも聞いてみるといいわよ」
そして――母親は語った。
天才の目から見たおじさんのことを。
母親の話を聞き終わったご婦人たちの胸中は複雑だった。
王国随一の才能が認める、自身を遙かに超える才能。
その才能がもたらすもの。
ああ――と嘆息する。
彼女たちの思いは様々だ。
特にこの中では最も付き合いが長く、深いのが王妃だ。
その王妃でさえ、改めて聞かされると認識を改めざるをえない。
おじさんはいい子である。
善人だ。
魔道具を平和的に利用する才能なら、図抜けているのだから。
そんなことは百も承知である。
ただ、そうした点を差し引いたとしても――絶対に手に負えない。
母親以外の三人の思いは、奇しくも共通していたのだった。
特に――サンドリーヌの思いは強かったのだ。
自分で親友の側に立つと決めておきながら、できなかったのだから。
その親友すら遙かに超える才能。
それはもう――。
続く言葉をそっと胸にしまうサンドリーヌであった。
身内にすれば手に負えないだろう。
だが、離れた場所から見守るくらいならできる。
そんな風に胸に秘めた思いを切り替えたのであった。
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