第642話 おじさんは用意周到に冬の必需品を開発していたらしい
王宮魔法薬師筆頭が去ったあとのサロンである。
母親との話題が広がっていた。
魔法談義に移ると、どうにも夢中になってしまう二人だ。
いつの間にか昼食の時間になるまで話こんでいたらしい。
「奥様、失礼いたします。昼食はこちらでおとりになりますか?」
従僕である。
確認を取りにきたのだ。
「あら? もうそんな時間なの……そうね、今日はここで昼食をとりましょうか?」
後半はおじさんに問いかけている母親だ。
「お母様、どうせなら今日は天気もよろしいから庭でいただきませんか? 寒くならないように結界でも張ればいいでしょう」
おじさんの提案にニッコリとする母親だ。
「いいわね! 今日は庭でいただきましょうか」
方針が決定したので、従僕は頭を下げて部屋を出て行く。
厨房へと告げた後に、弟妹たちも庭に連れてくるのだろう。
おじさんは母親を伴って外にでた。
秋晴れのいい天気である。
ただ風が吹くと、肌寒くも感じてしまう。
裏庭にある
宝珠次元庫から取りだすと、侍女たちが用意をしてくれる。
――温かい敷物。
いわゆるホットカーペットである。
おじさんの錬金魔法で何気なく作ったものだ。
あればいいな、をポンポンと魔法で作ってしまう。
この程度の物なら造作もないので、片手間でできるのだ。
「この横についているのをクルクル回すと温度の調整ができますわ」
「これはとってもいいものね!」
母親もホットカーペットの魔道具にニンマリだ。
この発想はなかったのだ。
寒さを軽減する魔道具というものはある。
ただ、それはエアコン的なものなのだ。
部屋全体を温めるというものである。
当然だが、屋外で使うのは難しい。
木製の
おじさんがクッションやら膝掛けやらをだしていくからだ。
さらに、おじさんは目玉の魔道具をだす。
テーブルの下に設置できるようにした温熱の魔道具だ。
要するに、こたつの暖かくなるところだけを作ったのである。
これならば普段使っている机の天板に取りつけるだけだ。
なので、こたつそのものを作るよりも汎用性が高いと踏んだのである。
さらにおじさん。
アメスベルタ王国内で一般的に作られている織毛布ではなく、編み毛布を作っていた。
毛足が長く、ふわふわとした手触りが気持ちいいものだ。
結果が今である。
「リーちゃん、これはスゴいわ」
母親が感心したという表情になっている。
本当にとんでもないものを作りだしたと思っているのだ。
「あの……お母様。わたくし、このような物も作っていたのですが」
おずおずと宝珠次元庫からスリッパをだすおじさんだ。
大人むけのシックなデザインと色のスリッパである。
ワンポイントにリボンがいい感じだ。
スリッパそのものは、おじさんが何年か前に作っていた。
公爵家では家人も含めて、大好評の品だったのだ。
ただ――錬成魔法がチートの域に達したことと、素材が揃ったことでより冬用の物を作ることができたのである。
毛布生地をアッパーに使い、底地はスベらないようにラバテクス――天然ゴムの素材を使ったものだ。
ふわふわで柔らかく、温かい。
さらにスベりやすいという欠点をなくしたものである。
「……リーちゃん。がっぽがっぽね!」
おほほほ、と笑いがとまらない母親であった。
さっそくスリッパを履いている。
「お父様に丸投げします」
おじさんの言葉に母親が笑っていると弟妹たちが
「ふわああああ!」
喜びと驚きが混ざった声をあげる妹だ。
アミラも目を輝かせている。
弟は顔を引き攣らせていた。
「ねーさま! かーさま!」
妹がテテテっと走っておじさんに飛びついた。
それをしっかりと受けとめて、自分の隣に座らせるおじさんだ。
「ソニアとアミラにはこれを差しあげましょう」
母親のものと基本的なデザインは同じだ。
ただリボンのついている部分に動物の顔が描かれている。
犬の精霊獣であるクー・シーと、猫の精霊獣であるケット・シーだ。
動物シリーズだ。
色々と在庫はあるが、まずはこの二人ならと出したのである。
「むふん! ねーさま、ありがとう!」
妹がケット・シーを。
アミラがクー・シーを。
二人ともよく遊んでいる方を選んだのだ。
さらにおじさんは弟用のスリッパもとりだす。
こちらはシンプルな無地なもので飾り気はない。
ただ色合いが藍色から黒へとグラデーションになっている。
弟が好きな色なのだ。
「かっこいい! 姉さま、いいの?」
遠慮がちな弟に大きく頷いてみせるおじさんだ。
「気に入ったのなら嬉しいですわ」
ニコッと微笑むおじさんだ。
それに笑顔で返す弟である。
「ありがとう!」
「ねーさま。クッションと毛布がふわふわ」
と、言いつつ。
クッションと毛布を抱きしめているアミラであった。
隣で母親も同じようにしている。
「リーちゃん、これだけ寒さをしのぐものがあれば結界を張らなくていいわよ! むしろ風がある方が気持ちいいもの」
母親の言葉に頷くおじさんだ。
よく考えれば、それもそうだろう。
テーブルの下には暖房の魔道具がある。
さらに暖かいスリッパに、膝掛けの毛布。
敷物はホットカーペット風のもの。
さらにはクッションまで毛布地のものなのだ。
今の陽気であるのなら、フル装備になれば汗をかくかもしれない。
「奥様……王妃陛下の使いがきております」
「あ! すっかり忘れてたわ! お姉さまたちが昼食を一緒にと言ってたんだわ!」
思い当たる節があるおじさんだ。
対校戦の最終日。
貴賓席で王妃に加えて、三公爵家の奥様方と話していたのだ。
そのときに出ていた話である。
「お母様、それではこちらで持てなしをなさってくださいませ。もしなにかあればいつでもお報せを」
王妃も母親も妊婦なのだ。
万が一のことを考えるおじさんである。
「そうね……お姉さまがいらっしゃるのなら……まぁ聞いてからにしましょうか」
結界を張るかどうか悩んだのだ。
だが、母親は王妃に聞いてからにすると判断した。
「では、こちらの物はそのままお使いください」
「ありがとう、リーちゃん。しっかり売りこんでおくわ」
にんまりとした笑顔になる母親である。
こんなにも便利なものなのだ。
絶対に欲しがるに決まっている。
「では、わたくしたちは食堂に参りましょう」
弟妹たちに声をかけるおじさんだ。
さすがに大人ばかりの社交の場に出るのはまだ早いだろう。
そんなに堅苦しいものではないけれど。
「えー! ねーさま! この毛布はー?」
妹がまだ毛布を抱きしめている。
アミラもだ。
「あちらでも出してあげますわ」
「行く!」
妹とアミラの声が揃った。
「では、お母様。失礼いたしますわね」
弟妹たちを引き連れていくおじさんだ。
後で様子をうかがいにこようと決めたのであった。
おじさんたちの背が小さくなるのを見る母親だ。
側に立つ侍女長に声をかける。
「ミーマイカ。今からでも料理は対応できるかしら」
「既に厨房には伝えてありますので問題ありません」
その表情はいつもと変わらないように見える。
だが、母親はしっかりと見抜いていた。
「ちょっと試してご覧なさい」
「……失礼いたします」
少しだが逡巡した侍女長だ。
だが、誘惑には勝てなかった。
そして
「ああ――お嬢様はとんでもないものを開発されてしまいました」
「でしょう? いまいちあの子は理解していないようだけど」
「ヴェロニカ様、私は悔しゅうございます。こんなにも暖かくなれるものが開発されるなんて……うう。もっと早く欲しかった……」
侍女長の言葉に苦笑する母親だ。
「いいじゃない。もっと後になってから知るよりよかったでしょう?」
母親の言葉に頷く侍女長である。
「そうでございますね。ああ――もうここからでたくありませんわ」
「ふふ……ミーマイカがそんな表情をするなんて」
あはは、と明るい笑い声が公爵家の庭に響いたのであった。
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