第639話 おじさん母親の本気を見る
カラセベド公爵家領の食堂である。
父親はおじさん特製の清酒と刺身に舌鼓を打っていた。
それを恨めしそうに見る母親だ。
食べ物の恨みは怖いのだ……おじさんが罠にはめたわけだが。
「ぶるぁあああああ! おかわりだあ!」
ケルシーが猛烈な勢いでちらし寿司の入っていたお重を高く掲げた。
みんな大好き鮭フレークに、イクラと錦糸卵。
本当はもう少し具材をこりたかったおじさんである。
しかし具材にこるには時間がなさすぎた。
他にも色々と料理を作っていたからである。
ちなみに、ちらし寿司ではあるが酢飯ではない。
お子様組にだすことを考えて、敢えてそうしなかったのである。
次々と運ばれてくる鮭料理。
鮭と野菜のグラタンに、鮭とキノコの包み焼き。
バターと醤油が香る鮭ジャガなんかも作るおじさんだ。
もはや何でもありである。
さらに父親たちには特製料理第二弾が用意された。
鮭とキノコの酒蒸し鍋だ。
つけだれはレモン醤油である。
風味が豊かな鍋だ。
さっぱりとした後口で、グイグイと食が進む父親であった。
「リーちゃん、この卵はおいしいわね」
すっと父親から目を離した母親だ。
これ以上は目の毒だと思ったのだろう。
「でしょう? 噛んだときのプチッという感触が楽しいですわね」
「そうなのよ。そして、噛んだ後にでてくる濃厚な液体もいいわ」
では、そんなお母様にと、従僕に合図をするおじさんだ。
頃合いを見計らっていたのである。
母親の前には漆器の器だ。
宝石のような色合いの美しい丼ものだった。
海鮮親子丼だ。
そんなこんなで今日も食堂は賑やかだった。
ケルシーを筆頭にお子様組が、ぐったりと横になるまでは。
場所を移してサロンである。
おじさんは父親と母親の前に座っていた。
父親はよほど清酒が気に入ったのだろう。
「これはとてもいいものだ」
ニコニコとした笑顔になっている。
今もお猪口に自分から注いでいるのだから、相当だ。
「さて、お父様には少しお話がありますの」
本題を切りだすおじさんだ。
ぐいっと杯を傾けて、一気に飲み干す父親である。
おじさんは説明をした。
冒険者養成学校の下見に行ったことから、ギルブジブ渓谷で魚を見つけたこと。
その魚を手に入れるために河口にある漁村へと行き、すべて買い上げると約束してきたことなどなど。
塩の問題やらなにやら全部である。
「と、いうことで。お父様、お願いしますわね!」
ペコリと頭を下げるおじさんだ。
父親はそんなおじさんを見て、微笑みを崩さなかった。
父を、家族を頼りにしてくれているのだ。
そんな娘に否と言えるはずがない。
「わかった。じゃあネーリ子爵には私から手紙をだしておこう。まぁ話のわかる御仁だから無茶は言わないと思うよ」
「よろしくお願いしますわね」
再度、頭を下げるおじさんであった。
「ところで、リーちゃん。さっきの魚を塩蔵したものもあるのかい?」
父親である。
そうなのだ。
父親はマリアージュを覚えてしまった。
きっと塩辛い魚と、先ほどの清酒はあう。
そんなことが頭をちらついて離れないのだ。
「ええ、少しばかり買い上げてきました。明日の夕食にでも焼いて、おだししましょうか。ふふ……今からできあがるのが楽しみですわ」
おじさんも楽しみにしているのだ。
「ああ――それはいいね。ものすごく楽し……いだだだだ!」
父親が声をあげた。
母親がその太ももをつねったのである。
力の限り。
「スラン、私がお酒を飲めないを知っているのでしょう?」
滅多に見ない母親の本気の怒りだった。
どこかニヘラとしているが、目がまったく笑っていない。
尋常ではない鬼気をまとう母親である。
「え? あ? うん、知っているともさ。だから……」
ヴェロニカは悪いなと思っているよ、と告げようとしたのだ。
だが、父親の唇はパクパクと動くだけであった。
「あ゙あ゙ん゙!!」
「いえ……我慢します。ヴェロニカがお酒を飲めるようになるまで、一緒に我慢させていただきます」
平身低頭の父親であった。
げに恐ろしきは食べ物の恨みである。
父親に負けず劣らずのお酒好きが母親だ。
その母親の前で、新作を味わったのである。
怒りをかっても当然というしかない。
「リーちゃん!」
母親の鋭い声がとんだ。
おじさんは何も言わずに、宝珠次元庫からあるものをとりだす。
スッと母親と父親の前にだすおじさんだ。
千年大蛇の肝と心臓を食べやすく加工したものである。
満足そうに頷く母親。
対照的に顔を一気に青ざめさせる父親。
そして、おじさんは立ち上がった。
「ごぞんぶんに」
ぺこりと頭を下げる。
「さすがリーちゃんね。心得ているわ」
大事そうに心臓と肝を懐にしまう母親だ。
そして、父親の首根っこを掴む。
「あとは任せたわね」
「畏まりました」
おじさんは母親にむかって頭を下げる。
父親はおじさんを見ていた。
引きずられながら、助けを乞うように。
だが、おじさんは見なかったことにするのであった。
母親の本気は怖かったから。
明けて翌日のことだ。
おじさんは今日も今日とて時間を持て余していた。
巨大ゴーレム作りは一時的に作業を中断している。
おじさんはいくらでも作ることができるが、それでは困るのだ。
王国の上層部が。
で、色々とあって一時的に中断しているのである。
となれば、暇を持て余すのがおじさんだ。
昨日は料理づくしの一日であった。
パイを作り、鮭料理を楽しんだ。
さて、どうするか。
そんなことを考えていたときである。
従僕がサロンで寛ぐ、おじさんのもとへ駆け寄ってきた。
「お嬢様、ボナッコルティ卿が訪問なされるそうです。先ほど王城を出たと報せがありました」
王宮魔法薬師の筆頭である。
薄毛の薬に、水虫の薬と関わりがある御仁だ。
つい最近まで王都を離れて、おじさんちの温泉郷へも招待した。
「恐らくはお礼かしら……いいでしょう。賓客用のサロンの用意をお願いしますわね」
従僕に告げるおじさんであった。
「お嬢様、お召し物はいかがなさいますか?」
侍女である。
おじさんに着替えろと言っているのだ。
「着替えなくてはいけませんか?」
「その方がよろしいでしょう」
有無を言わせぬ迫力の侍女であった。
「では、お任せしました!」
いやっふううと喜ぶ侍女たち。
なんだかんだで超絶美少女のおじさんである。
着せ替え人形になってくれるのは楽しいのだ。
だって、何を着たって似合うのだから。
「今回はこちらの衣装がよろしいかと」
つい先日のことだ。
ここ公爵家邸ではおじさんのコスプレ大会が開かれていた。
対校戦の決勝戦で着る衣装を決めるために。
結局は中二心をくすぐるものに決まったが、あのときに惜しいと思われる衣装もたくさんあったのだ。
今回はそのひとつ。
深い瑠璃色をベースにした衣装だ。
聖女がガレットと叫んでいたものである。
さすがにザベスの方は危険だと判断したのだろう。
いつもの軍服調なので、さほど変わった点はない。
が、なんだか女帝という言葉が似合うおじさんであった。
そんなこんなで王宮魔法薬師の筆頭のボナッコルティ卿が到着する。
賓客用のサロンにて挨拶をするおじさんだ。
ボナッコルティも、目の前にいる超絶美少女にギョッとしてしまう。
だが、すぐに表情を隠せるのが大人たる所以だろう。
「本日は急な訪問にもかかわらず、時間をとってもらって感謝する。外務卿閣下には話をとおしてあるから、その点の気遣いは無用だ」
一度、王城の廊下で父親が抜剣した事件である。
切羽詰まっていた状況とはいえ、あれは確かに自分にも非があった。
だから今回は父親に話を通してからきたのだ。
目的は二つ。
「まずは礼を。陛下への進言、まことに痛み入る。また、温泉郷へ招待してくれたこと、王宮魔法薬師全員が感謝をしている。今回は私のみが訪問したが、全員が礼をしたいと言っていてな」
懐から書状をとりだすボナッコルティ卿だ。
それをおじさんに渡す。
「目録だ。我ら王宮魔法薬師からの礼、受けとってほしい」
まぁなんだ。
希少な素材を筆頭に色々と書かれてある。
それだけ、おじさんのブラック撲滅運動に感謝したのだろう。
「承知しました。ありがたく受けとらせていただきますわ」
「目録にもあるが、ヴェロニカ様がご懐妊されたと聞いて、王宮魔法薬師に伝わる薬も入れてある」
「……助かりますわ」
そういうのは嬉しいおじさんだ。
「それにしても……王妃陛下の懐妊に続き、ヴェロニカ様。ご姉妹だけではなく、他にも貴族の間で子が多くできているようだ。また忙しくなると思う」
ちらりと上目遣いでおじさんを見る筆頭薬師。
なるほど、こちらが本命かと理解するおじさんだ。
「そこで相談なのだが……」
と、王宮魔法薬師が切りだしたところであった。
サロンの扉が開いた。
妙に肌つやのいい母親である。
「げええ! ヴェロニカ様」
思わず立ち上がり、直立不動になる筆頭だ。
「久しぶりね、エバンス」
どうやらこの二人は顔見知りのようであった。
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