第599話 おじさん魔人の身の上話を聞いて反省する
おじさんが以前、ウドゥナチャに語った話である。
かつて――後期魔導帝国時代に聖人とされたヴァ・ルサーンは失踪後、長い年月を経て聖人ア・ズレッドの祝祭日に再び姿を見せた。
そして呪いを振りまいたという。
だから破祭日。
聖人ア・ズレッドの祝祭日は明日である。
ウドゥナチャから報告はまだないが……。
その張本人が今、おじさんの目の前にいる。
しかも聖女の関係者だ。
「だいたいなんや、その格好は! 人をおちょくっとるんかいな。まぁ……かわいいけどな」
着ぐるみ姿の聖女を見て、デレッとする魔人ユーゴ。
色々と詳しい話を聞いてみたいが……さて、どうするか。
おじさんは
知れば出張ろうとするからだ。
おじさんなら、どうとでもできるが……敢えて危険な話をするわけにはいかない。
だが、今は聖女がいる。
聖女の性格からすれば、知ったら絶対に一緒に行くと言いそうだ。
さて困ったぞ、と頭を捻るおじさんであった。
その瞬間である。
パンと手を打つ音が鳴った。
母親だ。
「エーリカ、少し席を外しなさい。そこの魔人に確認することがあります」
有無を言わせぬといった強い言葉だった。
一瞬だが動きがとまる聖女だ。
だが、すぐに姿勢を正した。
なぜか母親に対して敬礼する。
「はい! お部屋で待ってます!」
「よろしい」
何も言わずにサロンを出て行く聖女である。
いつも以上にキビキビとした動きだった。
なんとも強引な手段だ。
だが、おじさんとしても助かった。
その辺りは母親が気を利かせてくれたのだろう。
おじさんは魔人を見る。
魔人もまた母親に対して敬礼しているのであった。
さすが親族だけのことはある。
「さて、魔人……ユーゴといったかしら。いえ、ヴァ・ルサーン。そちらの方に用があるのよ。リーちゃん、いいわね?」
おじさんに視線をむける母親であった。
コクンと首肯して応える。
「確認しておきたいのですが、あなたは後期魔導帝国時代に活躍したとされる聖人ヴァ・ルサーンでよろしいのですね?」
最初に確認から入るおじさんだ。
敬礼のポーズを解いて、魔人ユーゴが口を開く。
「お! なんやなんやボクのこと知ってるんかいな? ええよ、ええよ。なんでも聞いてくれて」
どうにもこの関西臭の強い魔人が、呪いを振りまいたとは思えないが確認する必要がある。
「神殿にてあなたは聖人とまで称された人物だった。間違いありませんわね?」
「そうやで。ボクな、もともと野良で祓魔の名人やっててん。で、評判を聞きつけた神殿に拾われてな。気ぃついたら聖人やいうて、祭り上げられとったわ」
祓魔――魔物退治とはちがうのだろうか。
聖女は確か本家は神職の家系といっていた。
そちらと関係あるのかもしれない。
「わたくしが知る記録では、理由も告げずに失踪。その後、二十三年の時を経て、ア・ズレッドの祝祭日に舞い戻った。そこで呪いを振りまいたとありますが……相違ありませんか」
おじさんの質問に魔人の顔色が変わった。
なんだか眉間に皺を寄せて、苦い顔つきをしている。
「そうかあ……。まぁ確かにボクがやったことだけを記録したら、そうなるわなぁ……なぁちょっとだけ昔語りしてもええかな? ボクにはボクなりの理由がちゃあんとあんねん」
「ほおん、聞きましょう」
おじさんの代わりに母親が頷く。
既に危険はないと判断したのだろうか。
両親は揃ってソファに座っていた。
「ボクな……まぁ色々あって神殿で祓魔を生業としとったんや。せやけど、こんな見た目やからか、人には好かれてなかった。もともと天涯孤独の身でなぁ」
おじさんもソファに腰掛けた。
話が長くなりそうだったからである。
「そんなボクにも唯一、優しかったんが神殿でボクの助手をやってくれてたアズニャンや。小柄でかわいい女の子でなぁ。ボクはいつの間にか、アズニャンに恋しとった」
なんだかなぁとおじさんは思う。
「手柄を譲ってやったことも一度や二度やない。ボクはな、ただアズニャンが喜ぶ顔が見たかったんや。ニコって笑う彼女の顔がほんまに好きやった」
せやけどな! と魔人が地団駄を踏む。
「アズニャンはボクを利用しとるだけやった。うすうすはそんな気してたんやけどな。アズニャンはある日、ボクの前でこう言うたんや。私、妊娠したのって」
うはぁとなるおじさんだ。
おじさんとて前世でいい思い出はない。
特にこうした色恋沙汰というのはタチが悪い。
「相手はな、神殿に仕えるイケメンの騎士やった。裏では女癖悪いって有名な騎士や。ボクはその噂を知ってたから、それとなく何回も忠告してたんや」
「それでも聞いてもらえなかった、と」
おじさんが合いの手をはさむ。
魔人は大きく頷いた。
「アズニャンは言うとったよ。セイ・ヤーク様はそんな人じゃないって。まぁ今から考えたら、その時点でボクの負けや。完全にアズニャンの心はもうアイツのもんやったんや……」
なんと声をかけていいのかわからないおじさんだ。
「ただ当時のボクはまだ若かった。もうこの世のなんもかんもが嫌になってな。絶望したよ、ほんまに。それでもうイケメン騎士に復讐することしか頭になかったんや。せやから神殿にもなんも言わんと逐電した」
おっと話の雲行きが怪しくなってきた。
「その後は拠点を色々と変えながら、復讐のための方法を考え続けたんや。それを実行するための力を得るために無茶もやった。それでな……」
そこでおじさんがストップをかけた。
「あなたが力を得るためにしたこと、その内容が気になりますわ」
「ああ――ボクな、色々と回ったけど結局のところな、霊山ライグァクタムに行ったんや。なんでも……」
「鬼人族ですか」
おじさんが先に言ってしまう。
オリツのことである。
「そうや。気のええヤツばっかりやったけどな。やっぱりモテへんかったわ、ボク。その霊山ライグァクタムにはな……ああ、ごめん。これは約束で話したらあかんねん。ごめんな」
対校戦が終わったあと、おじさんは足を運ぶのだ。
そのときにたぶん知ることになる。
「かまいません。その霊山ライグァクタムにて、あなたは何らかの力を手に入れた、と。それは恐らく蛇神に関係あるのでしょう?」
「……せや。話せるとこだけ言うとやな。ボクは太古の蛇神に仕えてた部族と取引したんや。それからまぁ色々とやってたらな、二十三年の月日が経ってた」
「そのときに姿が変わっていなかったと伝わってますわ」
「うん。もうそのときは魔人になっとったからね。まぁそこはどうでもええわ。ボクな、べつにアズニャンの祝祭日を狙って戻ったわけやないんよ。たまたまそうなっただけ」
アズニャンって聖女ア・ズレッドのことだったのか。
おじさんも両親も同じことを思った。
「まぁなんちゅうか。あれや、アズニャンとセイ・ヤークの二人が揃っておったからな。モテへん男の恨み骨髄しみこんだ呪いをぶちまけったったわけ! そこの聖女様に呪いといてもろたらええやん、言うてな!」
わーはっはっは。
大声で笑う魔人である。
「それ、どんな呪いだったのですか?」
「聞きたい? 聞きたい? 気になるやろ。ボクな! 不妊の呪いをまきちらしたんや! 男は起たず、女は鍵がかかる。そんな呪いや!」
あー。
おじさんは何も言えなかった。
だって、自分も王太子との結婚を考えて、不能の薬を作ろうとしていたのだから。
理由は違えど、行き着く先は同じ。
自己嫌悪に陥るおじさんであった。
人の振り見て我が振り直せ。
そんな言葉が頭をよぎるのだった。
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