第598話 おじさん魔人の正体を知る


 カラセベド公爵家のサロンである。

 おじさんと両親、聖女の四人。

 

 そして魔本の表紙から出てきた三十センチほどの人影。

 大きさ的にはフィギュアみたいなものだ。


 人影――否、人影ではない。

 本人曰わく、自分こそが魔人である、と。

 

 その姿はなんというか地味だった。

 薄汚れたねずみ色のローブ。

 

 下には膝丈ほどの長さの貫頭衣を着ている。

 色は薄い茶色。

 足元はサンダル。

 

 黒髪の地味な男だ。

 だが、おじさんには心当たりがある。

 それは前世でよく見かけた男性の容姿だったのだ。

 

 要は平らな顔族であったのである。


「……あれ? なんやこれ? 思ってたんとちがう……」


 魔人が小さく呟いた。

 そして、辺りをキョロキョロと見回している。


「うおおお! なんやなんや美人さんばっかりやないか!」


 魔人の目はおじさんと母親を行ったり来たり。

 

「ふふーん! 見る目あるじゃないの!」


 復活してきた聖女が腰に手をあてて胸を張る。

 着ぐるみを着たままで。

 

 ちなみに聖女の着ている着ぐるみはリスを模したものだ。

 ややこしいのが復活してきたとおじさんは思った。

 

「なんやこのちんちくりん。自分みたいなんはお呼びやない。ひっこんどき!」


 しっしっと手を振り払うミニチュアの魔人である。

 

「あんですってえええ! 誰がちんちくりんなのよ! この地味……あれ? あれ? ええ! 嘘でしょ! そんなことって!」


 マズいとおじさんは思った。

 また聖女がやらかす。

 しかも両親の前で。

 

 瞬間、おじさんは魔法を発動していた。

 

「んんんんんん! んん? んー!」


 問答無用で黙らせるおじさんである。

 聖女はおじさんを見ていた。

 口を封じたことを抗議しているのだろう。

 

 おじさんが聖女の耳に口を寄せた。

 

「エーリカ、イエスなら一回だけ頷いてください。ノーなら首を横に振って」


 一回頷く聖女だ。

 

「あれは親戚のお兄さんですか?」


 ズバリ、核心をつくおじさんだ。

 その質問に聖女が一回だけ頷く。

 

「わかりました。今から魔法を解除しますが、余計なことを話してはいけませんわよ。その場合は……わかりますわね?」


 コクコクと激しく首を縦に振る聖女であった。

 その様子におじさんも頷く。

 

「あとで存分に話せる場を整えますので、まずは大人しくいていてくださいな」


 と、おじさんは指を弾いて魔法を解除した。

 

「ぷはあ! これが魔人だって言うのね!」


 聖女がビシッとホログラムのような魔人を指さす。

 

「ふははははは! そうや! このボクこそが魔人や!」


 ふむ、とおじさんは頷いた。

 そのまま口を開く。

 

「では、魔人さん。あなたはなぜ封印されていましたの?」


 魔人はおじさんの質問に対して、パチンと指を鳴らした。


「ええ質問や! さすが美人さん。 ボクはな、封印されてたわけやない。自分で封印したんや!」


「ほおん」


 母親が興味深そうにしている。

 その母親を守るように立つ父親も興味津々な表情だ。

 

「なぜ自らを魔本に封印したのです?」


「そんなん決まってるやん! ボクはな、死にとうなかったんや。せやから自分で自分を封印したんや!」


「死にたくなかった……」


 おじさんは推測する。

 十中八九、この人は転移者だ。

 

 転生したわけじゃない。

 その姿が平たい顔族なのだから。

 

 なぜそこまで死にたくないのか。

 おじさんにとって、死とは救済でもあった。

 

 辛く長い人生を終わらせるための、だ。

 だからと言って、自裁することだけはなかった。

 恩人との約束があったからだ。

 

 それはある意味でおじさんにとっては呪いのようなものだ。

 だが、呪いがあったからこそ胸を張って生きてきたとも言える。

 

「あなたは何ができるのかしら?」


 沈思したおじさんに変わって母親が質問する。

 

「ふははははは! なにができる、か。難しいことを聞く美人さんや。せやな、ボクが生きてたときの二つ名を教えたる。ボクはかつて聖人と呼ばれとったんや!」


「な!?」


 父親と母親の二人が揃って声をあげた。

 ――聖人。

 それは聖女と並び称される号だ。

 

 聖女は女性に、聖人は男性に。

 いずれにしても神殿の重要な人物だと言えるだろう。

 

「祓魔の大家、聖人としてのボクの名はヴァ・ルサーンや!」


 どどーんと決めポーズを作る魔人である。

 おじさんは笑っていた。

 

 朗らかに笑ったのである。

 だって、思わぬところで繋がったのだから。

 おかしくてたまらない。

 

「な! なんや、なんで笑とるんや! かっこええやないか、聖人ヴァ・ルサーンやぞ!」


 聖女は言いたいことがあるのだろう。

 だが、自分の手で口を押さえて言わないようにしている。

 

「ああ、申し訳ありませんわ。こちらの事情です。あなたには関係ありませんの。ふふ……そうですか、そうですか」


 父親と母親は驚きで、声をだせなかった。

 もちろん蛇神の信奉者たちクー=ライ・シースが告げたという、ヴァ・ルサーンの破祭日について報告を受けている。

 

 鍵を握ると思われる張本人。

 それがこんなところで。

 

 おじさんの引きの強さには、改めて驚かされていた。

 偶然――いや、偶然といってもいいのだろうか。

 

 この時期に手に入れた魔本。

 その魔本の封印を解く情報を知る聖女。

 封印を解いた先にいた魔人。

 

 すべてが必然だったかのように思えるのだ。

 先に口を開いたのは母親だった。

 

 母親もまた笑ってしまう。

 おかしくて、おかしくて、笑ったのだ。

 

 父親もまた笑うしかなかった。

 笑って、笑って、思うのだ。

 

 良くも悪くもおじさんが中心になっている、と。

 

 そのことを憂うのだ。

 物事の中心になるということは、それだけ危険も増す。

 娘のことを思えば、ただ喜ぶというわけにはいかない。

 

 父親は笑いながら、母親を見た。

 母親もまた父親を見た。

 二人はなにも言わずとも、お互いの言わんとすることを理解する。


 ――娘は絶対に守る。

 

 そして聖女も笑っていた。

 彼女は純粋にただただ純粋に笑っただけだ。

 

「ちょ、ヴァ・ルサーンって。ぷくく……草はえるわ」


 聖女がお腹を抱えている。

 

「なんやなんや、みんなしてなんなんや! おっちゃん、そろそろ拗ねてしまうで!」


 魔人がなぜかあたふたとしている。

 その姿もまた滑稽であった。


「ふふ……ごめんなさい。さて、少し聞きたいことがあるのですが、いいですか? 魔人さん」


 おじさんが魔人にむかって告げる。

 デレッと表情を崩す魔人だ。

 

「ええよ、ええよ。ボクの知ってることならなんでも教えたる! せやからボクのことはユーゴって呼んでくれるか?」


「承知しました。わたくしはリーでかまいませんわ」


「うんうん。リーちゃんか、ええ名前やないか。ちょっとあちょーって言うてみてんか?」


 やっぱり転生者なんだろうなと、おじさんは確信する。

 ユーゴというのが前世の名前なのだろう。


「あちょー!」


 タンタンとステップを踏みながら聖女が言う。

 

「お前が言うんかい!」


 息がピッタリな聖女と魔人ユーゴであった。

 さすが親戚である。

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