第597話 おじさんの衣装が決定し、魔本の封印を解く



 なんだかんだで、おじさんはおじさんである。

 見た目は超絶美少女でも、だ。

 着せ替え人形にされてしまうのは、あまり好ましくない。


 だが、衣装を変えれば喜んでくれる。

 お友だちだけではなく、侍女たちも含めてだ。

 そうした反応を見ると悪くないとも思える。

 

 そんな複雑な思いを抱えながら、おじさんは十着を超えるコスプレ衣装を作り、着替え、お披露目していた。

 正直なところ、おじさんとしては動きやすければどうでもいい。

 

 極論ではあるが、ジャージで出場してもいいのだ。

 だが、それは許されないのだろう。

 

 皆の反応を見ていれば、それは理解できる。

 ただそろそろ疲れてきたのだ。

 肉体的にではなく、精神的にである。


「エーリカ、そろそろ決めましょう。疲れてきましたわ」


 珍しくおじさんの口から疲れたという言葉がでた。

 それだけ疲労を感じているのだ。

 

「んん、最初のアレは絶対に封印するとして……」


 聖女が呟きながら顎に手をあてた。

 それは他の面々にも伝染していく。

 

 皆が真剣にどの衣装がいいのかを考え始めたのだ。

 

「アタシはガレットがいいかな!」


 瑠璃色の衣装のアレである。

 聖女はかなり気に入ったようだ。

 

「確かにアレもスゴくリー様の美しさを引き立てていました」


 アルベルタ嬢が同意する。

 オリツもまた頷いているところを見ると、気に入っているのだろう。

 

「確かにアレも捨てがたいのですが……私はこちらの男装というのもよいかと思います」


 おじさん付きの侍女である。

 侍女が指さしたのは真っ黒な衣装だ。

 足元は短めのブーツ、黒の革パンツとスタイリッシュである。

 

 最大の特徴なのは顔の下半分を覆うマスクだろう。

 歯と歯茎がむきだしになっているデザインだ。

 さらに片目は眼帯という、実に中二心をくすぐるものである。

 

 おじさんとしても、これが一番だったりする。

 だって、おじさんも発症しているのだから。

 

 もちろん男装なので動きやすいというのもある。

 ナイスチョイスだと侍女を褒めたい、おじさんだ。


「ねぇねぇ……リー。ワタシはこれが着てみたい!」


 ケルシーだ。

 おじさんにねだっているのは、いわゆる着ぐるみである。

 

 聖女が遊びでデザイン画を書いたのだ。

 のんびりとしたクマの着ぐるみ。


「かまいませんわよ。大きさを合わせてあげましょう」


 ケルシーがその場で着ぐるみを着用する。

 おじさんサイズに合わせてあるので、彼女には大きくてダボダボだ。

 そこで錬成魔法を発動して、服のサイズを合わせてしまう。

 

「うっひょうううう! ありがとう! リー!」


 着ぐるみがよく似合うケルシーだ。

 小躍りして喜んでいる姿が実に愛らしい。

 皆がその姿を見て、ホッコリするのであった。

 

「リーのときとはまたちがった愛らしさがあるわね」


 聖女が生暖かい目でケルシーを見ている。


「よければエーリカにも作りましょうか?」


「ほんと! ほしい、ほしい!」


「はい! 私も欲しいのです!」


 聖女とパトリーシア嬢が手をあげる。

 この中では背の低い三人だ。

 おじさんも頷いて、サッと着ぐるみを錬成してしまう。

 

「私も……リーさんはこちらの衣装がよろしいかと思いますの」


 空気を変えたのはキルスティだった。

 キルスティが選んだのは、侍女と同じものである。

 結果的に、おじさんはこの男装スタイルで決勝戦に臨むことになったのであった。

 

 その日の夜のことだ。

 夕食を食べたあと、アルベルタ嬢とパトリーシア嬢、キルスティの三人は公爵家邸を辞去した。

 

 聖女が残っているのは、件の魔本のことである。

 オリツとケルシーは弟妹たちと遊んでいた。

 

 その姿を確認して、おじさんたちはサロンへ移動する。

 

「お父様、お母様。ご存じかと思いますが、こちら聖女のエーリカですわ。今回の魔本の封印術式について、色々と知見があるそうですの」


 おじさんが軽く二人に紹介する。

 着ぐるみ姿の聖女を。

 

 実は……聖女はかなり気に入っていたのだ。

 そして着ぐるみは今、公爵家邸で流行っていた。

 弟妹たちにもねだられたのである。

 

 もちろんケルシーも着ぐるみを着用したままだ。

 

「ええと……エーリカです。よろしくお願いいたします」


 ペコリと頭を下げる聖女だ。

 その姿を見て、ニヤニヤしている父親と母親だった。

 

 聖女はおじさんちに泊まったこともあるから、おじさんの両親とももちろん面識がある。

 だが、このような少人数で言葉を交わしたことはない。


「ふむ……早速で悪いんだけど、この封印術式を知っているということでいいのかな?」


 父親が聖女に聞いた。

 ただし詰問するような感じではない。

 あくまでも雑談の延長といった柔らかい口調だ。

 

「ええと……神殿で見たことがあったような気がします」


「ほう! 神殿の! 詳しく聞きたいところだけど、私たちには話せないこともあるだろう。そこは私もヴェロニカも理解しているから安心してほしい」


 父親の言葉にニコッと微笑む聖女だ。

 

「あざます!」


 そろそろ封印術式にいこう。

 ボロが出る前に。

 そんなことを考えるおじさんであった。

 

 宝珠次元庫から預かっていた魔本をとりだす。

 そして、テーブルの上に置く。

 

「念のために結界を張っておきますわね」


 おじさんはパチンと指を鳴らして、魔法を発動させた。

 ついでに封印の術式も展開させる。

 

「では、エーリカ。お願いしますわね!」


「任せておいて!」


 公爵家のトップを前にしても物怖じしない聖女だ。

 グッとおじさんに親指を立ててみせる。

 着ぐるみ姿で。

 

「この術式の封印をとくには……」


 聖女が少し黙ってから考える。

 そして、おじさんの耳元で告げた。

 

「リー、どうしたらいいの? 答えはわかるけど」


 ふふっと笑ってしまうおじさんだ。

 おじさんも聖女の耳に口を寄せて言う。


「承知しました。では、答えを教えてくださいな。わたくしが封印を解きます」


「うん! 答えはね、『アヴェ・マリア』。お兄ちゃんの作品のタイトル」


「承知しましたわ」


 聖女と短いやりとりを終えて、おじさんが封印術式をキーワードを入力する。

 その瞬間、魔本の封印がとけた。

 

 ペカーと光を放つ魔本だ。

 

「みぎゃああ!」


 まともにその光を見てしまった聖女だ。

 目を押さえて、ゴロゴロと床をのたうっている。

 その勢いのまま、ゴンとテーブルの脚に頭をぶつけた。

 

「みぎゃああああ!」


 賑やかな聖女だ。

 そんな聖女を見て、笑いが抑えられない母親だった。

 

「エーリカ、封印が解けますわよ!」


 おじさんが声をかける。

 それでも聖女はすぐに回復しないようだった。

 

 魔本の輝きが収まった。

 次の瞬間に、魔本の表紙に描かれていた逆五芒星の中央、そこから白い煙が立ち昇る。

 

 すぐさまに距離をとるところが、おじさんの家族だろう。

 一切の油断をしていない。

 

 聖女はまだ床を転がっていた。

 

「ふははははは! 我が魔本の封印を解きし者よ、我こそが封印されていた魔人である! ふははははは!」


 白い煙が人のかたちをとった。

 そして――魔人が姿を見せたのであった。

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