第596話 おじさんトラウマを掘り起こされる


「これでリーが出場することが決まったわね!」


 宣言したのは聖女である。

 おじさんはと言えば、お菓子まみれになったケルシーに清浄化の魔法をかけていた。

 

「そう言えば!」


 パトリーシア嬢が聖女を見た。

 

「エーリカは自分が出たいって言わなかったのです。とっても珍しいことなのです!」


「ばっか、そこはアタシだって空気を読むわよ。なんせリーはもう今回が最後なんだろうから」


「……意外なのです」


 パトリーシア嬢の言葉にアルベルタ嬢も頷いていた。


「まぁその話はいいのよ。私はリーに提案したいことがあるの!」


 ケルシーをきれいにしてやったおじさんだ。

 ついでに矛を収めたことのご褒美で彼女の頭をなでていた。

 

「なんでしょう?」


「リー、どうせ出場するんだったらド派手にいきましょうよ!」


「ド派手に?」


 聖女の言う意味がいまいち掴めないおじさんだ。

 

「どうせこれで最後なんだからさ、衣装とかばっちりキメて出るのよ!」


「……衣装ですか」


 おじさん的にはいつもの制服に薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのマントで出る予定だったのだが。

 あまり衣装には興味がないおじさんだ。


 だが他の面子は聖女の提案に目を輝かせている。

 キルスティまでも、だ。

 

「そう! そこでアタシが提案したいのはレプリカントのあれよ! リーだったら絶対に似合うと思うのよね」


「れぷりかんと?」


 アルベルタ嬢たちはクビを傾げる。

 なにせ心当たりのない言葉だからだ。

 

 一般的にはSF映画に登場する人造人間の総称である。

 もちろん、おじさんの前世での話だ。

 

 だが聖女の言うのは、そちらではない。

 ゲームにでてくる人造人間の方である。

 

「……説明が難しいですわね。エーリカが言っているのは神殿に伝わる古文書の話でしょう?」


 おじさんがなんとか誤魔化す。

 そのことに気がついて、ハッとなる聖女だ。

 

「おほ、おほほ。細けえこたぁ気にすんな! わかちこ、わかちこ!」


 また、と額に手をあてるおじさんだ。

 聖女は一日に一回はやらかさないといけない縛りでもあるのかと思ってしまう。

 

「エーリカの言うことは、たまによくわからないのです」


「まったくですわ」


 パトリーシア嬢とアルベルタ嬢が、それで済ませてくれるのは日頃の行いのせいだろう。

 

「いいから、いいから。リー、悪いんだけど書くものと紙を貸してくれない?」


 聖女がおじさんに言う。

 おじさんは壁際に控える侍女に頷いてみせた。

 

 すぐに紙とペンが用意される。

 しかも、華やかなガラスペンだ。

 

「ちょ! リー! これってば! これってば!」


 ガラスペンを手にして驚く聖女である。

 こうして見ると、おじさんも聖女とどっこいどっこいなのかもしれない。

 

「はわあ! とってもきれいなのです!」


「本当に……素晴らしいですわね」


「リーさん、こちらのものを言い値で買いますわ!」


 アルベルタ嬢とパトリーシア嬢、キルスティの三人が反応してしまう。

 オリツもじっとガラスペンを見ている。

 

「その話は後でいたしましょう。というか差しあげますのでお持ち帰りください。エーリカ、先に続きを」


 強引に話を打ち切ってしまうおじさんだ。

 そうしないと、いつまで経っても本題に入れないから。

 

「ちょっと待ってなさいよ!」


 迷いなく紙にペンを走らせる聖女だ。

 それがまた巧い。

 

 ほどなくできあがったのは、やはりおじさんが想像したとおりの衣装のイメージ画だった。

 

 真っ黒なドレス風の衣装で、胸元と背中が開いている。

 七分丈の袖の先端には何枚ものカラスの羽根がついていた。

 スカートの裾の部分には白の幾何学模様の刺繍。

 

 顔にはベールのような黒いレース生地でできた目隠し。

 頭には黒のカチューシャ。

 

 足元は黒のストッキング。

 黒のロングブーツ。

 手には白と黒でデザインされた手袋。

 

 そして、柄の白い日本刀。

 

「これ完璧じゃない? 絶対に似合うと思うんだけど!」


「ちょ、エーリカ! 天才なのです!」


「やりますわね! これはいいものですわ!」


 絶賛する二人である。

 一方でキルスティも頬を赤らめながら言う。

 

「ねぇ、これスカートの丈が短すぎませんか?」


「それがいいんじゃない?」


 エーリカの言葉に頷くアルベルタ嬢とパトリーシア嬢だ。

 

「リー! どうよ!」


 どうよ、と言われてでもある。

 おじさんとしては、あんまり肌を見せたくはない。

 その程度でしかない。

 

「よくわかりません。いちおう作ってみましょうか」


 と、素材となるヘビ革をだすおじさんだ。

 せっかく作るのだから、装備となるものでと思ったのである。

 

「はいやー」


 おじさんのチートが炸裂した。

 錬成魔法が便利すぎる。

 

 できあがったのは千年大蛇の革を使った、レプリカントの衣装だ。

 それを手にとってみる聖女である。

 

「リー! 着てみて! 絶対に似合うって。ってか髪色とかほとんど一緒じゃん! 髪型はシニヨンにしてね!」


 あまり気乗りはしないおじさんだ。

 そんなおじさんの腕をとったのが、目をハートにした側付きの侍女であった。

 

「え? サイラカーヤ?」


「お嬢様、この衣装はとってもいいものです。是非ともお召しになってください」


 パパパッとテーブルの上の衣装をまとめる。

 そして、強引におじさんを引き連れて私室へと移動した。

 

「ううーん。これで本当にいいのですか?」


 おじさん、既に着替えている。

 髪の毛も侍女がまとめてくれた。

 

 鑑の前でポーズを取らずとも、超絶美少女。

 いや超絶美少女すぎた。

 

 作品によってはラスボスでも通用しそうなほど似合っている。

 恐ろしいほどに美しく、いともたやすく人々の心を魅了しそうだ。

 

 特に目隠しの部分。

 ここがポイントだ。

 あと、絶対領域。


「はにゃああああ! しゅてき、しゅてき、しゅてきしゅてきしゅてきしゅてきしゅてき!」


 侍女が壊れてしまった。

 鼻からたらりと血も流している。

 

 ついでだから、とおじさんは宝珠次元庫から三日月宗近をだして、柄の色を白にしてしまう。

 

「リー!」


 私室の外から声がかかった。

 聖女たちである。

 待ちきれなかったのだろう。

 

「入っていい? ねぇもう入ってもいい?」


「かまいませんわー」


 おじさんの声でドアを開ける聖女だ。

 だが、おじさんを見て動きを止めてしまう。

 

「エーリカ、なにし……」


 ケルシーは石化した。

 

「ちょ、エーリカ、ケルシー。早くはい……」


 パトリーシア嬢も同じだ。

 

「ちょっと三人と……」


 アルベルタ嬢も固まってしまった。

 

「まったくなにをしているの……」


 ぶふーと鼻血をふいてキルスティが倒れる。

 それを受けとめるオリツだ。

 

「まったく……なにをしているのですか?」


 おじさん、自分がどんなに危険な見た目をしているのか、まったく気づいていない。

 いつもは健康的な美しさなのだが、それが今は衣装のせいで妖艶さが限界突破になっている。

 

 ぶふーと聖女が鼻血をふいた。

 時間差でケルシー、パトリーシア嬢、アルベルタ嬢も逝く。

 ついでにオリツも続いた。

 

「なんなのですか? いったい?」


「お嬢様……その衣装はとってもいいものです。ですが危険過ぎるので封印した方がいいですわ」


 正気に戻ったのだろう。

 側付きの侍女がおじさんに告げる。

 

「せっかく作りましたのに? 似合っていませんか?」


 おじさんが小首を傾げた。


「似合っています! むしろ似合いまくっています! 完璧です! これ以上はありません! というかこの姿で人前にでてご覧なさい! お嬢様は女神と崇められてしまいますわ! いえ、もう崇められているのかもしれませんけど!」


 う……。

 ――薄毛と水虫の女神。

 嫌な記憶が蘇るおじさんだ。

 

「それは嫌ですわ。ならこの衣装は封印いたしましょう。まったくエーリカには困ったものですわ」


 おじさんにとって軽いトラウマなのだ。

 なんたって薄毛と水虫の女神なのだから。

 そんなものは絶対に嫌だ。

 

 換装する魔法を使って、元のドレス姿に戻るおじさんだ。

 

「ふう……これでよしですわ!」


 程なくして聖女たちも正気に戻る。

 

「なんて破壊力なのよ!」


「なのよ!」


 蛮族一号と二号がタッグを組んで、おじさんに叫ぶ。

 

「わたくしに言われても、ですわ!」


 確かにそうである。

 おじさんは聖女がデザインした服を着ただけだ。

 

「でも、これでわかったわ!」


「わかったわ!」


 蛮族たちは仲が良い。

 

「リーにはちょいエロの衣装を着せたらダメ!」


「ダメ!」

 

 顔の前で腕をクロスしてバッテンを作る二人だ。

 

「……そうね、ザベス。いえ、ザベスも危険かもしれないわね。脇見せなんてしたら、新しい世界の扉を開いてしまうわ。だとしたら……ガレットの方がいいか。あれならいつもの軍服風衣装に近いし」


 侍女がサッと紙とガラスペンを用意して聖女に渡す。

 無言で受けとり、ササッとデザイン画を作る聖女だ。

 

 なぜこんなに絵が巧いのだ。

 不思議に思うおじさんであった。

 

「うん! これでいいと思う!」


 瑠璃色を基調とした丈の長い、長袖のワンピースである。

 軍服のような詰め襟が特徴的だろうか。

 セフィロトの形を象るような黄金の円がデザインされていた。

 

 丈は長いが、中華ドレスのようにスリットが入っていて、前面と後面は垂れのようだ。

 足元は変わらずロングブーツだが、衣装と同じ瑠璃色。

 

 なぜか古めかしい本を手にしている。

 

「これなら肌の露出は少ないし大丈夫よね?」

 

「わたくしに聞かれても、よくわかりませんわ」


 だって、おじさんは衣装を着ただけなのだから。

 

「やってみましょう!」


 その場にいるおじさん以外が同意を示した。

 

 数分後のことである。

 やっぱり衣装に着替えたおじさんに見惚れてしまって、話にならない面々であった。

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