第595話 おじさん決勝戦にむけて火を点けられる
カラセベド公爵家の来客用サロンである。
おじさんとアルベルタ嬢たちが優雅にお茶をする横で、聖女とケルシー、それにオリツを加えた三人は花より団子の状態であった。
リスのように頬を膨らませるケルシーと聖女。
この二人はいつものことである。
そして、三人目となるオリツ。
彼女は頬を膨らませるとまではいかないが、とにかく食べる勢いがちがった。
いや、そもそも身体の大きさがちがうのだ。
だから焼き菓子も一口でパクリである。
幸せそうな表情になったかと思うと、次のお菓子に手を伸ばす。
それに対抗しようとする聖女とケルシーなのだった。
「お菓子は逃げませんから、もう少しゆっくり食べなさい」
おじさんがやんわりと注意する。
だが、効果はない。
「ふもふもっふふもももがが!」
蛮族二号ことケルシーが何事かを言う。
それに頷く蛮族一号の聖女である。
「ちょっと! ケルシー、食べながら喋らないでほしいのです!」
パトリーシア嬢が注意するも、聖女とケルシーはお菓子を食べる手をとめる気はないようだ。
「蛮族というのは恐ろしいものですわね……」
ふぅと息を吐くアルベルタ嬢であった。
「ところでリー様、ひとつお伺いしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
アルベルタ嬢である。
「どうかしたのですか?」
おじさんはお茶を含んでから答えた。
「ルルエラ様のことなのですが」
なるほど、と納得するおじさんだ。
今の状況を鑑みれば、だ。
学生会室に入り浸りそうな気がする。
それはそれで困るのだ。
今は対校戦の真っ最中である。
だからこそ大目に見ているという側面が強い。
だが、対校戦の終了した後にも出入りするのなら話は別だ。
「そうですわね。このまま居座られてしまうのも困りますわね。対校戦が終わってしばらくすれば、相談役の御三方もそろそろ引退なされますし」
ふむ、と顎に手をやるおじさんだ。
「承知しました。わたくしがルルエラ様にお願いしておきましょう」
おじさんの言葉に喜ぶアルベルタ嬢とパトリーシア嬢だ。
この二人にしてもルルエラの存在が気になっていたのだろう。
相談役の三人がいなくなれば、自分たちだけになるのだ。
今はもうすっかり慣れてしまったとはいえ、年上の生徒がいるのは気をつかうものである。
聖女とケルシーの二人を除いてだが。
ルルエラという卒業生に入り浸れてしまうのは都合が悪い。
なんとなくやりにくさを感じても仕方ないだろう。
「それに関して、わたくしから提案がひとつありますの」
「伺います」
アルベルタ嬢がおじさんにむかって頭を下げる。
「相談役の御三方が引退された後のことですが、学生会はわたくしたちだけになってしまうでしょう? ですが経験不足という点は否めません」
おじさんの言葉に頷く、アルベルタ嬢とパトリーシア嬢。
屋台の件でも痛感したからだ。
「ですので顧問という形でバーマン先生を招きませんか? 毎日いてもらうということではありません。重要な議題の場合のみ意見を参考にするということで」
「なるほど。確かにそれは一理ありますわ! バーマン先生なら卒業生ですし。担任であるので話もしやすいですわね!」
「ですです! それはいい考えだと思うのです!」
二人から賛同を得られたことで笑顔になるおじさんだ。
一応、この案は前から温めていたのである。
そこへ従僕が部屋に入ってくる。
どうやらキルスティが到着したらしい。
「ごきげんよう!」
元気よく挨拶をするキルスティだ。
だが、その表情が聖女たちを見てぎょっとしたものに変わる。
「ごきげんよう、キルスティ先輩。あの者たちのことはお気になさらず、お座りくださいな」
おじさんが立ち上がって、キルスティをもてなす。
テキパキとお茶と焼き菓子の用意を調える侍女たち。
その動きの見事さにもキルスティは驚いた。
サムディオ公爵家とて侍女や従僕の教育はしっかりする。
だが、それ以上だと感じたのである。
「さっそくで申し訳ありませんが、アリィたちから明日の決勝戦の提案を聞きました」
おじさんが口火を切る。
キルスティは落ちついたものだ。
先にお茶を含んでから、おじさんに対して姿勢を正した。
「リーさんの言いたいことはよくわかっているわ。私も最終学年だしね。でも、いいのよ。べつに気をつかっているという話ではなくてね。本当にいいと思っているの」
その真意はどこにあるのか。
目で問うおじさんである。
「そうね……正直に言うと、私はまだまだだわ。確かに対校戦に出場すればいいところまでいくと思うの。それが冒険者相手だとしてもね。だけど、そこにいるオリツのような強者にはかなわない」
話題にでたオリツが、そっと食べかけの焼き菓子を元に戻した。
そして、キルスティにむかって頭を下げる。
「……あの申し訳ありませんでした。昨日は大変無礼なことを申しました。お許しくださいとは言えませんが、このとおり謝罪させていただきます」
席を立ち、キルスティにむかって深々と腰を折るオリツだ。
「その謝罪を受けとりますわ、オリツ。あなたの言うとおり私はまだまだ実力が不足しています。だからこそ思うのです。対校戦に出場して勝つということがちっぽけだと」
キルスティは真っ直ぐにおじさんの瞳を見て、続ける。
「気づかされてしまいましたわ。私は目先の勝利がほしいのではありませんの。対校戦に出場することなど、今の私にとってはどうでもいいことなのです。つまり――リーさんに押しつけてしまう形ね」
ニコッと笑うキルスティだ。
そこには自分に対する憐憫も、おじさんに対する悪意もない。
ただただ正直な気持ちなのだということが伝わってきた。
だから――。
「承知しましたわ。キルスティ先輩、明日の決勝戦はわたくしが出場しましょう」
おじさんは答えた。
きっと見たいのだ。
おじさんの本当の戦いというものを。
確かに何度か対戦はした。
しかし、おじさんからすれば、あしらっただけである。
外からおじさんがどう戦うのか。
それを見て、糧としたいのだろう。
「ありがとう。あなたが居てくれてよかった。本当に」
「わたくしたちもキルスティ先輩が、いえ、相談役の御三方がいてくださることに感謝しております」
おじさんとともに、アルベルタ嬢とパトリーシア嬢が軽く頭を下げるのであった。
「そう言ってくれると嬉しいわ。明日の決勝戦、頼みましたわよ」
キルスティが拳を突きだしてくる。
それにコツンと拳をあわせるおじさんだ。
「承知しました。明日はほんの少しですが、わたくしの本気を見せてさしあげます」
その言葉を聞いて、聖女はぶふーと焼き菓子をふきだした。
「みぎゃあああ! ちょ、エーリカ!」
聖女の対面にいたケルシーが叫ぶ。
「リ、リリリ、リー! あんた、今、本気って! 本気って!」
聖女が驚くのも無理はないだろう。
少しだけ知っているのだから。
「大丈夫ですわよ。明日のわたくしは体術しか使いませんから。そう酷いことにはならないと思うのです」
ふぅと額を手で拭う聖女である。
「よかった。それなら大丈夫ね」
聖女が安心した瞬間であった。
ケルシーが叫ぶ。
「おるらぁ! 久しぶりにキレちまったよ!」
シュシュと拳を突きだすケルシーだ。
その顔はお菓子にまみれている。
「ごめん、ごめん。リーがとんでもないことを言うから」
聖女がケルシーに謝る。
「わたくしのせいですか?」
「エーリカ、それはないのです!」
まったくです、とアルベルタ嬢が隣で頷いている。
そんな様子を見て、ふふふと楽しそうに笑うキルスティ。
オリツも笑っている。
今日も平和なカラセベド公爵家であった。
アルベルタ嬢は思うのだ。
明日の対戦相手。
カラセベド公爵家領の冒険者選抜のことを。
キルスティがいい感じでおじさんに火を点けた。
そのことを思うと、こちらの勝ちが確定したようなものだ。
さて、どうやって取りこむか。
ふふふ……ちょうどいい。
腹黒の参謀は人の悪い笑みを浮かべるのだった。
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