第594話 おじさん対校戦最終日の予定を確認する
聖女とケルシー、オリツたちとの遊びも一段落した。
そのタイミングで従僕が駆け寄ってきた。
「お嬢様、フィリペッティ家の方がご到着なされました。こちらへご案内してもよろしいでしょうか?」
「いえ、いつもの来客用のサロンにお通してくださいな。わたくしたちもサロンに移動しますので」
「畏まりました」
というわけで、である。
おじさんは聖女たちを引き連れてサロンへと移動した。
サロンには既にアルベルタ嬢とパトリーシア嬢の二人が揃っていた。
「リー様、お邪魔しております」
アルベルタ嬢が声をかける。
「わざわざ報告にきてくれたのですか。ご苦労様ですわ。ゆるりとしてくださいな」
おじさんはお気に入りの一人がけソファに腰を降ろした。
聖女、ケルシー、アルベルタ嬢、パトリーシア嬢とおじさんを囲むように座っていく。
オリツは気をつかったのだろう。
少し離れた場所に座っている。
そんなオリツを手招きするおじさんだ。
べつに聞かれて困るようなことではない。
近くにくればいいと思ったのである。
全員が落ちついたところで、アルベルタ嬢が口を開く。
「昨日の会議の結果ですが、明日の決勝戦にはリー様に出場していただきたく」
ふむ、と頷くおじさんである。
「それは構いませんが……他の面子はどうなっていますの?」
おじさんの問いにアルベルタ嬢が口を開きにくそうにする。
そこでパトリーシア嬢が代わって伝えた。
「最初はお姉さま以外の面子で出場者を考えていたのです。ですが、よくよく考えてみるとお姉さまには出ていただいた方がいいという結論になったのです」
なぜ、その結論になったのかが重要である。
いやその前におじさんの質問の答えになっていない。
それはパトリーシア嬢もわかっていたのだろう。
「相手はカラセベド公爵家領の冒険者選抜なのです。理由はよくわからないですけど、皆がお姉さまと戦いたがっているのです。ですから、お姉さま以外の面子をだせば相手の士気が余計に高まると思ったのです」
なるほど、とおじさんは思う。
それは一理あるだろう。
なぜかあの一団はおじさんのことを慕っているのだから。
「では、わたくしが一番手ということですか?」
その問いにパトリーシア嬢は首を横に振った。
「明日の決勝戦はお姉さまお一人でいいと考えているのです! たぶんですがお姉さまはこれが対校戦に出場する最後の機会になると思うのです!」
その言葉に聖女とケルシー、オリツの三人が同意の声を漏らす。
「え? なぜですの?」
わからないのはおじさんだけだ。
「お姉さまの相手になる者がいないのです。そもそも学園での魔技戦も出場禁止になっているくらいなのです。そして、今回の対校戦もお姉さまだけ魔法禁止、武器禁止なのです」
「そりゃあねえ……」
聖女である。
彼女は見てしまった。
おじさんの本気を少しだけ。
あの魔力を見てしまえば理解できるというものだ。
この国……いやこの世界すべてでおじさんと戦える者がどれだけいるというのだろうか。
「十中八九、いえ、たぶん確実にリー様に来年の出場枠は与えられませんわ」
アルベルタ嬢だ。
実に残念そうな顔をしている。
だが、現実を見ればそうなるのだろう。
「正直に言えば、私たちもリー様と肩を並べて出場したいですわ。ですが、来年以降のことを思えば、今年で最後になる可能性が高いリー様にすべてをお任せした方がいいと判断しました」
ちょっと何を言われているのかわからないおじさんだ。
ダメージが大きい。
「キルスティ先輩はどうするのです?」
「最初にこの提案をなさったのがキルスティ先輩です」
間髪入れずにアルベルタ嬢が返答する。
その答えを聞いて、眉間に皺を寄せてしまうおじさんだ。
「……先輩こそ最後の年ですのに」
「対校戦の目的は学生のお披露目でもありますけど、その目的は卒業後の進路という側面も少なくありません。キルスティ先輩は公爵家の令嬢ですから、どうとでもなると仰っています」
「ですが……」
本人がそう言っているからと言われてもだ。
おじさん的には素直に、“はい、そうですか”とはならない。
「リー様ならそうした反応をされるだろうと思いまして、本日はキルスティ先輩にもお越しいただく予定ですの。恐らくはそろそろ……」
アルベルタ嬢が言葉を続けようとしたところで、タイミング良くドアがノックされた。
側付きの侍女が対応する。
「お嬢様、サムディオ公爵家のキルスティ様が面会を求められておりますが」
「到着なさったら、こちらへお通ししてくださいな」
なんだか外堀を埋められているおじさんである。
さすがにこの辺りは用意周到だ。
「素直に頷くことはできません。が、キルスティ先輩の話を聞いてから吟味しましょう」
おじさん的には出場することに否はない。
だが、やはり一人でやってしまう部分に引っかかるのだ。
「ああああああ!」
サロンに響くのはケルシーの声であった。
なにがあったとおじさんたちが目をむける。
ケルシーが頭を抱えている。
その隣で聖女も驚いていた。
「なにごとですの?」
アルベルタ嬢が声をかけた。
「わかんない。ケルシーが急に声をあげたから!」
聖女もまったく意味がわからなかったようである。
オリツも同様だろう。
「ケルシー、どうしたのです?」
おじさんが声をかけた。
「忘れてた! 今まで忘れてたの、リー! 今、とっても大事なことを思いだしたの!」
ん? と首をかしげるおじさんだ。
ひょっとして転生前の記憶のことなのか、と。
それは聖女も同様だったのかもしれない。
おじさんと目があったからだ。
なにかしらの理由でケルシーの記憶はなくなっていた。
それを思いだしたのか。
固唾を呑んで見守るおじさんだ。
「なにを思いだしたというのです!」
パトリーシア嬢がケルシーに聞いた。
ケルシーが顔をあげる。
「昨日、学園長が言ってた! お菓子をごちそうしてくれるって! でもごちそうしてもらってない!」
そっちかーい!
思わず、おじさんはツッコんでいた。
心の中で。
「おのれ! 学園長! よくもだましてくれたなあああ!」
うおおおと声をあげているケルシーだ。
聖女も大きく息を吐いていた。
「まったく、人騒がせなのです」
パトリーシア嬢とアルベルタ嬢は呆れているようだ。
「ケルシー、それは大会が終わったあとにしてもらえばいいのですわ」
おじさんがケルシーに声をかけた。
「それもそうね!」
さっきまでの勢いが嘘のようになくなるケルシーだ。
「今日のところは、うちのお菓子を存分に召し上がってくださいな!」
「うええぇぇぇぇぇい!」
小躍りするケルシーである。
壁際に控えていた侍女の一人が、苦笑を漏らしながら厨房へと足をむけた。
「ねぇねぇ、リー」
こそっとおじさんに声をかける聖女だ。
「どうしたのです?」
「アタシの妹、こんなにバカじゃないと思う!」
なかなか無慈悲な言葉を放つ聖女であった。
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