第592話 おじさんまわり将棋で勝負をする


 聖女の妹に関する話も一段落したおじさんである。

 女神の空間から公爵家に戻るのであった。

 

 公爵家の私室である。

 おじさんと聖女が戻ってきた。

 

「エーリカ、迎賓館の方に行きますか? オリツとケルシーもそちらにいるでしょうし」


「そうね、ちょっと気分を変えるのもいいかも」


 聖女は既に遊ぶ気満々であるようだ。

 

「では、そうしましょうか。夕食の後にでも魔本の封印を解きましょう」


 そうね、と元気よく聖女が返事をしたときである。

 部屋のドアがコンコンとノックされた。

 おじさん付きの侍女である。

 

「先ほどフィリペッティ家から使いがきまして、お嬢様に面会したいと」


 アルベルタ嬢の実家である。

 なるほど、と合点がいくおじさんだ。

 

 昨日、おじさんたちは会議に参加せずに帰った。

 聖女が意識を失ったことで、ケルシーとオリツも連れて帰ったのだ。

 その報告だろう。

 

「承知しました。では、都合のいい時間に面会いたしますと伝えておいてくださいな。わたくしたちは迎賓館の方におりますので」


 侍女がスッと頭を下げて踵を返した。

 そのまま先触れの者に返答しに行ったのだろう。

 

「ねぇねぇ。フィリペッティ家って誰?」


 聖女である。

 

「アリィのことですわよ」


「あ! そうだった! すっかり忘れてた!」


 でへへと苦笑いをする聖女だ。

 そんな聖女を引き連れて、おじさんは迎賓館へとむかうのであった。


 

「だあああああ! なんでよう! なんでなのう!」


 迎賓館に入った途端、ケルシーの叫び声が聞こえてくる。

 この賑やかな感じ、おじさんは嫌いではない。

 

「まったく、ケルシーってば蛮族なんだから」


 一号がおじさんの隣で笑っている。

 

「あの様子では将棋でもしているのかもしれませんわね」


「将棋! リーってばそんなものも作ってたの!」


「ええ……ただ将棋の駒は漢字を使うでしょう。ですからチェスの駒を参考にした駒を作りましたの」


「なるほどなー」


 うんうんと頷く聖女だ。

 

「エーリカは将棋ができますの?」


 そんな聖女を見て、おじさんはふと頭によぎったことを聞く。


「もちのろんよ! 旧家の娘をなめないで! はさみ将棋とまわり将棋は大の得意なんだから!」


 はさみ将棋、まわり将棋。

 どちらも子どもの遊びである。

 将棋の盤と駒を使ったものだ。


「本将棋の方はどうなのです?」


「言ったでしょ! はさみ将棋とまわり将棋が大の得意だって」


 ふつうの将棋は苦手なようである。

 たぶんケルシーと良い勝負だろう。

 

「あ! リー、いいこと思いついたわ!」


 だいたい聖女の言うことが予測できるおじさんだ。

 

「ケルシーとオリツ、あわせてちょうど四人なんだからまわり将棋で勝負しましょ!」


 まわり将棋。

 おじさんはルールをざっくりとしか知らない。

 確かサイコロの代わりに金将の駒を四枚振って、出た目の数だけ進む双六のような遊びだ。

 

 基本、こういう対戦相手が必要な遊びはしたことがない。

 前世では。

 

「エーリカ、あとでルールを確認しましょう。ですが、先ほども言いましたが、駒をチェスのようにしていますから駒を振って出た目というのは使えませんわよ」


「そこはもうふつうのサイコロ使えばいいじゃん。ね?」


「承知しました。それではケルシーとオリツを誘って勝負しましょうか」


 いいいいやっっふううぅうう!

 勝負事が好きな聖女である。

 テンションが一気に高くなった。

 

「リー! エーリカ!」


 聖女の叫びに二号も気づいたようだ。

 こっちこっちとテーブル席から手招きする。


「聞いて聞いて、オリツったら将棋強いの!」


 ケルシーの叫びに肩を縮こまらせるオリツだ。

 身体の大きなオリツだから、余計に目立ってしまう。

 

「ケルシー! まわり将棋で勝負よ!」


 聖女がどどおんと宣言した。

 その宣言にケルシーは目を輝かせる。

 

「その勝負のったー!」


 なぜルールも知らないものにのれるのか。

 おじさんにはよくわからない。

 

 だが、聖女とケルシーの二人はニコニコとしている。

 なので水は差すまいと思うであった。

 

「オリツ、しばらくあの二人に付きあってやってくださいな」


「はい。私も楽しんでいますから」


 なかなかオリツも勝負事は好きなようである。

 

「で、エーリカ! まわり将棋ってなに!」


 ケルシーの言葉に苦笑するおじさんだ。

 まずは基本的なルールから説明する。

 使うサイコロは六面のものを三つ。

 

 振って出た目の合計だけ進めるようにする。

 同じ目がそろった場合は一律で三十歩進めると決めた。

 ただし一の目がそろったときはマイナス二十歩だ。

 

 一二三といった連続した数字がでても三十歩。

 四五六のならびだとマイナス二十歩。

 

 盤からサイコロが一つ落ちた場合はミスとして進めない。

 二つ以上落ちた場合は、進めないに加えて一回休み。

 

 四人はそれぞれの角から出発し、最初の駒は兵士。

 そこから一周する度に、駒が昇格していき、最終的に王様で一周したら勝ち抜けである。

 

「ここまではいいですか?」


 おじさんが確認をとる。

 ケルシーはブツブツと言いながら、反芻しているようだ。

 オリツと聖女はしっかり頷いた。

 

「リー! 忘れちゃいけないルールがあるわ! 追い越しと戦争と一気飛びの三つね」


 聖女が説明する。

 おじさんはその三つを知らなかったから。

 

「これでルールの説明は終わりね! わからないことがあれば、どんどん聞いてきなさい! とりあえずやるわよ!」


 聖女とケルシーの二人はやる気満々だった。

 オリツも密かに楽しんでいるようだ。


「よっしゃあ! やってやるわよ!」


 サイコロを振って手順を決める。

 一番大きな目をだしたケルシーが最初だ。

 そこから聖女、オリツ、おじさんの順になった。

 

「いきなり、追い抜いてやるわ! だらっしゃあああ!」


 ケルシーが勢いよくサイコロを盤面に投げつける。

 その勢いでサイコロが二つ、盤面の外に落ちてしまった。

 

 いきなりの一回休みである。

 その上、駒も進まない。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙……」


「まったくなにやってんのよ。そんな勢いで投げたら落ちちゃうに決まってるでしょ」


 と、言いながら聖女がサイコロを転がした。

 出た目は四五六。

 

「だああああ! なんでジゴロなのよ!」


 この二人は呪われてでもいるのだろうか。

 波瀾万丈すぎる、まわり将棋勝負が始まった。

 

 おじさんは順調に昇格を重ねていく。

 オリツもおじさんよりも劣るが、昇格している。

 

 一方でケルシーは完全に拗ねていた。

 自分の手番が回ってこないからだ。

 

「あら? またケルシーの駒のところですわね」


 おじさんの駒によってケルシーの駒が押される。

 

「あ! 私もです!」


 この二人の駒によって、ボコボコにされている。

 上下左右を動くだけ。

 ケルシーはぜんぜんサイコロを振れない。

 

「エーリカ、こういう場合はどうしますの? さすがにかわいそうですわ」


「んー本当は救済措置はないんだけど、仕方ない。ケルシー戦列に復帰してもいいわよ!」


 聖女の温情であった。

 その温情にパッと顔を輝かせるケルシーだ。

 自分の駒をいちばん外側まで戻す。

 

「ケルシーの手番ですわね。どうぞ」


 本当はおじさんの手番だが、一回とばす。

 そのことにケルシーは気づいていない。

 

 勢いこんでサイコロを振る。

 一のぞろ目だ。


 マイナス二十歩。

 今度は聖女の駒に押されて中に戻ってしまう。

 

「いや゙ああああああ! もう、いやああああ!」


 頭を抱えてしまうケルシーだ。

 そんな様子を見ながら、おじさんは言った。

 

「まわり将棋は危険ですわね……もうやめましょうか」


 おじさんがボソリと呟いた。


「そうね……こんなに運が悪いって」


 聖女が哀れみの目線を送る。


「なにか申し訳ないことをしたような」


 オリツもまた肩を縮こまらせていた。

 

 ケルシーはドンドンと床を叩く。

 なんだかこのポーズも様になってきていると思うおじさんであった。

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