第591話 おじさん聖女の秘密を知って驚かされる
女神の空間である。
おじさんは落ちついて話をするために、宝珠次元庫から椅子とテーブルをだす。
これはもうここに置いておいてもいいかもしれない。
などと思いだすと、凝らずにはいられないおじさんだ。
椅子とテーブルに加えて、くつろげるためのソファーなんかも取りだして設置していく。
おじさん以外には基本的に誰もこない空間である。
大精霊たちがちょくちょく訪れてはいるが、そのことをおじさんは知らない。
知らないけれど、いつでも誰がきてもいいように色々と設置していくのだった。
ものの数分でちょっとした応接室のような一角ができる。
光量に乏しい空間なので、ちょっとしたランタンなんかも設置するおじさんだ。
ついでにお茶を淹れて、聖女と対面で座った。
「エーリカ、聞きたいのですがいいですか?」
「もちろん! なんでも聞いてよ」
お茶よりも焼き菓子を頬張る聖女だ。
「先ほどの件ですが……あまり親戚のお兄さんのことを気にした様子がなかったので気になったのです。エーリカ、それに妹さんも含めたら三人もというのはおかしくありませんか?」
「なるほどね!」
グビリとお茶を飲み干してから、にかっと笑う聖女だ。
おじさんがピッチャーからおかわりを注いでやった。
「そうね、リーには話しておいた方がいいかもしれないわね。実はさ、アタシの家って神隠しとかそういう不思議なことが起きる家系なのよね」
聖女が語りだす。
というか、そんな家系あるのという話だ。
「アタシの実家はね、そこそこ由緒ある神社の家系でね。ええと……たしか平安時代の初期から続くとかなんとか」
なんだかとんでもないことを言いだす聖女だ。
おじさんもビックリである。
「平安時代の初期って……たしか奈良から京都に都が移った頃のことでしょう? だったら千年以上の歴史があるではないですか? そこそこどころの話ではないですわ!」
おじさんの言うことも、もっともである。
それをそこそこと言われては、だ。
「んーそれは本家の方ね。うちの実家は分家の分家だったから、そんなに長い歴史じゃないわよ」
ケラケラと笑う聖女である。
おじさんは訝しい目をむけて問う。
「といっても家系図が残っていたりするんじゃありませんの?」
「残ってた! ええとね、たしか三百年前くらいまで遡れるとかなんとか言ってたような」
ってことは江戸時代に突入だ。
旧家である。
実はお嬢様と呼ばれてもいい前世だったようだ。
おじさんとは大違い。
「本題に戻すと、そんな家系だからか知らないけど、偶に失踪というか行方不明になる人が出ちゃうのよ。事件性のあるようなものじゃなくて、ある日、突然みたいな」
……なんだか、とんでもない話を聞いている。
そんなことを考えるおじさんだ。
「だからね、耐性があるっていうか。もしかしたらウチの家系の人たちって転生? 転移に巻きこまれてたのかーって思うとなんか面白そうじゃない?」
素直には頷けない。
だって、おじさんは転生を嫌がってごねたのだから。
あんなに辛い人生を、もう一度繰りかえすなんてまっぴら御免だったのだ。
「エーリカはその親戚のお兄さんが転生か、転移をしたという確信がありますの?」
素朴な疑問である。
エーリカのように知っている人が流用した可能性もあるのだから。
「うん! あ、そうか! 言ってなかったわね。この表紙を見て、ここの端っこ」
聖女は魔本の表紙を指さす。
そこには小さなマークが描かれていた。
「これは?」
「これはお兄ちゃんが自分が描いたものに入れるやつ。落款っていうんだっけ? はんこみたいなの。あれ、作ってたんだ。偽物がでてもすぐにわかるようにって」
……おうふ。
こういうところは旧家っぽいと感じるおじさんだ。
聖女はどうして、こんなにも蛮族に育ったのだろう。
逆にそちらが気になるおじさんであった。
「だから、ほぼ確実にお兄ちゃんが作ったんだと思う。あ、ちなみにお兄ちゃん、本家の末弟ってやつだったからね」
「ひょっとしてストーンロール男爵も繋がりがある、とか言いませんわよね?」
おじさん、とても気になってしまう。
「さぁどうかしら? 石巻さんでしょ? うちの本家はね、
宗方……宗というのが宗家という意味になるのか。
分家は枝葉という意味で枝と数字の組み合わせ。
と、推測するおじさんだ。
「ちなみにウチは
推測は間違ってなかったようである。
分家の分家という聖女の生家が葉と数字の組み合わせだから。
「では、石巻市に住んでいたという人は?」
「あーそっちかー。そこまではわかんないや。だって、分家の数も十超えてたのよ! それに分家の分家もあるんだから! お正月とお盆には親戚が集まるんだけどね、もう大変なの!」
思いだしたのか、嫌そうな顔をする聖女だ。
「行く日とか時間まで決まってるのよ! そうじゃないと周りにも迷惑がかかるからって。あ、ちなみに旧暦の方のお正月になるんだけどね」
それはそうだろう。
千年以上の歴史があるのだ。
太陽暦ではなく、太陰暦にあわせて儀式とかもするのだろう。
想像でしかないが。
「ここまで情報が集まれば、魔本の封印を解くことはできますわね。エーリカ、申し訳ないのですが、封印を解くのは夜まで待ってくださいな」
「ん? なんか理由があるの?」
「昨夜、お父様とお母様と一緒に術式を見ていましたの。それでお二人とも気になっているようなので、封印を解くのなら一緒にと思いまして」
おじさんの言葉に聖女が微笑む。
「うんうん。いいんじゃない? アタシはぜんぜん大丈夫!」
ホッと胸をなで下ろすおじさんだ。
「では、本題の方に入りましょうか。エーリカの妹さんについてですわ」
「うん。そっちね。あ、そうそう。アタシもね、起きてからちょっとだけ考えてたのよ。あんまり時間はなかったけど」
ほう、と頷くおじさんである。
「アタシの前世の名前は
聖女がそこでグッとためた。
「妹の名前は思い出せなかったのよね。リーはどう? 聞いてもいい?」
グッと答えに詰まるおじさんだ。
おじさん、実は前世の名前を覚えていない。
他の記憶はあるのに名前に関する記憶はないのだ。
ただ、おじさんはおじさんだった。
つまり、リーという名前でないのはほぼ確実だろう。
「わたくしは名前の記憶がありませんの。ただ……なんとなくですが、リーという名前ではなかったと思いますわ」
「そうよねぇ。漢字にするとして梨衣だとか、理衣あたりかな。どっちにしろかなり珍しい名前だもんね。だったら、アタシのエーリカは偶然だって思った方がいいか」
首肯するおじさんだ。
偶然、そうなったと言えるだけの素地はある。
だが妹の名前が思い出せないのなら仕方がない。
べつのアプローチが必要になってくる。
「対校戦の出場選手一覧みたいなものがあればいいのですが」
ぼそりと呟くおじさんである。
「一覧? そんなものどうするの?」
聖女が首を傾げていた。
「エーリカには負担がかかりますが、ペンデュラムを使ってこの中から妹はって探せばいいのですわ」
「……なるほど。名簿みたいなのってあるのかな?」
乗り気になる聖女だ。
だが、おじさんは難しいと思っている。
「あるかもしれませんが……学生会にないということは学園長くらいしか心当たりがありませんわね」
「そうかー。学園長なら見せてって言えば見せてくれるんじゃない?」
確かにそうかもしれない。
だが、絶対に聞かれることがある。
「だとしても、それ相応の理由が必要ですわよ。変に勘ぐられてしまう可能性もありますから」
「そっか。転生しているかもしれない妹を探したいって言えないもんね! うー。このままだと八方ふさがりってやつじゃない!」
確かにそうだ。
だが、おじさんにはひとつ手があった。
「エーリカ、少し時間がかかってしまいますが、方法がないとは言えませんの」
「聞こうじゃないの! リー!」
どん、とテーブルを叩く聖女だ。
それになんの意味があるのか。
「対校戦が終われば、皆がそれぞれに帰りますわよね? その頃を見計らってペンデュラムを使うのですわ。そうすればばらけますので、どのチームに所属していたかわかります」
「にゃるほど! 確かにそれもそうね!」
「所属していた先が貴族学園か冒険者選抜か、いずれにしてもわかりやすくなるかと思うのです」
「でもでも王領の冒険者選抜だったらどうするの?」
「王領のどこかには帰るはずなので、ばらけますわね」
「そっか。王都に在住とは限らないのか。いいわね! その作戦でいきましょうか!」
聖女も納得したようである。
「他にも手を考えてみたのです。例えば決勝の演奏でエーリカかわたくしが日本語で語りかけるという方法ですわね」
「それって手っ取り早いんじゃない?」
「決勝戦の後には閉会式も行われますからね。全チームが集まっていますので好都合かと思いましたが、あとから問題になりそうで……」
「ああー。あの知らない言語はなにかってことか」
「特に学園長あたりが食いついてきそうです。それにジリヤも興味を持つでしょうね」
おじさん、学園長は別としてお友だちには嘘をつきたくない。
「なので、できれば秘密裏に特定するのがいちばんいいかと思いましたの。結果、消極的な作戦しか思いつきませんでしたわ」
「でも、リーのお陰で妹はすぐに死ぬような状況にあるわけじゃないってわかったもん。だから、少しくらい時間がかかるのは仕方ないわよ!」
そう言って、聖女はニッコリ笑うのであった。
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