第590話 おじさん思わぬかたちで魔本の情報を知る


 明けて翌日のことである。

 今日も朝からおじさんは絶好調だ。

 

 曇りがちではあるが雨ではない。

 スッキリ晴れてほしいけど、そこに文句をつけても仕方がない。

 

 ということで、今朝もいつものルーティンをこなす。

 侍女との手合わせを庭で軽く行なうのだ。

 

 最近になって、おじさんは少しコツを掴んだ気がする。

 恐らくは学園長に教わった、基礎を徹底させた先にある奥義が原因だと思う。

 

 あれ以来、動きの出だしから身体の動かし方まで、すべて意識をするようになったのだ。

 結果、おじさんの体術はさらに磨かれていた。

 

 それに付きあっている侍女もしかりだ。

 

「今のは良かったですわよ。踏みこみからの流れがとても自然でした」


「リー様から盗ませていただきました。関節を巧く使うのがコツなのですね。ふふ……まだこんなに先があるとは楽しいですわ」


 などと言う二人である。

 その二人を遠くから見守る護衛の騎士たちは、深くため息をつくのであった。

 

 いつものルーティンを終えたおじさんである。

 今日もばっちり可愛くキメて食堂に姿を見せた。

 母親や弟妹たちの他にも、聖女とケルシーがいる。

 

「おはよう、リー」


「おはようございますわ。エーリカ、もう身体は大丈夫ですか?」


 聖女の顔はなぜかツヤツヤしている。

 その首にはおじさんの作ったペンデュラムが光っていた。

 

「うん。なんだか一晩寝たら、めっちゃ調子よくなった」


 ニパッと微笑む聖女である。

 そんな聖女の頭を自然となでるおじさんだった。

 なぜか後ろにならんだケルシーと弟妹たちの頭もなでる。

 

「では、食事をいただきましょうか」


 今朝も公爵家の朝食は豪華だ。

 おじさんはヨーグルトと果物を中心に食べる。

 

 聖女とケルシーは朝からラーメンをズビズバいわせていた。

 まったくもって蛮族である。

 

 そんな様子を見ていると、二人が姉妹だと言われてもおじさんは納得できると思うのだ。

 

「エーリカ、あとで昨日の話の続きをいたしましょう」


「うん! わかった」


 と、言いつつも食事に忙しい聖女だ。

 惣菜系のクレープを頬張っている。

 

「ケルシーは引き続き、オリツのことを頼みますわね」


「任せといて。今日はあっちの案内をするの!」


 どんと胸を叩くケルシーだ。

 彼女の言うあっちとは、迎賓館のことだろう。

 遊戯施設を案内しつつ、遊ぶのだという魂胆が透けて見える。

 

「オリツ、わたくしは手が放せませんのでお相手できませんの。申し訳ないですわ」


 鬼人族の冒険者であるオリツは黙って頭を下げる。

 本当なら話したいこともあるが、邪魔をするわけにはいかない。

 

 ただケルシーの案内も楽しいものなのだ。

 物怖じしない彼女だからこそ、色々と気兼ねなく話ができる。

 

「リーちゃん、私はダンジョンに行ってくるわね」


 母親である。

 

「ダンジョンに?」


 おじさんの疑問に答えたのはアミラであった。

 

「巨大ゴーレムを作ってる」

 

 ああ、と思いだすおじさんである。

 大型の魔物との決戦にむけて開発したゴーレムだ。


 母親はかなり気に入っていた。

 あの口ぶりからすると、ちょくちょく通っているのだろう。

 

「なにかありましたらお知らせください」


「そうね。もうだいたいできてるんだけどねぇ」


 専用機体のことである。

 おじさんから技術を聞いて、母親は自分で実践しているのだ。

 

 もともと魔道具開発の専門家である。

 おじさんとは異なる視点で作られた巨大ゴーレム。

 それがどうなるのか、おじさんも楽しみなのであった。

 

 食事のあとのことだ。

 おじさんと聖女は再び女神の空間に移動していた。

 センシティブな問題だけに、どうしても二人きりで話しておきたいのであった。

 

「エーリカ、本題に入る前に少し聞きたいことがあるのですがいいですか?」


 いいわよ、と元気よく返す聖女だ。

 そんな聖女におじさんは一枚の紙を差しだした。

 

 昨夜の魔本についてである。

 表紙に描かれていた模様と、封印術式として書かれていた計算式を別紙にまとめたものだ。

 

「こちらの絵図と、計算式が意味するもの。それがなにかわかりますか?」


 おじさんに渡された紙を見て、聖女はニヤリと笑った。

 実に悪い表情をしている。

 

「リー、この問題を作ったのは誰か知らないけど、いい趣味してるわね!」


「知っているのですか、エーリカ!」


「この模様は遙か彼方の地で信奉されていたとされる……」


「それはいいですわ」


 あっさりとツッコむおじさんだ。

 聖女もさすがにそれは理解していたのだろう。

 

 真面目の表情になっておじさんを見た。

 

「んとね、この図形の方からいきましょうか。この図形はいわゆる逆さ五芒とか、逆五芒とか言われてるものね。西洋ではデビルスターなんて言われてるの」


 ほう、と頷くおじさんだ。

 

「普通の五芒星だと頂点にくるのが一つの角でしょ。それは神を意味するとされていて、こっちの逆五芒星は悪魔の象徴とされるのよ」


 オカルト好きと自認していたおじさんだ。

 だが、この情報は知らなかった。

 

「で、この三角に書かれている文字だけど、これはルーン文字ね!」


「ああ! 確かにそうですわ。どこかで見たことがあると思っていたのですが、ずっと思い出せずに引っかかっていましたの!」


 おじさんの嬉しそうな顔を見て、微笑む聖女だ。

 

「そういうことってあるわよね。わかるわかる。で、次の計算式の方にいこうかしら」


「刻まれているルーン文字に意味はないのですか?」


 素直に疑問に思うおじさんだ。

 

「ふふ……まずは計算式の方から。といっても実はこの計算式に意味はないのよ」


「ほへ?」


 と愛らしい声をだすおじさんだ。

 計算式は何かを計算するためのものではないのか。

 聖女の言う意味がわからなかったのだ。

 

「ふふふ……リーでもそんな顔をするのね。そう、実はこの計算式に意味はないの。本当に計算することはできるんだけど、そこに意味はないのよ」


 聖女が微笑みながら言う。


「この計算式と絵図っていうのはね、実は知る人ぞ知るネタなのよ。本当はマイナー過ぎて知らない人がほとんどってことなんだけど」


「え? そうなのですか?」


 聖女がコクンと頷いて続きを話す。

 

「たぶんリーは知らないと思うんだけど、ちょっとカルトな人気を誇った碓井雹うすい・ひょうっていう漫画家さんがいたのよ。その漫画家さん、連載して一年も経たないうちに病気になっちゃって」


 ほう、とおじさんが頷く。

 

「で、ずっと音沙汰がなかったのね。持ってた連載も休載になったままだったのよ。それから十年ちょっとしてからかな。一冊の同人誌が販売されたの。その漫画の続きってことでね」


「それが件の作家さん……?」


「うん。ペンネームはちがってたんだけどね。絵のタッチとか後書きとかでほぼ本人と確認できることが書かれてたの。その同人誌に掲載されていた漫画にあるのが、上のふたつね」


「だから計算式が関係ないってことなのです」


「そうそう。同人誌のタイトルは『アヴェ・マリア』。その計算式は悪魔召喚のためのプログラムを作る場面ででてくるのよ。で、表紙はさっきも言ったけど悪魔の象徴ってわけ」


「エーリカ、あなたその作家さんのこと、よほど好きだったのですね」


「ううん、好きっていうか。親戚のお兄ちゃんなのよ!」


「え? そうなのですか?」


「うん。お兄ちゃん、この同人誌をだしたあとにいつの間にか失踪しちゃってさあ。結局のところ行方不明になっちゃんだよねえって……まさか!」


 おじさんは聖女の言いたいことを察した。

 そして、小さく首肯する。

 

「……この魔本に書かれていたものですの」


 おじさんは預かっていた魔本を宝珠次元庫から取りだした。

 

 そして封印術式を展開してみせる。

 表紙の絵もだ。

 

「……この魔本を作ったのはご本人とは限りませんわね。エーリカのように知っている人もいるかもしれませんから。ですが……」


 敢えてその先は口にしないおじさんであった。

 聖女のことを慮ったのである。

 

「ふぅん……面白そうね、リー!」


 聖女はあまり親戚のお兄ちゃんに思い入れはないようであった。

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