第587話 おじさん聖女の前でちょっとだけ本気をだす


 女神の空間である。

 おじさんは聖女の話を整理した。

 

 聖女の妹が転生した可能性がある。

 正直なところ、雲を掴むような話だ。

 どうやって探せばいいのか。

 

 例えばの話である。

 仮に聖女の妹が転生者としての記憶がないのなら……。

 これはもう打つ手がないようにも思う。

 

 逆に転生者としての記憶があるとしてもだ。

 大っぴらにその記憶を開陳することはないとも思う。

 

 例え知識があったとしてもだ。

 それを受けいれてくれる環境と、実現できる権力がないと厳しいと思うのである。

 

 おじさんの場合は、この両方が揃っていた。

 先端的な考えを持っている家族の存在と、公爵家という権力のことである。

 

 おじさんが記憶が戻って最初に開発したのがブラジャーだ。

 もともとこの世界にもらしきものはあった。

 

 布製の帯を胸に巻きつける形のものだ。

 上流階級の人間は、この帯に精巧な刺繍をしたり、リボンなどをつけて飾っていた。

 

 それを現代風に改良したのである。

 ベルトとストラップをつけて。

 

 これも家族の理解と公爵家の権力があってのことだ。

 もちろん母親や祖母が乗り気だったというのも大きい。

 あるいは女性の使用人たちもだ。

 

 こういう環境になければ、おじさんの思いつきもただの子どもの戯れ言で終わってしまう。

 それでも主張するのなら、お花畑の住人だと思われるだろう。

 

 つまり、環境と実現できる力がなければ意味がない。

 

 ん? とおじさんは思う。

 記憶が戻った……。

 

「エーリカ、ひとつ聞きたいのですが、いつから記憶が戻ったのですか?」


「んとねーあれ、あの神託の儀式だっけ? 七歳かなんかで受けるやつ。あれの後」


 聖女が思いだしながら言う。


「わたくしと同じですわね。で、あれば恐らくはエーリカの妹さんも記憶を持っている可能性が高い?」


「可能性だけで言えばそうかもしれないけど、逆に記憶が戻ってないってパターンもあるかも。ハードモードみたいな!」


 ――ああ、と納得するおじさんだ。

 

「わたくし、過去に転生してきたと思しき事例を二つ知っています」

 

「え? そうなの?」


 意外と言わんばかりに、目を大きくする聖女だ。


「ひとつはオリツのご先祖様です」


「あーあーなるほど」


「彼女の名前は発音といい、明らかにそうでしょう?」


 聖女がやらかした怪我の功名である。


「だよね。もうひとつって?」


「エーリカは魔導武器というものを知っていますか?」

 

「うんにゃ!」


 自信満々で首を横に振る聖女だ。

 おじさんとて母親から詳しく聞いた話である。


「まぁ性能のいい武器だと思ってくださいな。その武器を開発したというのが、ストーンロール男爵」


「ストーンロール? ああ! 石巻さんってことか」


「偶然だとも考えられますが、もとは平民出身で貴族に叙されたときに自らストーンロールを名のったそうなのです」


「ああ……それもうほぼ確定でいいんじゃない?」


「わたくしも同意見です。この二件も会わせると、エーリカの妹も記憶が戻っている可能性が高いと思いますわ」


「そうでないと本人か確認できないもんね」


「そうですわね……」


 おじさんがもう一つ気になっていることがある。

 それは自分と同じく性別が変わっていないかということだ。

 

「あと、可能性として考慮しておく必要があるのは、性別ですわね。なにせ転生しているのですから」


「ああ! TS転生! その可能性もあったか!」


 なるほど、と手を打つ聖女だ。

 

「ああ! そうなったらますますわからないわね」


 お手上げだというポーズをとる聖女である。


「エーリカに心当たりはないのですよね?」


「うん、まったくない!」


「ケルシーはどうなのです?」


 蛮族一号と二号と呼ばれる仲なのだ。

 姉妹であったと言われても不思議はない。


「ううん。どうなんだろ? ケルシーも似ているところはあるんだけどね。もし記憶が戻ってるとするなら、どこかで言ってくるようにも思うのよね」


「確かにそうですわね。ですが確信が持てないと話しづらいということはありませんか?」


「でも、リーもアタシも割と好き勝手やってるからね。確信くらいは持てると思うんだけど……は! 小さい頃に頭を強く打ったとか!」


 あの性格である。

 なきにしもあらずだろう。

 

「まぁ……印象としてはケルシーの線は薄いですか?」


「わからないってのが正解よね。確かに妹に似ているところはあるわよ。うん、あるんだけど……」


「エーリカが確信を持てませんか」


「そうね。確かめようにもどうしたらいいかわからないし」


 聖女が顎に手を置いて首を捻った。


「とりあえずトリちゃんを喚びましょう」


 使い魔を召喚するおじさんである。

 

『……話は聞かせてもらったー!』

 

 シーンとなるおじさんと聖女だ。

 

「トリちゃん、そういうのはいいですわ。で、見解を聞かせてくださいな」


『冷たいではないか、主よ。まぁ話が話なので結論から入ろう。正直なところ、我にもわからん。待て待て待て! 還そうとするでない!』


 おじさんの動きに慌てるトリスメギストスだ。

 

『確かに……すぐに見つける方法はない。恐らくは転生に関わった神に聞かなければわからないはずだ。だが……ひとつ方法はあると言えばあるのだ』


「ほう! その方法はなんですか?」


『うむ。魂の共鳴を使った占いとでも言おうか。主たちにもわかるように言えば、だ。特殊な道具を使ったダウジングというやつだな』


「ダウジング……それは伝説のダイエット方法のことね! かつて肥満の王と言われたマ・ツコーという……」


『エーリカよ、その話はいい。というかこの場におる者にしても誰も釣れん』


「それもそうか。つい、いつものノリで」


 てへへとなる聖女だ。

 随分といつもの調子に戻っている。

 その姿を見て、一安心するおじさんだ。

 

「トリちゃん、特殊な道具というのはなんなのです?」


『魂魄剥離から物質創造で作る』


 なるほど、とおじさんは思った。

 建国王を転生させたときとよく似ている。


 要は建国王のときのように魂の一部を分離させるのだ。

 そして分離した魂を素材としてダウジング用のペンデュラムを作る。

 

「確認しておきます。魂魄剥離を使っても問題ありませんか?」


『もちろん。身体に影響がでるほどの量を分離するわけではないからな。もちろんそれは主の魔法によってこそ実現するものだ』


 じいっとトリスメギストスを見るおじさんである。

 

誰に・・教えてもらったのです?」


『……それは言えん』


「いいでしょう。いずれにせよ、埒があきませんもの。やるしかありませんわね。トリちゃん、術式制御は任せました」


『承知した』


「エーリカ、少しの間ジッとしていてくださいな」


「え? え? 今からやるの?」


『むしろここでないと無理なのだ』


 女神の空間、あるいはダンジョンのような閉鎖的な空間でないと、影響がでてしまう。

 それほどにおじさんの魔力は広大で、無辺で、果てがないのである。


「え? ちょ? リー?」


「いきますわよ!」


 轟とおじさんから魔力が渦巻いて天へと昇った。

 それは龍が天を翔るがごとし。

 あまりの魔力の量に、腰を抜かしてしまう聖女だ。

 

「ちょ、リー? え? なにそれ? そんなの知らない」


 驚きがとまらない。

 聖女はおじさんの本気を少しだけ知ったのだ。


「エーリカ、やりますわよ!」


【魂魄剥離!】


 聖女を優しい青の光が包んだ。

 そして聖女の胸からほんの少しだけ黄色の光が抜ける。


【物質創造!】


 はいやーと魔力を高めて、両手を天にかざすおじさんだ。

 その神聖な魔力に威圧感はない。

 威圧感はないが、聖女は圧倒されていた。

 

 どんだけー! と。

 

 数瞬後におじさんの手の中には六角錐のペンデュラムがあった。

 うっすらと黄色に輝く美しいものだ。

 

「ふぅ……うまくいきましたわね。トリちゃん、お疲れ様です。エーリカ、なにか不調はありませんか?」


『うむ。以前よりもさらに精度が上がっておるな。主の研鑽の賜ぞ』


「魔法はいつかその深奥を極めてみせますわ!」


 おじさんの本心であった。

 とことんまで追求したいタチなのである。

 

「エーリカ?」


 呆然としている聖女を見るおじさんだ。

 

「あ、ああ、ごめん。リー……あんたってば」


 聖女もおじさんを見る。

 相変わらず美少女だ。

 ビッグバンだ。

 

「本当にスゴいのね」


「ここであったことは二人きりの秘密ですわよ。皆には内緒にしておいてくださいな」


 唇に人差し指をあててから、ニコっと微笑むおじさん。

 その姿を見て、聖女の胸がトクンと高鳴った。

 もう性別なんて関係ないんじゃない? そんな思いを抱く聖女なのだった。

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