第586話 おじさん聖女が不調の理由を知る
演奏用舞台の上である。
学園長が口を開いた。
「ふむ。意外と早く決着が着いてしもうたの」
演奏はもう終わりということである。
学園長の言葉は愚痴にも聞こえるおじさんだ。
とはいえ仕方のないことである。
「そうですわね。恐らくまともに戦えば、あの自称勇者の方が強いのでしょう。ですが、女性冒険者は立ち回りが巧かったですわね。自分の強みは最大限に出しながら、相手の強みを出させない」
「うむ。まぁこれも勉強じゃな。負けが先行するとどうしても後手に回ってしまうからの。実力が出しにくくなるもんじゃ」
白鬚をしごきつつ講評する学園長だ。
「最終日の相手はカラセベド公爵家領の冒険者選抜か。相手は士気が高そうじゃの」
それはそうだろう。
舞台の袖では明暗がくっきりと分かれている。
勝ったカラセベド公爵家領の冒険者選抜たちは、もはやお祭り騒ぎといった様相だ。
なにせ憧れのおじさんと対面するチャンスがあるのだから。
モチベーションの高さがちがう。
一方で負けたサムディオ公爵家領の冒険者選抜の顔は暗い。
連続で優勝を飾っていただけに、地元からの期待も大きいものがあったの想像に難くないのだ。
その期待を裏切ってしまったという思いが、全員の表情から見てとれる。
また自分たちの切り札であったクルートが負けたというのも、彼らの意気を消沈させるのに十分なものだった。
「リー。明後日の試合を楽しみにしておるぞ。ワシは締めの挨拶をしてくる」
と、舞台から下りる学園長であった。
「リー様、このあと学生会室で対策を練りたいのですが」
アルベルタ嬢だ。
周囲を見れば、他の面子も頷いている。
「かまいません。ですが、先にひとつだけ言っておきますわね。あなた方が合宿で得た力、決して過小に評価してはいけません。自信を持ちなさい」
おじさんの言葉に
「エーリカ、少しは落ちつきましたか」
気になっていた聖女に声をかけるおじさんだ。
「うん……大丈夫だと思う。だいぶ落ちついた」
「そうですか……不安があるようでしたら、今日はうちに泊まるといいですわ。いつでも対応できますからね」
「……そうする。ごめんね、リー」
いつになく大人しい聖女だ。
なにがあったのだろう。
「承知しました。では、使いの者をだしておきましょう。片づけてから引きあげますわよ」
しれっと学園長の締めの挨拶を聞かない宣言をするおじさんであった。
場所を変えて、学生会室である。
さらに今日はオマケが二人いる。
ルルエラとオリツだ。
全員の前にお茶と焼き菓子が揃う。
用意をしたのは、おじさんちの料理人たちだ。
屋台は用意した食材をすべて売り切るほど好評だった。
料理人見習いたちにとっては、とてもいい経験になっただろう。
そのお礼も兼ねてということで、学生会室での給仕を買って出たのである。
絶品の焼き菓子とお茶を楽しみ、ひと息ついたところでアルベルタ嬢がいつものように口を開く。
「皆さん、本日はお疲れ様でした。特に相談役の御三方は大変なだったかと存じます。明後日の決勝戦に進めるのは、すべて御三方のお陰ですわ。ありがとうございました」
ありがとうございました、と唱和する
「さて、決勝戦の相手はカラセベド公爵家領の冒険者選抜に決まりました。本日の様子を見てもわかるように、相手は強いです。また決勝戦の士気は本日よりも上でしょう」
確かにと頷く面々である。
「それでも私たちは勝つべくして勝ちます。リー様、一言いただけますでしょうか?」
アルベルタ嬢の振りで、おじさんが立ち上がった。
「先ほどもお伝えしたように、皆は対校戦前よりも実力をつけております。特に合宿では大きく力を伸ばしました。その力があれば、明後日の決勝戦でも一方的に負けることはありません」
おじさんの言葉に皆が注目する。
ルルエラやオリツまで。
「出場のメンバーは皆で決めてくださいな。わたくしが出場せずとも問題ありません。皆を信じておりますので。あ、ただし今日はキルスティ先輩の出番を譲っていただいたので、先輩の出番は作ってくださいな」
そう言って腰をおろすおじさんだ。
「アリィ、パティ。それに相談役の御三方」
両隣に座る二人と先輩たちに声をかけるおじさんだ。
「エーリカのことが心配です。わたくしは先にエーリカとケルシーを連れて帰宅しますわ。後をお願いしてもよろしいですか?」
そうなのだ。
いつも口やかましい聖女が大人しい。
そのことを二人、いやこの場にいる面子ならルルエラとオリツ以外の全員が感じていた。
「承知しました。確かにエーリカが大人しいのは気になります」
アルベルタ嬢が答える。
「任せてほしいのです」
パトリーシア嬢は元気だ。
相談役の三人は無言で頷いていた。
「では、頼みました。今回はルルエラ先輩もいらっしゃるのですから、納得のいくまで会議をしてくださいな」
と、席を立つおじさんだ。
ルルエラに対して釘を刺しておいたのである。
「エーリカ、ケルシー、オリツ。わたくしたちは一足先に失礼しますわよ」
三人に声をかけて、学生会室を後にするのであった。
カラセベド公爵家のタウンハウスである。
聖女は馬車の中でも、ずっと口を噤んでいた。
明らかにおかしい。
問えば答えが返ってくる。
でも、それだけだ。
ケルシーはずっとオリツと話している。
あることないこと、ペラペラと。
こちらは平常運転である。
タウンハウスにて使用人たちに出迎えられるおじさんだ。
かんたんにオリツのことを紹介しておく。
「ケルシー、オリツに色々と教えてあげてくださいな」
「うん! 任せといて!」
小柄なケルシーが大柄なオリツの手を引いて、タウンハウスの中に入っていく。
「エーリカ。どうしましたの? 話を聞くくらいならできますわよ?」
「うん……そうね。一人で考えてても仕方ないか。リー、ごめん。ちょっと相談にのってほしいの」
「もちろんです。では、二人きりになれるところがいいですわね」
と、二人して再び女神の空間に転移するおじさんだ。
女神の空間にて、聖女はぼつぼつと話をする。
「さっきね、神様が降りてきたでしょ。それはいいの。あと、ちょっとだけ記憶もなくなってる。でも問題ないのよ」
聖女の話を遮らず、黙って聞くおじさんだ。
ただ記憶を操作されたことで、なにか不調があるわけではないようである。
おじさんはふと思いだした。
光の大精霊であるアウローラに相談したときのことだ。
軍務卿を相手に記憶操作・物理をしかけたことを。
比較するものではないだろうが、さすがに神である。
スマートに対応してくれたようだ。
「でね、それと同時になんだか昔のことを思いだしちゃってさ。よくよく考えてみると、アタシさ……」
そこで間を取る聖女だ。
少し迷っているのだろう。
「こっちの世界に転生したのはいいんだけど……たぶんだけど
「妹……ですか」
「そう――なんで忘れてたんだろう。アタシが転生するときにね、誰かに会ったのよ。そのときに妹も一緒だった。だから妹も一緒に転生しているはずなの」
「確証は持てないのですね?」
「うん……だけど、かなり確率は高いと思うわ。詳細は思い出せないんだけど、ね……。だからもし妹が転生していたら、アタシ探さなきゃって。だって……色々と辛いことが多いんだもの」
おじさんは納得した。
聖女は確か農民の娘として生まれている。
そのときの生活を詳細に語ることはないけれど、かなり厳しい生活を送ってきたということはわかっているのだ。
だから、そんな生活を妹がしているのなら、自分が保護したいと考えているのだろう。
それはとても理解できる話だ。
おじさんは転生を渋りまくった。
女神を相手に拒否をして、そして今の生活を手に入れたわけである。
そのことを考えれば、おじさんとて他人事のようには思えないのだ。
「承知しました。どこまでできるかわかりませんが、わたくしも協力いたしましょう。エーリカの妹捜しに!」
「ほんと! ありがとう、リー」
おじさんの手を取る聖女である。
妹のことがずっと気になっていたのだ。
それは口数も減ろうというものである。
ただ、転生した誰かを捜索するなんてどうすればいいのか。
とりあえず使い魔に相談しようと考えるおじさんであった。
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