第583話 おじさんは演奏に集中し、冒険者たちの試合は進んでいく


 闘技場の舞台袖にて、カラセベド公爵家領の冒険者選抜は気勢をあげていた。

 

「リー様に顔と名前を覚えてもらうぞ!」


「おう!」


 男も女も関係ない。

 おじさんちの領地の冒険者は既に信者であった。

 

「リー様の御前だぞ! 絶対に勝て!」


 チームリーダーであるウィスパの檄が飛ぶ。

 その声に呼応するように一人の冒険者が舞台にあがった。


 長身痩躯の男性冒険者である。

 手には短槍、背にも二本の短槍を背負っている。

 がっちりとした革鎧。

 いかにも戦士といった風体だろう。

 

 対するサムディオ公爵家領冒険者選抜からも選手が舞台にあがった。

 こちらは女性冒険者だ。

 マントに胸当て、すね当てのみの軽装である。

 

 互いに歩み寄る。

 男性講師の代わりを務めるゴージツが審判だ。

 

「両者、準備はよいか?」


「あ、その前にひとつだけ聞かせてほしい」


 サムディオ公爵家領の女性冒険者だ。

 

「あんたたち、本気なの?」


 その言葉の意味がわからずに、男性冒険者は眉をしかめる。


「本気?」


「あの、リー様ってやつ」


 女性冒険者からすれば不思議だったのだ。

 なぜそこまで熱をあげられるのか。

 

 確かにとんでもない美人だ。

 それにほんの少ししか見ていないが、実力も確かなのだろう。

 だが、そこまで入れこむほどか、と。

 

 サムディオ公爵家にだってキルスティというお嬢様がいる。

 そのお嬢様はそこまで人気ないぞ、と思うのだ。

 実に残酷である。


「ああ――その話になったら三日三晩は寝ずに語る羽目になるぞ」


 ニヤリと長身痩躯の男性冒険者が微笑む。

 その笑顔は心底気持ちの悪いものだった。

 

 ぞくりと怖気を感じた女性冒険者である。

 

「……ごめんなさい。聞いたこっちがバカでした」


「知りたいのならいつでも訪ねてくるといい。リー様こそが至高! リー様こそが神!」


 自信満々に告げる長身痩躯の冒険者であった。

 その冒険者の手を何も言わずに握るゴージツだ。

 

 審判である前に彼とて、一人の人間である。

 薄毛と水虫の女神たるおじさんを認める者がいるのだ。

 ならば握手のひとつやふたつはしようではないか。

 

「ええ!? なんなの? 大丈夫なの?」


 女性冒険者は驚いてしまう。

 それも当然だろう。

 

 冒険者の若者とゴージツは何も言わなかった。

 だが互いの目を見れば、世代をこえて確かに通じるものがあったのだ。

 

「審判として中立公正を欠くようなことはせん」


 女性冒険者の方を見て、頷くゴージツであった。

 それでも一抹の不安は感じてしまう女性冒険者である。

 

「では、準備が整ったところで始めようか!」


 ゴージツの言葉に両者が一定の距離をとる。

 そして構えをとったところを見て、はじめと声がかかった。

 

 瞬間、弾けるようにして互いに動く冒険者たち。

 

 初級の魔法が飛び交い、交錯し、激しく攻守が入れ替わる。

 それでもこの試合、男性冒険者の方が一枚上手であった。

 

 魔法の腕は女性冒険者が上である。

 だが武技を含めて、総合的には男性冒険者に軍配があがった。

 

 結果、試合開始から数分でその差がでてしまう。

 最後は短槍を模した木槍の一撃が深く決まって、男性冒険者の勝利となった。

 

 次戦はサムディオ公爵家の冒険者選抜が勝利し、その次はカラセベド公爵家の冒険者選抜が勝利する。

 

 一進一退の好勝負が繰り広げられたのであった。


 実力の如何に関わらず、伯仲した勝負に盛り上がる観客だ。

 それにはおじさんたちの演奏も一役買っていた。

 先ほどから高揚感のある曲が続いているからだ。

 

「んーどっちの若造どももやるなぁ」


 観客席にいるペゾルドだ。

 

「うちの子たちもひけはとってないと思うけど」


 クレープを食べ終えたコルリンダだ。

 どこか口寂しい思いはあっても我慢している。

 

「そんだけ王都の貴族学園が強いのか」


「だから言っているでしょうに」


「リー様か……実際にお会いして話をしてみたいもんだぜ」


 はぁとため息をつくコルリンダだ。

 一度は会う機会はあったが、ペゾルドは気絶させられていた。

 だから、おじさんとは面識がない。

 

「まぁイトパルサ商業組合の仕事をしているのだから、いつかはお会いできる機会はあるでしょうね」


 恐らくコルリンダが妹を訪ねるのに、ペゾルドを同席させることは可能だ。

 だが、その提案はしたくないコルリンダだ。

 

 なにかあって困るのは自分だから。

 

「ああ、そう言えば忘れてた。昨日、王都の組合に顔をだしたんだけどな。ちときな臭い話を聞いたんだよ」


 このバカはどうして今、そんなことを言うのか。

 コルリンダは粘度の高い目を相棒にむけるのであった。


 一方で闘技場の舞台袖である。

 サムディオ公爵家領の冒険者選抜は揉めていた。


「このままだと負ける」


 クルートのパーティーであるヤイナが言う。


 先に一勝されたというのが大きい。

 その後は交互に勝ち負けを繰りかえしているのだ。

 次は副将のヤイナが出場する。

 

 疲弊しているとは言え、相手は中堅が残っているのだ。

 ここから挽回するには連勝する必要がある。

 

 ヤイナが見たところ、相手の中堅は強い。

 それもかなりだ。

 疲弊していることを差し引けば、自分なら勝てる。

 

 が、勝つには魔力を消費してしまう。

 ヤイナは魔導師だ。

 それなりの実力があると自負している。

 

 だが、魔力は無限ではないのだ。

 だから効率的な運用が大事だと、徹底して教わってきた。

 そして自らも実践してきたのだ。

 

 だから理解できてしまう。

 自分が相手の中堅と戦った場合、どの程度の魔力を消費するのか。

 

 結果、相手の副将を相手にして勝てるのかと問われれば否となる。

 

「ばっか、お前。そんな計算してんじゃねえよ。どのみちオレが出て、倒しちまったらいいんだからよ!」


 クルートがヤイナにむかって言う。

 

「バカは黙ってて」


 ちらりとマニャミィを見るヤイナだ。

 相も変わらず彼女は舞台に釘づけになっている。

 

「仕方ない……あとはクルートに任せる」


 覚悟を決めて、ヤイナは舞台にあがった。

 相手も女性魔導師。

 自分と似たようなタイプだ。

 

 とにもかくにもここで勝たなければ意味がない。

 だからヤイナはいつも以上に気合いを入れるのだった。

 

 結果――ヤイナは負けてしまった。

 

 実力的には五分だったろう。

 だが、先を考えているかどうかが勝敗を分けたのだ。

 

 相手の女性冒険者はそれこそここで終わっていいという思いで魔法を使ってくる。

 対するヤイナは先を考えて、魔力を配分してしまう。

 

 実力は五分であっても、その差が如実にでたのだ。

 取り返そうとヤイナが思ったときには遅かった。

 遅かったのだ。

 

 ぽろり、ぽろりと涙をこぼすヤイナである。

 でも声をあげるようなことはしない。

 

 不甲斐ない。

 勝てると踏んだ自分の甘さが。

 

 情けない。

 魔力を温存しようと考えたことが。

 

 負けるのは仕方ない。

 でも、それは自分が思い上がっていた証拠だ。

 

 そんな自分が許せない。

 

 舞台の袖にいるクルートをキッと強い目で見た。

 彼は彼女の目を見て、頷くのだ。

 

「いいか、よく見とけって。オレが勇者だってところをな!」


 にかっと白い歯を見せて笑うクルートだ。

 そんなクルートに対して、ヤイナはイラッときた。

 

 なにが勇者だ。

 バカ。

 

 だから、無防備なその尻を入れ違いざまに思いきり杖で叩いてやった。

 

「ちょ、なにして……」


 舞台に上がろうとしていたクルートがバランスを崩す。

 そのまま舞台にかけていた足をすべらせてしまう。

 

 ごつん、と頭を打つクルートであった。

 

「ふん!」


 ヤイナはクルートを見ない。

 背をむけたままで言う。

 

「……任せた」


「おう! なんとかしてやっからよ!」


 色々とフラグを立てるクルートであった。

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