第582話 おじさん聖女とケルシーの二人を謀る


 学園内にある闘技場の観客席である。

 

「ああ、あいつら負けちまったなぁ」


 イトパルサを拠点としている金級冒険者のペゾルドである。

 

「まさか貴族学園の生徒があれだけやるとは思わねえわな」


 隣にいる相棒を見るペゾルドだ。

 だが、相棒であるコルリンダはクレープに夢中である。

 

 新しい味だという惣菜系にドはまり中だ。

 おじさんちご自慢のローストビーフが挟んである。

 絶品の味であった。

 

「食べないなら、ちょうだい」


 ペゾルドが持つ惣菜系のクレープ。

 まだ口をつけられていない。

 

 観戦に熱中していたからだ。

 今年は例年になくレベルが高い。


 特に王都の学園だ。

 なにをどうしたものか実戦経験まで積んでいる。


「いや、食うから。今から食うから」


 ちっと盛大に舌打ちをするコルリンダであった。

 

「次は……カラセベド公爵家領とサムディオ公爵家領の冒険者選抜か。さて、どっちに賭けるか……」


 ヒョイとペゾルドの手から、クレープをとるコルリンダ。

 

「あ、おい!」


 ペゾルドが口を開いたときには遅かった。

 はむり、とコルリンダがクレープを食む。


「うん! こっちも美味しい!」


「うそだろ……」


 ペゾルドはがっくりと肩を落とすのだった。

 

 一方で闘技場の舞台である。

 既に両冒険者選抜が姿を見せていた。

 

 やけに士気が高いのがカラセベド公爵家領選抜だ。

 なにせ憧れのおじさんがいるのだから。

 皆が闘技場に入ってくるなり、演奏用の舞台にむかって膝をつき一礼する。


「リー様のために!」


 リーダー格であるウィスパが声をあげた。

 灰色髪の女性冒険者だ。

 

「リー様のために!」


 一糸乱れぬかけ声であった。

 

 その姿を見て、サムディオ公爵家領の冒険者選抜はちょっと引いてしまう。

 なにあの集団という目である。

 

「なぁあいつらやべえんじゃねえの?」


 自称勇者であるクルートが言う。

 

「……あれはちょっと怖い」


 パーティーメンバーであるヤイナが応えた。

 

 そして、もう一人のメンバーであるマニャミィ。

 彼女は今日も演奏用の舞台を凝視している。

 

「……やべえやつらだけど、勝つぞ」


 クルートが気合いを入れる。

 その気合いに応じるように、おうと応える冒険者たちだ。

 

 そこへおじさんたちの演奏が始まった。

 タンタンと足を踏んでリズムをとるマニャミィ。

 マニャミィの様子を訝しむヤイナである。

 

 それでも深くは踏みこまない。

 なぜかマニャミィが楽しそうにしているから。

 

 同じパーティーメンバーだ。

 だが、軽々に踏みこんではいけない領域がある。

 そこに触れるような予感がしていたのだ。

 

 だから、彼女はデリカシーのないクルートの相手をする。

 クルートがマニャミィにちょっかいをかけないように。

 

 少しだけ時を遡ろう。

 演奏用の舞台ではおじさんが聖女とケルシーに耳打ちしていた。

 

「いいですか、この試合での演奏。二人には目立っていただきたいのです」


 おじさんの提案に聖女とケルシーが笑顔を漏らした。

 いえーいとハイタッチまでする二人だ。

 

「とはいってもです。あくまでもここは舞台の試合を盛り上げるための演奏ですからね。好き勝手するのはよくありませんわよね?」


 おじさんの言葉に、二人がうんうんと頷く。

 納得しているようである。

 

「そこで二人には特別な魔法をかけてあげますわ」


 くわ、と目を開く二人だ。

 その目は好奇に染まっている。

 

「どんな魔法なの?」


 聖女が先に口を開いた。

 

「むふふ……いいですか! この魔法は見えるものにはとってもよく見えるようになる魔法なのです!」


「?????」


 首を傾げる二人である。

 おじさんの言葉の意味がわからなかったのだ。

 

「どどど、どういうことだってばよ?」


 ケルシーである。

 おじさんがニコリと微笑んだ。

 

「そうですわね! 実際にかけてみた方が早いでしょう」


 指を弾いて魔法をかけてしまうおじさんだ。

 二人の身体がキラキラと光を放つ。

 

 レアカードくらいにはキラキラしている。

 

「おお! これよ! これ!」


 聖女は自分の身体が放つ光を見て喜ぶ。

 

「むふふ! 光輝くワタシ! さすが!」


 ケルシーも上機嫌になった。

 

「さぁこれで準備が整いましたわ」


 おじさんもニッコリだ。

 だが、少しだけその胸がちくりと痛む。


「パティ! 演奏の準備は大丈夫ですか?」


「いつでも始められるのです! お姉さま!」


「承知しました。では始めましょうか! エーリカ、ケルシーの二人は踊ってくださいな」


「はい!」


 両手をあげて返事する二人であった。

 

「リー様、大丈夫なのでしょうか?」


 アルベルタ嬢がおじさんに近寄って耳打ちする。

 

「大丈夫ですわ、見ていなさいな」


 おじさんの言葉が終わらないうちであった。

 二人の姿がちらりちらりと消えたり、映ったりする。

 

 どんどん消えている時間が増えていく。

 

 そう――おじさんはレンチキュラーの効果を使った魔法を使ってみたのである。

 レンチキュラーは見る角度によって、見える絵柄が変わる印刷のことだ。

 

 もともと姿隠しの魔法は使えたおじさんである。

 ちょっとした応用をしただけだ。

 

 聖女とケルシーの二人は機嫌良く喋っている。 

 二人の目からはキラキラと光ってしか見えないのだ。

 

 だが、他の者からすれば、その姿は見えていない。

 おじさんは聖女とケルシーという問題児を隔離することに成功したのであった。

 

「かわいそうですが、あの二人を好きにさせると何をするかわかりませんから」


 少しだけ目を伏せるおじさんだ。

 

「承知しました。確かに最近は少し調子にのっていましたから仕方ありませんわね」


 アルベルタ嬢もおじさんに同意する。

 

 そこへ冒険者たちが膝をついて一礼する姿が見えた。

 続いて、リー様のためにという声が聞こえてくる。

 

 その声を聞いて満足そうに頷く、狂信者の会であった。

 

「まったく、あの者たちにも困りますわ」


「まったくですわ! あんなに大っぴらにするなんて! リー様に対する配慮が足りていません!」


 イザベラ嬢が言う。

 

「リー様を困らせてしまうとは。潰しますか」


 ニュクス嬢である。

 

「あの者たち……万死に値しますわね!」


 アルベルタ嬢だ。

 

 先ほどまで満足げな顔をしていたのはなんだったのか。

 くるりと手の平を返す狂信者の会だった。

 

「ちょっと、さすがに言い過ぎですわよ」


 おじさんが三人をたしなめる。

 その言葉にスッと頭を下げる三人であった。

 

「アリィ、イザベラ、ニュクス! ちゃんとやるのです!」


 パトリーシア嬢から声がかかる。

 狂信者の会に対して強くでれる数少ない御令嬢なのであった。

 

 おじさんたちが演奏を始める。

 今回の曲目はとにかく盛り上げる方向性でいく。

 そう決めて、おじさんはバイオリンの魔楽器を弾くのであった。

 

 愛と勇気を小さな胸に。

 聖女のお気に入りの曲であった。

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