第580話 おじさんの周りで遊ぶ聖女とケルシー


 舞台上でお腹をさする男性講師である。

 おじさんは苦笑しながら、胃痛に効くお薬をだす。

 

「おおーすまん。これ美味いし、効くんだよー」


「ほどほどになさってくださいな」


 おじさんは純粋に男性講師をいたわる。

 ただ男性講師は思う。

 そう思うなら、自重してくれ、と。

 

「さて、オリツ。その姿はどうやって元に戻しますの?」


「あ! えーとよくわかっていません」


「ん? どういうことですの?」


「ええと……お恥ずかしい話なのですが」


 とオリツは語った。

 彼女は里で巫女見習いをしているらしい。

 

 正式に巫女になると里から出ることはできない。

 なので彼女が選ばれたのである。

 

 そこで問題となるのが鬼の姿だ。

 隠すための魔法は巫女がかけた。

 オリツが教えてもらったのは解除の方法だけである。

 

 つまり――元に戻れない。

 

 涼やかな美貌のオリツだが、実は脳筋なのか。

 そんな疑惑を持ってしまうおじさんだ。

 

「仕方ありませんわね。少しぢっとしているのですよ」


 おじさんがパチンと指を弾く。

 魔力を抑えるような効果はない。


 だが、見た目だけは冒険者に戻しておいたのだ。

 額の角も隠して。


「見た目は元に戻しておきましたので、まぁ根本的な魔法は後で大精霊のお姉さまに相談してみましょう。では、結界を元に戻しますわね」


 再び指を弾くおじさんだ。

 一瞬で黒くなっていた結界が元の透明なものに戻った。

 

「バーマン先生、お願いしますわ」


 胃薬を飲みほした男性講師が頷く。

 

「勝負ありー」


 茶番ではあったが形というのは大事なのだ。

 おじさんは舞台袖にいる先輩たちを呼ぶ。

 全員が揃ったところで男性講師に合図をだした。

 

「対校戦第二回戦 第一試合勝者、王立学園ー」 


 男性講師の言葉をうけて、会場中から声があがった。

 拍手の音が響く。

 おじさんは相談役の三人を残して、舞台から下りていた。

 

「学園長、後でバーマン先生からお話を聞いてくださいな。わたくしは演奏がありますので失礼いたしますわね。ああ、それとオリツはわたくしが預かりますので」


 だから手をだすな、ということだ。

 有無を言わせないおじさんである。


「うむ……」


 学園長は思った。

 最近、おじさんの押しが強くなってきていると。

 

 まるでヴェロニカそっくりだ。

 決めたら絶対に退かない。

 その意思を隠そうともしないのだから。

 

 タジタジになってしまう学園長である。

 そんな姿を見て、ふっとおじさんが微笑む。

 

「きちんと学園長には報告しますので、そんな顔をしないでくださいまし」


 ちゃんとフォローを入れるおじさんだ。

 そこが母親とはちがうところである。

 

「よかろう。ゴージツ! ゴージツ!」


 学園長が親友である老講師を呼ぶ。

 

「なんじゃい! おうおう、リーちゃんはお疲れ様じゃのう。今日もかわいかっこいいのう。どれ、爺がおこづかいでも……」

 

 懐から小袋をだそうとするゴージツを押しとどめるおじさんである。


「ゴージツ先生、学園長がお待ちしていますわよ」


「ふむ……リーちゃんがそう言うなら。なんじゃい、ウナイ!」


 ゴージツが学園長に身体をむけた。


「うむ。そこのバーマン卿の代わりに、次の試合の審判をやってくれんか? ちょいと確認することがあるでの」


 学園長はオリツに目をむける。

 鬼人という幻の存在が実在したのだ。

 色々と確認しておきたいことがあるのだろう。


「うむ……仕方ない。バーマン卿、ウナイのこと頼みましたぞ。こちらは私に任せておくといい」


 ゴージツに対してスッと頭を下げる男性講師だ。

 

「よし、話は決まった。では頼んだ!」


 学園長が男性講師を引き連れて闘技場を去る。


 一方で王領の冒険者選抜だ。

 

「皆、騙していてすまない」


 冒険者選抜の仲間の前で頭を下げるオリツである。


「お、おう……お前ってマジでそうなの?」


 冒険者の誰かが言った。

 

「否定する意味はないでしょう。私は鬼人です。ただ広めないでいただけると助かります」


「……だよなぁ。で、これからどうすんの?」


 また、ちがう誰かが聞く。


「少し事情がありまして。私はリー=アーリーチャー・カラセベド=クェワ様のもとでお世話になります。少しの間でしたが、あなたたちと一緒にいた時間は楽しかったです」


 ケッと悪態をついたのはヴィルと戦ったバーナットだ。

 

「貴族なんかに尻尾ふりやがって」


 どこか寂しそうなバーナットだ。

 そんな彼を見て、オリツは少しだけ微笑む。


「バーナット。あの御方は貴族であって貴族ではないですよ」


「はあん? どういう意味だ?」


「あなたもこのまま成長すれば、いずれあの御方と関わることがあるでしょう。そのときに自分で判断なさい」


 最後にそう残してオリツは背を向けた。

 

「またいつか、どこか会いましょう」


 オリツは背を向けたまま、おじさんのもとへと足を踏み出した。

 

 一方で演奏用の舞台である。

 

 おじさんは既に短距離転移で戻ってきていた。

 そのおじさんにまとわりつくような動きを見せる聖女とケルシーの二人である。


 子犬のような動きだ。

 ピョンピョン跳ねながら、グルグルと回っている。

 

「んんんんんん!」


 二人の口からでる言葉の意味がわからない。

 仕方ないとおじさんは魔法を解除した。

 

「リー! なにあれ、なにあれ!」


 聖女である。

 おじさんがオリツをあしらった技のことだろう。

 

 なにあれと問われても困る。

 おじさんはタイミングを見て、腕を伸ばしただけだから。

 

「説明に困りますわね」


「ねぇねぇワタシ、ワタシもやっていい?」


 ケルシーだ。

 こちらは体感してみたいのだろう。

 

「構いませんけど、怪我をするかもしれませんわよ」


「いいわね、ケルシー! 人柱になりなさい!」


 聖女が煽る。

 人柱って……もっと別の言い方があるだろうに。

 

「大丈夫、大丈夫、ワタシだってやるときやるんだから!」


 いっくわよーと腕をグルグル回すケルシーだ。

 助走をつけて、おじさんにむかっていく。

 そこで前蹴りではなく、パンチをだすケルシーである。

 

 おじさんは仕方なく、タイミングを合わせて腕を伸ばす。

 

 ぱちん、とケルシーのパンチをとめた瞬間であった。

 ケルシーの腕がおかしな方向に曲がってしまう。

 

「みぎゃあああああ!」


 叫ぶケルシーだ。

 すぐさまに治癒の魔法をかけるおじさんである。

 

「うわーえぐいわ」


 聖女がいかにも痛そうという表情で言う。

 おじさんとしては手加減をしたのだ。

 

 だが、ケルシーはオリツほど身体が強くない。

 だから曲がってはいけない方向に腕が曲がってしまったのである。

 

「エーリカ、他人事のように言ってますけど、責任の一端はあなたにもありましてよ」


 アルベルタ嬢が聖女に注意する。

 

「ふっかーつ! ケルシーふっかーつ!」


 おじさんの治癒魔法のお陰だ。

 元気になったケルシーが声をあげる。

 

「ねぇねぇ……なんであんな風になるの?」


 強メンタルのケルシーだ。

 あんなことがあったのだ、おじさんを怖く思っても仕方がない。

 

 だが、そんなことは一切考えていないケルシーである。

 興味津々といった感じで、おじさんにまとわりついていた。

 

 ケルシーの姿を見て、聖女はニカっと笑う。

 そして、自分もおじさんのもとへ駆け寄る聖女であった。

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