第577話 おじさんちょっとだけ怒る


 アメスベルタ王国において異種族とは?

 と聞かれたときに、多くの人が聖樹国のエルフだと答える。

 

 国交があるのだから、それは当然だろう。

 特にイトパルサ辺りでは付き合いが深い。


 ただ多くの人にとってエルフがどんな生活をしているのか、までは浸透していなかったりする。

 なので王都にいるケルシーは、注目を集めていたりするわけだ。

 

 だが薔薇乙女十字団ローゼンクロイツが、がっちりとガードを固めているのでみだりに近づけない。

 

 では、他の異種族についてはどうか。

 アメスベルタ王国内に伝わる御伽噺の類いにあるのが、鬼人族と竜人族である。

 

 アメスベルタ王国の南東部にある霊山ライグァクタム。

 この霊山には鬼人族が住むとされている。

 かつては人と交わることもあり、よき隣人だったとされるのだ。

 

 ただ、いつしか交流は失われ、その伝承だけが残っている。

 そんな鬼人族が今、キルスティたちの前にいるのだ。

 

「……あなたは」


 言葉が続けられないキルスティだった。

 その言葉はひょっとすると、彼女を傷つけるかもと思ったからである。

 

「ああ……お察しのとおりです。今までは隠していたのですけどね、どうしても聞いてもらいたいお願いがありまして。私の誠意の証ですわね」


 頑健な体躯に反して涼しげな顔である。

 その唇から紡がれたのは蛮族よりもきれいな言葉だ。

 

「……どういうことでしょうか?」


 キルスティは訝しみながらも聞く。


「今回の対戦、こちらの負けでかまいません。あなたが望むなら手合わせをしても構いませんが……既にこちらは四敗もしているのです。私が勝ったからとて勝ちを譲っていただく道理はありませんもの」


 彼女が勝つことを確信しているような物言いである。


「あなたは先に出られたお二人と同じ程度には強いのでしょう。ただ、それならば私の相手になりませんの」


「では、あなたは何を望むのです?」


 鬼人族の女性は、ふと笑みを漏らす。


「私はどうしてもあの御方と手合わせを願いたいのです」


 鬼人族の女性はキルスティから視線を外した。

 その視線の先にいたのは――聖女だった。

 

「エーリカ?」


「ちがいますわね。リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワ様です」


 聖女がおじさんの周りをちょろちょろするから。

 ややこしいことになる。

 

「リーさんになんの用がありますの?」


「それは……ここでは言えませんわ。あの御方になら話すこともできますけど。そういうことですので退いていただけませんか?」


 女性冒険者は再びキルスティを真正面から見る。

 その視線には力強いものがあった。


「ちょっと待てよ!」


 割りこんできたのは、先ほどヴィルと対戦した冒険者だ。

 まだ治癒の途中なのだろう。

 それでも歩けるくらいには回復している。

 

「オリツ、てめぇが勝手に勝ち負け決めるんじゃねえ!」


「バーナット……私が勝ったとして、それがどうしたというのです。実力では完全に負けているでしょうに」


「貴族学園に負けるってのが嫌なんだよ!」 

 

 冒険者――バーナットが叫ぶ。

 それは彼なりの矜持なのだろう。

 いや、ただ単に恥ずかしいと思っているのかもしれない。

 

 オリツ――鬼人の女性は小さく息を落とした。

 

「もう負けているのですよ。そのことから逃げれば、あなたたちには何も残りません。今日の負けを糧とできないのなら、早晩死ぬだけですわよ」


 バーナットが唇を噛みしめる。

 

「皆さんもそれでよろしいかしら?」


 バーナットの後ろにいる王領の冒険者選抜の皆に声をかけて確認をとるオリツだ。

 

「クソがっ!」


 バーナットが叫ぶ。

 

「いや、オリツの言うとおりだ。こちらの負けでいい。あとはキミの好きにすればいい」


 シャルワールと戦った男性冒険者が答える。

 そのことに頷くオリツだ。

 

「お待たせして申し訳ありません。こちらの話はつきました。で、どうしますか? 先ほども言いましたが、あなたと手合わせをしてもかまいませんよ?」


「ちょ、ちょっといいかなー」


 今度は男性講師である。

 

「勝手に決められても困るんだよー」


 それはそうだろう。

 なんのための審判だという話だ。

 

「ってことで! 学園長! 学園長!」


 男性講師は迷わずに最高責任者を呼んだ。

 こういうときのための責任者だから。

 

 実に嬉しそうな表情で駆けてくる学園長だ。

 待ってましたと言わんばかりである。

 フットワークの軽いおじいちゃんなのだ。

 

「バーマン卿よ、なにがあったのじゃ」


 学園長にざっくり説明する男性講師だ。

 自慢の白鬚をしごきながら耳を傾ける学園長である。

 

「……ふむ、なるほどの。そちらのオリツとか言ったか」


 学園長が女性冒険者を見る。

 涼しげな微笑みをうかべるオリツだ。

 

「いいじゃろう。先に言っておくがリーは甘くないぞ?」


 わかってるんだろうな、という意思確認だ。

 

「もちろんです。事情は言えませんが、私の全力をもって戦うことを誓います」


「キルスティ、どうじゃ手合わせをしておくか?」


 学園長の問いに首を横に振るキルスティだ。

 すっかりやる気を殺がれてしまったから。

 

「いいえ……今さら私が手合わせをすることなど誰も望んではいないでしょう。ふふ……」


 それは自嘲するような笑みである。

 少し暗い影が表情にさしているのだ。

 

 自分が相手にされていない。

 そう自覚をすれば、さもありなんである。

 

 かといって、おじさんに責任があるわけではない。

 ただただ自分の実力が不足しているからだ。

 

 キルスティはそう思わざるを得なかった。

 

「詰まらんのう。なぜ、そこで意をとおさん? 相手が何を望んでおるのか、それを知りながらなぜ退く」


 学園長の言葉にキルスティは俯いてしまう。

 

「キルスティよ、相手が眼中にないと言うのなら、だ。自らの力で証明してみせよ! ここにいる私がいるのだ、と! それが貴族たる者の矜持ではないのか!」


 怒っているわけではない。

 ただ学園長は激励しているのだ。

 

「再度、問おう! キルスティよ、手合わせを望むか!」


 学園長の言葉にキルスティが目を丸くする。

 どうするべきか。

 一瞬のことだが、躊躇する自分がいる。

 

「キルスティ! あなたが思うようにすればいい」


 ヴィルである。

  

「おい、あそこまで良いように言われていいのかよ!」


 シャルワールも続く。

 

 二人の声に押されるように、キルスティは頷いた。

 

「手合わせを願いますわ! いえ、私と手合わせをなさい! オリツ!」


 ビシッと指をさすキルスティであった。

 

「ならばよし! 先にキルスティとオリツの手合わせを行なう。その後にリーとの手合わせじゃ!」


 学園長の裁定がくだる。

 男性講師が学園長に一礼した。

 

 一方で演奏用の舞台上のおじさんだ。

 戦いが終わったので、演奏はストップしている。

 

「んんんんんん!」


 聖女がしゃべれないのに何事かを言っている。

 ケルシーも同様だ。

 

 この距離では聞こえないのだろう。

 だが、なにかしら揉めている雰囲気である。

 

 こういうことに目がない蛮族たちなのだ。

 

「リー様、なにごとでしょうか?」


 ニュクス嬢がおじさんに声をかける。

 おじさんイヤーは地獄耳。

 しっかりと舞台上の声も聞こえていた。

 

「あの女性冒険者――オリツという名だそうですが、あの方は勝負は負けでいいと言っていますわね」


「ほおん……」


 反応したのはイザベラ嬢だ。

 

「キルスティ先輩と手合わせをしてもいい。その後でわたくしと手合わせをしたいそうですわ」


「リー様とですって!」


 アルベルタ嬢が声を張り上げた。

 

「なにか事情がありそうですわね。まぁわたくしとしてはかまいませんが……」


 言葉を濁すおじさんだ。

 

「少しやり方がよくなかったですわね。学園長が取りなしてくれましたが……」


 キルスティのことである。

 おじさんにとってはお友だちなのだから。


 そのお友だちが暗い表情をみせた。

 学園長と男子二人のお陰で持ち直したとはいえだ。

 おじさんの心に火を点けてしまった。

 

「リー様?」


 おじさんの異変を敏感に察知する狂信者の会である。

 

「どんな事情があるのか知りませんが、少しだけ痛い目を見ていただきましょうか」


 舞台上にいるおじさん以外の身体が、ぶるり、と震える。

 その姿にうっとりとする狂信者の会の面々だ。

 

 他の薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたちは思った。

 ご愁傷様と。

 

 そして蛮族一号と二号は股を押さえていた。

 漏れてはいけないものが漏れそうになったからである。



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