第576話 おじさん聖女の代わりに解説を加えそうになる


 学園の闘技場である。

 王都の貴族学園と王領冒険者選抜の四回戦だ。

 

 副将戦となる戦いは、両者ともに学生とは言い難い戦いであったと言えるだろう。

 

 舞台の上で冒険者がヴィルに迫る。

 その勢いのまま蹴り足を振り上げた。

 サッカーボールを蹴るように。

 

 床に伏しているヴィルの頭を狙いを定めている。

 

「ニヤニヤしてんじゃねえ!」


 蹴り足が振り下ろされる寸前であった。

 ヴィルが両手を舞台の上につく。

 

 同時に身体強化した腕力で、逆立ちへ。

 そのまま宙へと飛び上がった。

 空中でクルリと身を翻すヴィルだ。

 

「あれは! 南神白鳥拳奥義! 飛鳥白麗!」


 と、聖女が健在ならば叫んでいただろう。

 だが聖女はふて腐れて、大の字になっている。

 当然だがヴィルの試合も見ていない。

 

 なので、おじさんが代わりに言ってみたのだ。

 

 そのおじさんの声に、がばりと身体を起こす聖女である。

 南神白鳥拳の意味を知っているからだ。


「んんん!」


 聖女が指さす。

 ヴィルが空中で身を翻し、両手を冒険者の両肩に打ち下ろした瞬間であった。

 

「ぐはっ……」


 ヴィルの全体重がのった打ち下ろしの手刀を両肩に受けて、冒険者は膝をついていた。

 

「んんんんんん!」


 聖女が興奮している。

 だが言いたいことはわかっているおじさんだ。

 

 たぶんこうである。

 肩が切れてないじゃない!

 

 そこまでしてしまったら対校戦のルール上、ヴィルの負けなのだが聖女は気づいていない。

 おじさんに詰め寄って、指をさしまくっている。

 

「エーリカ、わかりましたから。あとで聞けばいいでしょう? 演奏の邪魔になっていますわ」


「んんんんんん!」


 聖女はなんとか納得したようであった。

 

 舞台上で膝をつく冒険者を見下ろすヴィルである。

 

「……まだやりますか?」


 かなりの衝撃を受けたのだ。

 冒険者は両手が使えないことを悟っていた。

 

「ハハハ……それが甘いって言うんだよ!」


 だが、この程度で諦めることはできない。

 魔物との戦いでは諦めたら死ぬのだから。

 

 それを思えば――。

 

 一方でヴィルは冒険者の口からでた言葉の意味を理解して、距離をとるように跳び退っていた。

 そのまま距離をあけて魔法戦に持ちこむ気である。

 

 かの冒険者の魔法の実力は知らない。

 が、魔法なら自分の方に一日の長があると考えたのだ。

 

【氷弾・改二式】


 おじさん直伝の魔法である。

 魔力の消費は大きいが、発動が速く威力も段違いだ。

 

 初級魔法の術式をよくここまで改造するものだ、とヴィルは初めて見たときに思った。

 手こずったがこの魔法をモノにしたとき、冗談ではなく新しい世界を知ったと感動したものである。

 

 ヴィルの氷弾が魔法陣をとおして射出された。

 その数は六個。

 今のヴィルができる最大の同時射出数である。

 

「……くっそ。次は勝つからな!」


 冒険者はなんとか手を使わずに立ち上がっていた。

 だが、それだけである。

 

 立ち上がったという執念は評価すべきだろう。

 そして、やられることがわかった上でのセリフである。

 

「……ええ、次があっても私は負けませんよ。なにせ会長に教えを乞うているのですからね。恥ずかしい真似はできません」


「なんだよ、さっきから会長って……」


 それが冒険者の最後の言葉になった。

 六つの加速型氷弾が次々と身体に当たっていく。

 

 闘技場の舞台の端まで、その威力に押されて飛ばされる。

 そのまま倒れこんでしまうのであった。

 

「勝負ありー」


 男性講師の間延びした声が響く。

 

「なぁー殺気をどうやって克服したんだー。先生、ちょっと驚いたんだけどー」


 男性講師がヴィルに声をかける。

 

 ヴィルもまたギリギリの戦いであった。

 既に魔力は底をつきかけている。


 舞台に膝をつき、肩を上下させるヴィルだ。

 それでも男性講師の方を見て言った。

 

「会長のお陰ですよ。あの御方は正しくこの状況を読んでおられたのです。だから事前に……」


 そこまでヴィルが言ったときである。

 シャルワールが舞台上を駆けてきて、ヴィルを後ろから抱きあげて肩車の状態に持っていってしまう。

 

「やったな、ヴィル!」


「ちょ、シャルやめてください。恥ずかしい……」


 ヴィルの口はそこでとまった。

 気づいたからだ。

 

 闘技場を囲む観客席から降りそそぐ、賞賛の声と拍手の音に。

 

「ハハッ! 偶にはいいもんだろ? こういうのも!」


 ヴィルはどちらかと言えば、表舞台に立つことは少なかった。

 なぜならキルスティという神輿がいるのだから。

 

 自分は下で支えるもの。

 そう決めて、その役割を懸命にこなしてきたのである。

 

 だが――今はちがう。

 

 勇壮なおじさんたちの演奏が耳に入る。

 ヴィルの好きなカエルさんのテーマだ。

 

 今だけは主役は自分なのだ、とヴィルは思った。

 そしてその感動に浸るのだ。

 だが、いつまでもそれに浸ってはいられない。


「キルスティ! 大将は頼みましたよ!」


 舞台の袖にいる同期の姫君に声をかける。

 

 キルスティ。

 サムディオ公爵家の娘としてがんばってきた優等生だ。

 ヴィルは彼女に自分と同じ匂いを感じていた。

 

 努力で実力を培ってきた秀才。

 決して天才ではないが、がんばってきたのだ。

 報われてほしい。

 

 キルスティにも、今の自分と同じものを味わってほしいと心から願うのであった。

 

「任せておきなさい! あなたたちの奮戦はしかと胸に刻みました。私も勝利をお約束しますわ!」


 いい笑顔だと、素直にヴィルは思った。

 彼女がこんなに素直に感情をだせるようになったのも、すべて会長のお陰だろう。

 

 本当にそう思う。

 

 サムディオ公爵家の娘であるというくびき

 そこから解き放たれたのだろう。

 

 自らを縛る鎖にすら気づいていなかったキルスティ。

 

 ヴィル自身も似たようなものである。

 侯爵家の嫡男として生まれ、知らぬ間にがんじがらめになっていた。

 

 だが、それは自分が勝手に感じていただけなのだ。

 会長によって、それを教えられた。

 だから思う。

 

 今のキルスティは強い、と。

 

 シャルワールの肩に担がれたまま舞台を下りる。

 入れ替わりで舞台にあがるキルスティ。

 

 シャルワールの頭を押さえて、飛び降りるヴィルだ。

 そして、キルスティとハイタッチを交わす。

 

「くれぐれも油断はなさらずに」


「わかってるわ。さすがに冒険者選抜、舐めてかかれないわよ」


 不敵な笑みをお互いにむけるヴィルとキルスティだ。


「よっしゃ! 決めてこい、キルスティ!」


 シャルワールがキルスティの肩をポンと叩く。

 

「ええ! 必ずリーさんにつなぐわ」


 キルスティが舞台にあがった。

 対戦相手となる冒険者選抜からも女性がでてきている。

 

「おまっ……会長がでたら試合になんねえだろ?」


 シャルワールが正直に告げる。

 

「それもそうよね。なんたってリーさんなんだもの」


 相談役の三人は軽やかに笑った。

 そう、勝負としては四勝〇敗である。

 だがこちらもあちらも五人目の登場だ。

 

 ここで負けたら、こちらの負けが確定する。

 相手の選手は残っているのに、こちらは選手がいないからだ。

 

 緊迫した状況だが、キルスティは笑えた。

 ごく自然と笑えたのだ。

 

 緊張はしていない。

 まったくとしていないわけではないが、意識しなければどうということもない程度にしか緊張していないのだ。

 

「さて、勝ちにいきますか!」


 キルスティが対戦相手に目をむける。

 そこに居るのは女性冒険者だ。

 

 女性冒険者なのだが……逞しい。

 身長はキルスティよりも頭ひとつは大きいだろう。

 肩幅が広く、頑健そうな身体をしている。

 

 そして、キルスティの目が釘付けになったのは額に生えている二本の小ぶりな角だった。



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