第574話 おじさんは先輩たちにトラウマを与えていたのかい?


 学園内の闘技場近くにある物販スペース。

 と言うか、屋台が集合している場所だ。

 

 おじさんが作った四阿あずまやのおかげで、小雨の降る中でも快適に買い物ができる。

 既にクレープの味に虜となった観客たちが、長蛇の列を作っていた。

 

 そこに加わるコルリンダである。

 ここにお酒も売ってたらなぁとは思わないでもない。

 

 だけど、さすがに学園内で飲酒するのは厳しいことも理解している。

 

 屋台で料理を作っている料理人たちの手際がいいのか。

 次々と進んでいき、コルリンダの順になる。

 ペゾルドの財布から、二つ分の料金と引き換えに手渡してもらった。

 

 焼きたてだ。

 まだ持っている部分が熱い。

 

 コルリンダがその列を離れようとしたときである。

 今、クレープを買った場所とは別の屋台の店員が声をあげた。

 

「甘味が売り切れましたので、こちらは新しい味のクレープを販売しまーす!」


 なにぃ! と目をむくコルリンダである。

 新しい味だと?

 

 それはもう絶対に手に入れなければならない。

 風の大精霊様だってそう仰るはず。

 コルリンダは金級冒険者の身体能力を生かし、そそくさとできはじめた列に並ぶのであった。

 

 一方でおじさんたちである。

 

「今のはよかったのです!」

 

 パトリーシア嬢の声が弾んでいる。

 しっかりと演奏できたという喜びにあふれていたのだ。

 

「この調子で次もいくのです。次はゲルドの丘にダルダル山脈なのです!」


 どちらも勇壮で冒険感のある音楽だ。

 ヴィルの好みに合わせているのだろう。


 おう、と薔薇乙女十字団ローゼンクロイツからの返事にも勢いがある。

 

 賑やかしの二人はと言えば、完全に拗ねていた。

 聖女は舞台の隅っこで大の字になって寝転んでいる。

 ケルシーもその隣で同じポーズをとっていた。

 

 なにをしているんだ、と思うおじさんである。

 

 可哀想には思うが、今日は仕方ない。

 この二人抜きで演奏をする。

 それはもう暗黙の了解であった。

 

 闘技場の舞台ではヴィルと対戦相手の冒険者が対峙していた。

 

「貴族のお坊ちゃんにしてはやるじゃない?」


 野性的な風貌の冒険者。

 生意気そうな猫を思わせる外見だ。

 

 挑発ともとれる冒険者の発言にヴィルは、ふ、と笑う。

 

「そうですね。貴族とは……いえ、いいでしょう。ここで語るのは無粋。互いの剣で語りましょうか」


 刺突剣レイピアの先端を相手にむけるヴィルだ。

 

「ほおん……いいねぇ」


 対戦相手が持つのは片手半剣バスタード・ソードだ。

 奇しくもヴィルが背に負うものと同じ武器である。

 

 男性講師は思う。

 この試合は面白くなりそうだ、と。

 そんな期待をこめて、試合開始の合図を告げるのであった。

 

 同時におじさんたちの演奏も始まる。

 だが、ヴィルの耳には届いていなかった。

 

 なぜなら開始の合図とともに電光石火の動きで踏みこんだのだ。

 

 本来、刺突剣レイピアという武器は鎧の継ぎ目を狙うためのものだ。

 金属鎧を着た相手に対して、ピンポイントで攻撃する。

 

 魔物を相手に戦う武器ではない。

 アメスベルタ王国では、派手な装飾を施した儀礼用として用いられるのが一般的である。

 

 だが、敢えてヴィルは刺突剣レイピアを選んだ。

 それは自分の動きに合う武器だったから。

 

 ヴィルが幼少期から学んできたのは、騎士が扱う正当派の剣術ではない。

 ギューロ侯爵家に伝わる異端の剣術である。

 

 その動きはどちらかと言えば、冒険者の剣術に近い邪道だ。

 建前を重視するが故に貴族には好まれない。

 

 だから、ギューロ侯爵家では、正道も邪道も習う。

 ただヴィルの適性は邪道の剣術にあったのだ。

 

 彼は思っていた。

 勝ちたいのなら正道も邪道もない、と。

 故に皆の前では見せてこなかった剣を披露する覚悟を決めていたのである。

 

「はああああ!」


 気合いとともに前傾姿勢で突っこむヴィルである。

 それに驚かず、どっしりと正眼に構える冒険者。

 

「ふん! その程度じゃオレには届かね……えぜ?」


 冒険者の目の前でヴィルは小さな球を地面に叩きつけた。

 既に試合前から手の中に握っていたのである。

 

 その小さな球は白い煙を勢いよく吹きだすだけのもの。

 目くらましだ。

 

「ハッ! その程度のこと……」


 冒険者の目の前に煙を突き破って刺突剣レイピアが突きでてくる。


「甘いっ!」

 

 刺突剣レイピアを払う冒険者。

 その瞬間に気づいた。

 

 刺突剣レイピアはただ投げられたものだったのだ。

 かつん、と甲高い音が響く。

 

「ちぃ! マズった!」


 瞬間、ヴィルは冒険者の側面から片手半剣バスタード・ソードを模した木剣を叩きつける。

 

 間一髪のところで、自身の木剣を挟みこむ冒険者だ。

 ただ受けた体勢が悪かった。

 衝撃を殺しきれずに、身体が流れる。

 

「クソがっ!」


 追撃をしようとしたヴィルの眼前に短剣を模した木剣が飛んでくる。

 冒険者が懐に忍ばせていたものを投げつけたのだ。

 

 それを冷静に弾くヴィルであった。

 冒険者もしっかりと後退して距離を取っている。

 

「あんた、本当に貴族のお坊ちゃんかい?」


「よく喋りますね。私は剣にて語ると言いましたよ。口だけなら、舞台から下りていただけませんかね?」


 明らかな挑発。

 それでも冒険者は頭に血が上ってしまった。

 

 だって相手は格下だと思っていたのだから。

 そんな相手に口だけだと言われたのだから。

 

 ならば――見せてやる。

 冒険者のまとう魔力が大きくなっていく。

 

「ほう」


 思わず、ヴィルは声をあげていた。

 平民の中にもこれほどの魔力を持つ者がいるのか、と。

 

 だが、魔力の量というだけなら驚くことはない。

 なにせおじさんという規格外が間近にいるのだ。

 

「だらっしゃああああ!」


 冒険者が真正面から突っこんでくる。

 その勢いはかなりのものだ。

 さらに上空へと跳んで、上段からの振り下ろし。

 

 当たれば威力があるだろう。

 だが、そんな見え見えの攻撃は当たら――。

 

 一瞬だが、ヴィルの背に怖気が走った。

 その予感に従って、一気に後ろへと跳び退る。

 

「ビビってンじゃねえよ!」


 どごんと舞台を叩く冒険者の片手半剣バスタード・ソードである。

 

「おるらぁ!」


 その跳ね返りと身体の勢いをそのままに、冒険者はヴィルに追う。

 

 速い。

 が、荒い。

 狙いは見えている。

 

 だから一歩踏みこもうとして、ヴィルはまた怖気を感じる。

 嫌な予感が消えない。

 

 下がる。

 間をとってその正体を探るもわからない。

 

 なぜ。

 疑問を感じながらも相対するヴィルだ。

 

「ハッ! ハハハ! こいつは笑わせる!」


 冒険者はヴィルの様子を見て足をとめた。

 そして笑うのだ。

 

「あんた、本気で命のやりとりしたことねえんだろ?」


 冒険者は肩に片手半剣バスタード・ソードを担ぐ。

 そして嘲るように続けた。

 

「あんたがさっきからビビってるのは殺気ってやつだよ」


「……殺気?」


「まぁ詳しくはそこの審判にでも聞いてくれや。あんたはできるヤツだ。技術だけで言えば、オレは勝てないだろうさ。でもな、負ける気はしねえんだよ」


 冒険者がニカっと笑う。

 そこに悪感情はなかった。


「まぁこの試合で勉強してくれや! 恨むんなら命のやりとりをしたことねえ、自分を恨めよ!」


 ヴィルの目には大雑把な一撃にしか見えない横薙ぎの斬撃である。

 確かに力は乗っているだろう。

 スピードもある。

 

 だが、やっぱり怖気を感じるのだ。

 それでもヴィルは踏みこむ。

 

 正体のわからない恐怖を乗り越えて。


 だが、踏みこみの位置が浅い。

 先ほどは逆にヴィルの身体が流されてしまう。

 

「ハッハー! 踏みこんできたのはいい。が、甘い!」


 上段から袈裟に振り下ろしてくる木剣を受けとめる。

 間髪入れずに、冒険者の蹴りがヴィルの腹に決まった。

 

 ヴィルの身体が一メートルほど後退する。

 が、ダメージは大きくない。

 

 蹴り足に合わせて、軽く後ろに跳んでいたからだ。


「ヴィル! 会長との戦いだ! 思いだせ!」


 舞台の外からシャルワールが叫んでいる。

 ……会長との戦い?

 

 ぶるり、と身を震わせるヴィルである。

 確かに合宿中に会長とも手合わせをしてもらった。

 その記憶が鮮明に……蘇らない・・・・

 

 あれ?

 私はあのとき……。

 

「おいおい! 試合の最中に考え事かよ!」


 冒険者の声で現実に引き戻されるヴィルである。

 眼前に迫りくる木剣をいなす。

 

「だから甘えって!」


 いなそうとした剣を掴まれて、再度腹への蹴撃。

 今度は先ほどよりも深いダメージ。

 

 からり、とヴィルの手から木剣が落ちる。

 膝をついたところで、さらに冒険者が蹴りを加えてきた。

 

 咄嗟に身を躱す。

 そのまま後転宙返りで距離をとる。

 が、手許に木剣はない。

 

「……ふん」


 不満そうな顔になる冒険者だ。

 

「ヴィル、思いだせって! あのときの会長を!」


 舞台をバンバン叩くシャルワールだ。

 

 ……会長。

 思いだす。

 

 その言葉とともにヴィルの脳内に光が走った。

 いや脳内で記憶が弾けたとも言うべきか。

 

「あ、ああ……ああ……」


 思わず、頭を抱えて膝をつくヴィルであった。



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