第573話 おじさん聖女とケルシーを黙らせる


 相談役のヴィルが華麗な勝利を収めた。

 それよりほんの少しだけ時間を遡る。

 

 演奏用の舞台の上である。

 

「ケルシー! エーリカ!」


 鋭い声をあげたのはパトリーシア嬢だ。

 この楽団を任されているのだから、それも当然だろう。

 

「うひぃ!」


 その迫力にケルシーと聖女の二人は、小さく悲鳴をあげた。

 怒られるのが嫌なら、やらなければいいのに。

 そんな風に思うおじさんである。

 

「今日はもう出禁なのです」


「出禁!?」


 聖女とケルシーの台詞が被る。

 

「そうなのです。勝手なことをするのだから出禁なのです。反省するがいいです」


 パトリーシア嬢の言葉が言い終わらないうちに、おじさんが魔法を使った。

 

「んんんんんん!」


 二人の口が開かなくなる。

 言葉を発せなくなったのだ。

 

 聖女とケルシーの二人がお互いを見る。

 そして、お互いのおでこに呪いの紋様が入っているのを確認した。

 

 同時にその場に崩れ落ちる二人であった。

 

「まったく」


 そう言いながらも、アルベルタ嬢が二人に近寄る。

 

「勝手なことばかりするからです」


「んんんんんん!」


 聖女が抗議したようだが、言葉がでない。

 ケルシーはもう諦めているようだ。

 

「今日が終わるまでは大人しくしてなさいな」


 そう言われて、二人は舞台の上で体育座りになった。

 大人しいものである。

 

「パティ、お願いしますわ」


 パトリーシア嬢が指示をとばして曲の準備をする。

 ヴィルの戦いで演奏する曲は決まっていたのだから。

 

 カエルさんのテーマだ。

 タイトルとはちがって、実に勇壮ではあるが悲壮で哀愁も漂う曲である。

 ヴィルのお気に入りの一曲なのだ。

 

 この曲はおじさんのバイオリン独奏から始まる。

 

 準備が整ったを見て、パトリーシア嬢が合図をだす。

 おじさんはそれに合わせて演奏を始めるのであった。

 

 美しい旋律が会場中に響く。

 おじさんの容姿も相まって、会場の一部が釘づけになった。

 

 賑やかしの二人がいなくても、なんとかなるものだ。

 むしろ、こちらの方がいいかも。

 そんなことを考える観客も少なくなかったそうだ。

 

「なぁ……」


 観客席に座っている二人の金級冒険者がいた。

 緑の古馬に所属するコルリンダとペゾルドである。

 

 コルリンダは会場前で販売されていたクレープに夢中になっていた。

 が、ペゾルドに話かけられて視線をむける。

 

「それ? そんなに美味いの?」


 コクンと何も言わずに首を縦に振るコルリンダだ。

 

「オレも後で買おうっと。それよりも、だ」


 ペゾルドは思っていた。

 今年の王立学園の生徒たちはちがう、と。

 

 例年なら実力や伸びしろを感じさせる生徒はいた。

 だが経験が不足している者がほとんどだ。

 

 まぁ事情もわかる。

 王都の貴族学園には家督を相続するような者が多い。

 だからこそ無茶はさせられない。

 

 結果的に実戦が不足してしまうのは仕方がない。

 それは理解できるのだ。

 

 だが、今年の生徒たちは経験をしっかり積んでいる。

 ペゾルドの目から見れば、まだまだ甘いと思うことも少なくない。

 

 それでも、だ。

 去年まではとはまるでちがっているのだから。


「これってやっぱりリー様が関わっているからだと思うか?」


 知りたいのは、どこで経験を積ませたのかだ。

 かなり良質な時間を過ごしたであろうことは想像できる。

 が、どうやったのかがわからない。

 

 こう考えるのも金級冒険者として、彼が人を育てる立場にあるからだろう。

 ごくん、とクレープを飲みこんだコルリンダが言う。

 

「間違いないだろうね。どうやってかはわからないけど……正直なところ一回戦、二回戦のどちらに出場した生徒も実力がある」


「何人か勧誘したいねぇ」


「……あんたまさか!」


「な、なんだよ?」

 

 急に声を荒げたコルリンダに動揺するペゾルドである。

 

「リー様にお声をかけようって考えてるんじゃないだろうね?」


「え? だっていちばんの有望株じゃないのか? まだ戦ったところ見たことないけど」


「……バカ。私がさんざん忠告したって言うのに」


「え? そんなに? そんなになの?」


 公爵家の令嬢を勧誘しようとするバカを見て、コルリンダは心底からの冷たい視線を送る。

 

「あの御方は……私たち、というよりも冒険者の器じゃおさまらないわよ。まぁそれ以前に公爵家の令嬢を冒険者になんて考えるのは、あんただけよ?」


「へへへ……照れるだろ?」


 褒めてねえとは言わない。

 コルリンダは無言で、残っているクレープに口をつけた。

 

 なにもわかっていない。

 いや、わかっていない方が幸せなのか。

 

 いずれにしろ、あの御方は……。

 いや、やめておこう。

 

 コルリンダは考えることをやめて席を立つ。


「あん? どこ行くんだ? お花でも摘みに……」


 デリカシーのない発言にイラッときたコルリンダだ。

 ペゾルドの頭に鉄拳を落としながら言う。


「もうひとつ買いに行ってくる」


「あ、じゃあオレの分も頼むわ」


 ペゾルドの言葉にスッと手をだすコルリンダだ。

 お金を払えということなのだろう。


 それを理解して、ペゾルドが小袋を渡す。

 

「あんたの奢りってことで」


 颯爽と席を後にするコルリンダであった。


「あ、おい! しゃあねえ。しかし……それにしてもここからが見せ場だぜ、わかってるよな?」


 ペゾルドは呟く。

 その視線は王領選抜の冒険者達に向けられていた。

 


 時を戻して、ヴィルである。

 勝利を得たヴィルが、おじさんたちを見た。

 

 実は戦闘中はまったく演奏に気づかなかったのだ。

 今、試合が終わってからお気に入りの一曲だと気づく。

 

 その演奏に鼓舞されるかのように、ヴィルは男性講師に言う。

 

「副将戦も私がこのまま戦いますので」


 いつになく力強い口調であった。

 そのことに男性講師はうっすらと笑みをうかべる。

 学生らしくていいじゃないか、と。

 

「ったくよう! このまま完勝されたら恥だぜ?」


 声を荒げたのは冒険者選抜の一人であった。

 身長はさほど大きくはない。

 引き締まった身体の男だった。

 

 優男のヴィルとは対照的に野性的な風貌の青年である。

 その青年は闘技場の脇の地面に腰を下ろしていた。

 

 冒険者たちの視線が集まる。

 

「まぁ……完勝なんてさせねえけど! 次はオレだったよな?」


 よっと言いながら、身軽な動きで立ち上がる青年だ。

 

「さて、ここから一発逆転狙ってくか!」


 ニカっと笑う。

 その笑顔は自信にあふれたものだった。



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