第572話 おじさんヴィル先輩の戦いを見る
闘技場の舞台から下りるシャルワールである。
その背中に会場中から祝福の声がかかっていた。
貴族学園は冒険者選抜に勝てない。
そんな風評がまことしやかに囁かれる昨今のことだ。
実際にここ数年、王都の貴族学園は優勝していない。
そうした状況でシャルワールが冒険者を相手に完勝した。
その事実は大きな衝撃を与えたのだ。
観客席にいる女子生徒からも黄色い声がかかる。
その声に応えるように、観客席にむけて拳を突きだすシャルワールであった。
「へへっ! キルスティ、ヴィル、やったぜ」
同期の二人に笑顔を見せる。
無骨な人間と見られるシャルワール。
そんな彼が見せた無邪気な笑顔であった。
「王領の冒険者選抜……確か私たちが二年生のときに戦った相手ですよね。あのときは手も足も出なかったですが……シャル、やりましたね!」
ヴィルがシャルワールにむけて拳を突きだす。
コツンと合わせて、お互いが笑顔をむける。
その二人のやりとりに、観客席から悲鳴があがった。
どうやら腐海の住人が一定数いるようである。
「シャル! やったわね!」
キルスティも満面の笑みだ。
「おう!」
彼女とも拳を突きあわせるシャルワールだ。
「キルスティ! 自信もっていけよ。あの合宿はまちがってなかった。オレたちの力はちゃんと通用する」
「……そうね。以前のシャルなら視界を奪われた時点でオロオロしてたはずだわ!」
「否定はしねえ。が、今はいいだろうが!」
あはは、うふふ、と相談役の三人が笑いあう。
実に晴れやかな気分なのであった。
それは学生会の会長、副会長という立場を離れたのも大きいだろう。
今は相談役という立場があるが、責任は重くない。
ある意味で責任を押しつけたとも取れるだろう。
だが、その代わりに勝つという使命を果たしたのだ。
胸に満ちる充足感。
そして重ねてきた努力が実ったという実感。
「ヴィル! わかってるよな?」
「もちろんです。キルスティまできちんと繋ぎます」
「ヴィル……倒してしまってもいいのよ?」
キルスティから冗談がとぶ。
そのことを嬉しく思うヴィルだ。
去年までは軽口なんて叩ける雰囲気ではなかったのだから。
「中堅と副将は私が倒してきます。大将は任せますからね」
闘技場の舞台にあがるヴィルだ。
貴公子然とした彼は革製の軽鎧を身につけている。
手には
背中には
正当な騎士というのとは少し違う。
合宿を通して、ヴィルが考えたスタイルである。
侯爵家の嗣子。
それがヴィルの立場である。
だからこそ正式な騎士のスタイルを重視してきた。
だが騎士にこだわって負けるか、こだわりを捨てても勝ちにこだわるのか。
合宿でこの問題に直面したのだ。
で、熟考した上でヴィルは結論をだした。
勝つことを優先したのである。
対する冒険者選抜は、再び女性の冒険者であった。
暗めの茶色の髪を肩の辺りで切りそろえている。
ヴィルと同じく軽鎧を装備しているが、大きく違うのは彼女が手にしている武器が弓である点だ。
「……魔弓士」
ヴィルが呟く。
その言葉に静かに頷く女性冒険者だ。
「……あなたは軽戦士ってところかな?」
女性冒険者の言葉に、不敵な笑みで応えるヴィルであった。
「じゃあ、二人とも準備はいいかー。それじゃあ、はじめー」
男性講師の声と同時だった。
恐ろしく手慣れた手つきで、矢を放つ女性冒険者。
その矢の先端から炎が噴きだしている。
魔弓士。
特別製の矢を使って魔法をのせた攻撃をする職業だ。
魔導師ほどではないが、魔法を得意とする者が就くことが多いだろう。
ただ、先ほどの動きは弓士としての腕が光っていた。
それほど洗練された動きだった。
一方で自身にむかってくる矢を落ちついてさばくヴィルだ。
弓を使ってくる相手と戦うのは初めてではない。
おじさんの合宿中に何度も戦った。
半人半馬のケンタウロス。
馬の速度で動きながら、ばかばか弓を打ってくる。
反則だろうという存在だった。
あれに比べれば、どうということはない。
女性冒険者は最初の矢を放った後、すでに距離を取りつつ次の矢を構えている。
その動きもきちんと把握しているヴィルだ。
「私もシャルに負けていられませんからね!」
細いレイピアを巧く使って矢を放つ。
同時にヴィルも動きだしていた。
女性冒険者の射線から外れるように動く。
右へ左へと身を動かす。
ただ、同じようなリズムでは動かない。
単調な動きだと、腕のいい射手には見切られてしまう。
身を持って経験したことである。
狙いが絞れない女性冒険者は思う。
貴族学園のお坊ちゃんなのに弓使いとの対戦経験があるのか、と。
ならば、直接的に狙うのはやめだ。
面制圧に行くか、機動力を殺ぐか。
先鋒の男とちがって、眼前の男は小技も駆使しそうな雰囲気がある。
ならば問答無用の面制圧でいく。
多少は魔力を多く使うが問題はない。
ヴィルはそんな女性冒険者の思考を読んでいた。
次は面制圧にくる。
これも経験からの発想であった。
女性冒険者の技術は高い。
射線から外れても、すぐに修正をしながら矢を増やした。
指の間にはさんで三本の矢がセットされる。
くる、と判断したヴィルが動いた。
今までは敢えて身体強化は使わずに動いていたのだ。
ここにきて、一気に身体強化の強度をあげる。
速度の緩急を使ったフェイントであった。
女性冒険者は矢を放った時点でフェイントに気がつく。
「ちぃ! やってくれるわね」
ヴィルの後方で小さな爆発を起こす矢。
その音を耳にしながら、一気に近づいていくヴィルだ。
【風弾・改二式】
おじさん謹製の魔法である。
風弾の加速型だ。
おじさんほどの速度、精度、量はだせない。
だが、ヴィルは魔法巧者である。
風弾・改二式をだせたのは三発のみ。
今はそれが精一杯だ。
魔法は使えてもそこそこ。
女性冒険者の思いこみを覆す一撃だった。
一般的な風弾とはちがって加速してくる。
そのことに面食らってしまった女性冒険者は、躱しきれずに風弾を浴びてしまう。
思っていたよりもダメージが大きい。
それでも身体を奮い立たせる。
初撃で負けるなんてことは、女性冒険者の矜持が許さない。
迫りくるヴィルが刺突の態勢に入っている。
それを見て、彼女は笑った。
自爆覚悟の道連れだ。
矢筒から矢をとる。
魔力を練りあげて、火の魔法を着火。
それを地面にむけて――。
あーあ、とヴィルは思っていた。
冷静になれば、まだ戦える手もあっただろうに。
男性講師をちらりと見る。
止めに入る気はないようだ。
それもそうか。
自爆覚悟といっても、きちんと計算しているのだろう。
思い直して、ヴィルはさらに速度をあげた。
そして、間一髪。
弓に張られた弦を狙い澄ましたように切ったのである。
「――ありがとう。あなたならそうすると思った」
女性冒険者は対戦相手のヴィルのことを信用していた。
この貴族のお坊ちゃんなら、必ず自分を守ろうとするはずだと。
だから、敢えて自爆覚悟の戦術を選んだのだ。
一か八かの賭けにでたのである。
賭けに勝てば、勝つ機会が訪れると踏んだのだ。
そして、彼女は賭けに勝った。
弓をくるりと回して、持ち手をずらす。
剣のようにして使って、ヴィルの胴体を狙ったのだ。
横薙ぎの一撃。
決まれば、勝ちだ。
そう確信していた女性冒険者。
だが、ヴィルはその攻撃すら読んでいた。
女性冒険者が横薙ぎに弓を振るった瞬間である。
ヴィルの身体は既に宙を舞っていた。
突進した勢いを殺さずに、そのまま上へと跳んだのだ。
「なん!?」
そのまま女性冒険者の背後に着地するヴィル。
同時にその背に
「勝負ありー」
男性講師がヴィルの勝ちを認めた。
喜びよりも、ふぅと大きく息を吐く侯爵家の嗣子であった。
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新作の「いせえふ~異世界ファンタジーのはずなのにオレだけジャンルちがうくね?~(仮)」が連載中です。
うざいでしょうが、もう少しだけ宣伝を続けさせてください。
よろしくお願いいたします。
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