第571話 おじさん聖女の語りに困惑する


 闘技場の演奏用舞台である。

 その舞台上で聖女が声をあげた。

 

「はああああ! やっとしゃべれる!」


「しゃべれる!」


 聖女に続くケルシーだ。

 二人を訝しく見るおじさんである。

 

「なぜ、さっきは歌ったのです?」


「いやあ、押すなよ押すなよの精神で」


 でへへ、と頭をかく聖女だ。

 かのお笑いトリオのアレだろう。

 

「まぁいいでしょう。では、エーリカ。魂の戦いをやりますので、どっちがいいですか?」


「絶対に台詞の方!」


「承知しました。では、わたくしがコーラスをしますわね」


 おじさんと聖女が拳を突き合わせた。

 互いに微笑みをむける。

 その仕草に嫉妬する、おじさん狂信者の会であった。

 

 一方で闘技場の舞台である。

 

 第一試合に引きつづいてシャルワールが出場する。

 キルスティによる治癒魔法によって、ほぼ一回戦のダメージは回復していると言えるだろう。

 

 対戦相手となる王領選抜の冒険者からは長身の女性がでてきた。

 一見して、魔導師という格好である。

 

 シャルワールがごり押ししてくるのなら、その戦いには付きあわないということだろう。

 相手の狙いも理解した上で、シャルワールは不敵な笑みを浮かべた。

 

 おじさんの行なった合宿では対戦相手を選ぶことができた。

 シャルワールは肉弾戦を好む。

 が、おじさんのアドバイスもあり、敢えて魔導師タイプの魔物とも戦って経験を積んできた。

 

 その経験が発揮できる、と考えたのだ。

 

「準備はいいかー」


 男性講師が声をかける。

 シャルワールと女性冒険者が頷く。

 

「じゃあ、はじめー」


 男性講師の声がかかった。

 同時に、おじさんたちの演奏も始まる。

 

 開始の合図とともに初級魔法で弾幕を張りながら、後退して距離をとる女性冒険者だ。

 その弾幕に足をとめて、結界で様子を見るシャルワール。

 

 女性冒険者は思っていた。

 あの突進力は脅威である、と。

 

 確実に自分は突進力に耐えきれないだろう。

 一発で終わりだ。

 

 ならば、突進をさせなければいい、と。

 そのために罠を張る。

 先の先まで考えながら、どう対応するのか。

 戦術を組み立てる女性冒険者だった。

 

 一方でシャルワールは、自分の張った結界で相手の魔法を受けながら分析をしている。

 

 魔導師の戦術として初級魔法による弾幕は鉄板だ。

 鉄板だからこそ如実に力の差がでる。

 

 例えば、会長。

 合宿期間中に一度だけ、シャルワールはおじさんに弾幕を撃ってもらったことがあった。

 かなり手加減をしてもらったのだが、それはもうあんまりな結果になったのを思いだす。

 

 最初の一発目から結界がぶち壊されて撃ち抜かれた。

 その後はもうお察しの状態である。

 一瞬で舞台の外に出されてしまった。


 あの弾幕に比べれば、だ。

 ぬるすぎる。

 いや、そもそも比較の対象にならない。

 

「そろそろ行くか」


 結界を維持したまま、シャルワールは走る。

 このタイミングで相手は魔法を切り替えるはずだ。

 

 シャルワールの行動を阻害する魔法へ。

 思いだす。

 

 おじさんにやられた魔法の数々を。

 魔法一発で退場したシャルワールは、もう一戦とおじさんに挑んだのである。

 

 そこで行動を阻害する魔法を色々と体験させてもらったのだ。

 

 特に酷かったのは、全身にかゆみを発生させる魔法である。

 思いだしたくもない地獄である。

 

 痒いという強烈な感覚が、あちこちにあるのだ。

 もちろん魔法で錯覚させられているだけなので、掻いたところでなんの効果もない。

 

 シャルワールにできることは死んで楽になるだけ、そう思わせられるほどの地獄だった。

 たぶんもう少し続いていれば、心が死んでいただろう。

 

 他にもとんでもない胸焼けを感じさせる魔法だの、吐き気がずっととまらない魔法、立っていられないほどの回転性の眩暈が続く魔法などなど。

 

 ぶるり、と自然に身体が震えた。

 

「人に使ってはいけない魔法ですのよ」


 と軽く言うおじさん。

 シャルワールは心底思ったのだ。

 会長に一生勝つことはないだろう、と。

 

 そんな地獄を乗り越えてきたのだ。

 多少のことなら、どうということもない。

 

 だから、シャルワールは笑った。

 笑って結界を維持したまま、突っこんで行く。

 

「動いた!」


 女性冒険者が魔法を切り替える。

 先ずは足場を泥沼に変える魔法といきたいところだ。

 だが、ここは石づくりの舞台である。

 

 足下を変えるのには不都合だ。

 ならば、と強風をシャルワールの正面から吹かせる。

 風の勢いで足を止めさせる作戦だ。

 

 シャルワールは強風の魔法を受ける。

 これも想定内だ。

 ケルシーが得意としているものだから。

 

 この魔法の弱点は範囲が狭いことだ。

 範囲を広くすることもできるが、発生する風の量は大きく変わらないのである。

 

 つまり広いと風が弱く、狭いと風が強くなるのだ。

 

 この風の勢い、初級魔法から予測できる魔力の強さを考えると、およそ幅は一メートルの範囲だとシャルワールは推測した。

 

 だらだらと動いていては逃げられない。

 だから結界を解く。


 その瞬間に身体強化を最大限に。

 力技で魔法の効果範囲から抜けたのだ。

 

「な!?」


 抜けられるとは思っていなかったのだろう。

 女性冒険者が驚きの声をあげた。

 だが、次の手をすかさずに実行するのが経験者だろう。

 

影帽子シャプウ・ドゥーム!】


 シャルワールの視界を塞ぐ魔法だ。

 黒い球体がシャルワールの頭をすっぽりと覆う。

 

 だが、シャルワールはとまらない。

 そのまま突っこんで、戦槌を大きく振り上げた。

 

「ちょ! なんで……」


 シャルワールは経験していたのだ。

 そして、その対処法も考えていた。

 

 視界が潰されても魔力をたどればいい。

 そこまで魔力の感知は得意ではなかったが、合宿の期間中からずっと練りあげてきたのだ。

 魔力感知の技術を。

 

 どごおんと戦槌が舞台を叩く音が鳴った。

 

 間一髪で女性冒険者は避けたのだ。

 だが、目の前で戦槌の威力を見てしまった。

 

 動揺してしまっても無理はないだろう。

 結果、魔法の制御が緩んでしまった。

 

「まだ、やるかい?」


 顔にうっすらとしたモヤがかかるシャルワール。

 このくらいなら、ちょっと見えにくい程度だ。

 

「……」


 女性冒険者は沈黙した。

 そして、考える。

 

 ここまで接近を許してしまったのだ。

 もう勝てる道筋は見えない。

 だから、両手を軽くあげて言った。

 

「降参するわ」


 シャルワールの二勝目であった。

 

 そのときである。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの演奏が盛り上がってきた。

 

「そのお肉は言った。人の子が肉を手にしたときに生まれたのが希望だと。未だ見ぬ大地を踏みしめ、新しき肉を手に入れる。それが新しき灯火であると」


 聖女の語りが入ってくる。

 おじさんのコーラスもだ。

 

 美しい歌声だった。

 その歌声にかぶせるように聖女が語る。


「そのお菓子は言った。甘味こそが究極である。究極を知ったとき、人は堕落を覚えたのだと。お菓子を食べることこそが人の子の生きる意義であると」


 観客は思った。

 なんだ、この語りは、と。

 

 これ、要るの?

 

「そのカレーは言った。汝が道を示せと。道なき道を歩む覚悟を持ち、あらゆる可能性を探す。それこそが人の子が歩むべきカレーの道であると」


 おじさんは思った。

 また予定にはないことをして、と。

 

 というか――。

 

 もっともらしく適当なことを言うのをやめてほしい。

 笑いそうになるから、とコーラスをしながら切実に思ったのであった。

 

「そのエルフは言った。ええーと、ええーと、どうしよう!」


 ケルシーが入ってきたが、もうめちゃくちゃである。


「勝手に入ってきたらダメでしょうが!」


 聖女の言葉に全員が思った。

 お前が言うな、と。




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