第570話 おじさんシャル先輩の戦いを見る
学園の闘技場にある演奏用ステージである。
その中央でパトリーシア嬢が叫んでいた。
もちろん聖女を相手にして、である。
「でごでごでごでんででーん!」
頭を振り、エアでベースを弾く聖女だ。
ノリノリになってパトリーシア嬢の声も耳に入っていない。
「エーリカ!」
さすがに見かねたのだろうか。
ダンス枠のケルシーが聖女に声をかけた。
聖女と目が合うケルシーだ。
ひとつ頷いて口を開く。
「でごでごでごでんででーん!」
ミイラ取りがミイラになった。
さすが蛮族一号と二号が息がピッタリである。
まったく、なにをしているのやら。
おじさんは小さく息を吐いて、魔法を発動する。
「みぎゃあああああ!」
蛮族たちが悲鳴をあげた。
ついでにプスプスと煙もあがっている。
蛮族たちは退治されたのである。
「なにやってんだ?」
シャルワールが闘技場の舞台で呟く。
いや、試合の開始よりもあっちが気になって仕方ない。
アホみたいな歌が聞こえてくるのだから。
それは相手も同じようだった。
だが、おじさんが粛正したのだ。
まともな演奏になるだろう。
「こほん。いいかー。じゃあ、はじめー!」
空気を読んだ男性講師が、改めて試合開始の合図を告げた。
シャルワールが背負うは戦槌である。
もちろん木製のものだが、おじさんお手製の武器だ。
「戦槌? 貴族にしては珍しい武器を使うんだな」
冒険者の男がシャルワールに話しかける。
「ん? ああ。そうだな、オレもまぁ例に漏れず剣を使ってたんだがな、性格的に合わねえってことがわかってな。やっぱりわかりやすい武器でねえと!」
アメスベルタ王国貴族において武器とは剣を指す。
戦場では槍を使うというのが一般的な選択肢になる。
べつにそれ以外の武器を使うなというわけではない。
だが、使えば白眼視とまでは言わずとも、変人に思われる部分はある。
そうした自らに科す縛りをシャルワールは取っ払ったのだ。
おじさんの合宿で散々に打ちのめされた結果だ。
「……貴族っぽくないヤツってのは嫌いじゃないぜ!」
踏みこみからの打ち下ろし。
冒険者の剣を同じだけ下がって躱すシャルワール。
下がった勢いを踏ん張って前へ。
どごん、と戦槌を打ち下ろす。
その迫力に思わず、大きく跳び退ってしまう冒険者だ。
豪快に舞台を叩く戦槌。
石作りの舞台にヒビが入るほどの衝撃だ。
それでもビクともしないのが、おじさん印の武器である。
「おい、ビビってンなよ! 冒険者!」
戦槌が舞台を叩いた反動を巧く使うシャルワールだ。
そのまま追撃の体勢に入って、冒険者を追いかける。
「ビビってねえよ!」
冒険者が腰の剣を抜く。
両手に一本ずつのショート・ソード。
しかも片方の握りは逆手だ。
なるほど、とシャルワールは納得した。
手数で攻めてくるタイプかと思っていたが、なにげに防御も固そうである。
そういえば、だ。
冒険者にとって継戦能力が重要だという話を聞いたことがある。
だが……それだけじゃ甘い。
シャルワールは唇の端をつり上げて、魔力を練りこむ。
身体強化の度合いを上げたのだ。
基本的にシャルワールは器用なタイプではない。
魔法とて水準以上には使えるだろう。
だが、それは戦闘の最中に使えるほどではない。
立ち止まって砲台になることはできるが、キルスティやヴィルのように戦闘しながら細かく魔法を使えないのだ。
戦術の幅としては広くない。
なにせ身体強化のごり押ししかできないのだから。
だが、逆に言えばやることが限られる。
シンプルになるのだから、それ以外は考えなくていい。
この単純すぎる思考がシャルワールには合っていた。
冒険者の振るう剣を躱し、弾き、いなす。
折を見て武器破壊も狙うが、互いに決め手を欠く状態だ。
冒険者には焦りの色が見える。
反面でシャルワールは落ちついていた。
早く決着をつけたいのは事実である。
だが、焦らなくてもいいのだ。
焦ったヤツが負ける。
それは合宿の中で叩きこまれたのだ。
文字どおり身をもって。
「おるらぁ!」
シャルワールの横薙ぎの一撃だ。
それも大げさに躱す冒険者である。
お互いに身体強化を使った高速戦闘が続く。
幾度となくショート・ソードと戦槌がぶつかる。
時折、お互いに体術をまぜての攻防もあった。
冒険者は完全に息があがっている。
そして少しずつシャルワールの攻撃に対応できなくなっていた。
――スタミナ。
継戦能力の差がでてきたのだ。
なんだ、自分の方が上じゃないか。
シャルワールは胸の裡でわらった。
このままだとジリ貧になる冒険者は覚悟を決めていた。
一か八かで勝負である。
「ちぃ……ここまで苦戦させられるとは思ってなかったぜ」
お互いに間合いの外。
冒険者が最後と口を開いた。
「そりゃあこっちの台詞だ」
シャルワールも会話にのった。
お互いに理解していた。
次が最後の攻防になると。
「ふっ!」
冒険者が順手で握っていたショート・ソードを、シャルワール目がけて投げつける。
「なっ!?」
予想外の攻撃に、一瞬だが対応が遅れてしまう。
その隙を見て、地面すれすれにまで身を低くして、突っこんでくる冒険者である。
「ちぃ!」
躱すか。
それとも迎え撃つか。
シャルワールにとっては選ぶまでもなかった。
迎え撃つ。
それが男ってもんだろが!
冒険者が間合いに入った。
逆手に持ったショート・ソードによる斬撃。
狙いは脛。
そうシャルワールが判断した瞬間だった。
冒険者はショート・ソードを、シャルワールに小さな動きで投げつけたのだ。
それを戦槌で弾く。
瞬間、冒険者がシャルワールに組みついていた。
ラグビーのタックルのような感じだ。
太もも辺りに肩でぶつかり、腕は膝の後ろに回して、膝を折らせる。
「……そのくらいで倒れると思ったのかよ!」
シャルワールは倒れなかった。
咄嗟に片足を後ろに伸ばして、冒険者のタックルをしのいだのだ。
「……やるな」
「お前もな!」
短いやりとりの後で、シャルワールが戦槌の柄頭を冒険者の背中に叩きつけた。
そのまま崩れ落ちる冒険者だ。
「勝負ありー」
男性講師の間の抜けた声が響いた。
「ふぅ……なんとかなったな」
貫禄勝ちである。
相手の技を受けきってから倒したのだから。
それに満足するシャルワールだ。
「このまま次鋒戦もオレが戦います」
男性講師に告げるのであった。
一方でおじさんである。
聖女とケルシーはお仕置きの後で、すぐに治癒魔法をかけてもらって元気になった。
だが、その口にはニュクス嬢によって、猿ぐつわを噛まされている。
余計なことはするな、という意味だ。
今はちょうど曲の切れ目である。
戦闘が終わったので、演奏もキリのいいところでストップしたのだ。
「ふごふごもが!」
「もがもが!」
何事かを聖女が言い、それに頷くケルシーだ。
「もー!」
聖女がおじさんを見た。
「ふがもごふがふが!」
だが何を訴えているのか、おじさんにはわからない。
なので首を傾げてしまう。
「もごっごふがふが! ふがもっご!」
「エーリカ、残念ながら何を言っているのかわかりませんわ」
「もっごおおお!」
膝をついてしまう聖女であった。
その隣でケルシーも膝をついている。
なぜケルシーには聖女の言っていることがわかるのだろう。
いや、それを言えば聖女も同じか。
蛮族同士、なにか特別なつながりでもあるのかと考えるおじさんであった。
それにしても、と蛮族たちを尻目にシャルワールを見る。
合宿の成果がしっかりとでていた。
あの落ちついた戦いっぷりを見れば、次の対戦でも期待ができるだろう。
「ふがんがー」
ケルシーである。
「もんが、もんがー」
聖女も続いた。
おじさんの腰の辺りにまとわりつく蛮族たち。
さっぱり何を言っているのかわからないけれど、まぁこの猿ぐつわを外してほしいのだろう。
「勝手に歌ったりしてはいけませんよ、いいですか?」
「もんが、もんがー」
聖女とケルシーの二人が涙目で頷いている。
「では、約束を破ったらもっと大きな罰があると考えてくださいな。それでもいいのなら外してさしあげますわ」
「だっふんだー」
聖女とケルシーが高速で首を縦に振っている。
その様子を見て、おじさんは魔法で猿ぐつわを切ってやるのだった。
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本日から新作を公開しました。
いせえふ~異世界ファンタジーのはずなのにオレだけジャンルちがうくね?~(仮)
異世界ベースのSFもので、シリアスとコメディが半分半分くらいになります。
詳しいことは近況報告を見てくださいな。
もしよろしければ、こちらの小説も読んでいただけると嬉しいです。
まだ一話しかありませんが、とりあえずストックは全部予約投稿をしてあります。
引きつづき、おじさんの更新はしていきますので、新作ともどもよろしくお願いいたします。
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