第569話 おじさん知能指数が下がる歌を聴く
おじさんたちが闘技場に着いた。
と言っても、まだ観客も疎らだ。
試合開始までは、まだ時間がある。
ただ、おじさんたちにはやることがあった。
最後の打ち合わせだ。
闘技場の控え室である。
相談役の三人を前にして、
「本日は御三方にすべてお任せします。ご存分に」
おじさんが代表して声をかけた。
「承知しましたわ。その期待に応えてみせますわね!」
晴れやかな笑顔を見せるキルスティだ。
そこに気負いはないらしい。
彼女の背後にいる二人の男子たちも同じである。
なんだかんだ五日間の合宿で自信をつけたのだ。
あれがなければ、ここまで落ちついていられないだろう。
そんな三人を見て、おじさんは確信するのだ。
今日も勝てる、と。
「御武運を」
御武運をと
「では、わたくしたちは演奏の準備をしましょうか。パティ、予定は決まっていますか?」
「それなのです! エーリカが提案したいことがあるって言ってたです!」
パトリーシア嬢の言葉に頷き、聖女を見るおじさんだ。
「ふふ……やっとこの日がきたのよ! リー! アタシが提案したいのはね!」
ムダにタメを作って、皆の注目を集める聖女である。
「今まで日の目を見なかった楽曲をやりたいってことなのよ!」
どどーんと指を突きつける聖女だ。
まぁその提案は無茶なものではない。
なにせ聖女は、よくこんなに楽曲を知っているなと思うくらい造詣が深かったのだから。
その中でも完成度の問題で、あまり演奏していない曲もあるのだ。
「絶対に外せないのがメガネ・マニアでしょ。他にも憧憬の風に鏡花水月、ゲルドの丘にダルダル山脈とか、カエルさんのテーマとか聖なる槍の騎士団とかさー」
あとあと、と聖女が続ける。
「歌入りの戦闘曲とかもやりたいわね!」
「それはいいのですが、エーリカが歌うのです?」
パトリーシア嬢が怪訝な表情で聖女を見る。
「もちのろんよ! アタシがやらなきゃ誰がやるのよ!」
「お姉さまがいるのです」
冷静に言うパトリーシア嬢だ。
「なんでよ!」
「なんかエーリカが歌うとアホっぽくなるです」
ぶふーとふきだす
「アホっぽくなるってなによ!」
当然だが聖女は納得がいかない。
「じゃあ、ちょっと歌ってみるがいいです。べつに下手だと言っているのではないのですよ。ただ知能指数が下がるというか……」
「できらあ! なにが知能指数が下がるよ! 耳の穴かっぽじって、よおく聞きやがれ!」
すぅと息を吸って、聖女がアカペラで歌いだした。
「でごでごでごでんでーでん! うっかりしょっかりとーちゃんそんなにそんなに! うっかりしょっかりとーちゃんそんなにそんなに! たーんこーん、そんなーんせーん! うざったい、うざったーいだけ、そーんなーんせーん!」
まぁだいたい合ってる。
最初にベースのところを口で言うのはどうかと思うけど。
そんな感じのボーカルだ。
だけど、空耳になっているせいでアホがバレる。
元が英語の曲だけに、なんかちがう感が漂っているのだ。
お洒落感が満載の歌入り戦闘曲。
あれは今までのゲーム音楽の歴史を変えたと言ってもいい。
ボス戦ではなく、通常の戦闘曲であの楽曲は斬新だ。
だけど、なんかアホっぽい。
パトリーシア嬢の知能指数が下がるというのも頷けるのだ。
「では、次にお姉さまに歌っていただくのです」
と言われても、だ。
おじさんだって正確な歌詞は知らない。
困ったぞと思いながらも、原曲を思いだしながら歌ってみる。
それでもなんとかなるのがおじさんだ。
聖女と同じく空耳っぽい場所はあるが、巧く誤魔化せたようである。
「きいいいい!」
聖女がハンカチを噛む勢い悔しがっている。
おじさんは苦笑を浮かべるしかなかった。
「では、決を採るのです! エーリカがよかったと思う者は拍手をするのです!」
シーンとなる。
誰も拍手をしない。
「エーリカの歌がアホっぽいと思った者は拍手をするです!」
控え室にいた全員が拍手をした。
満場一致であった。
「最後にお姉さまがよいと思う者は拍手するです!」
その問いもまた満場一致であったのだ。
聖女ががっくりとうなだれて、プルプルと震えている。
「二個目の質問をする意味はなかったでしょうが!」
「客観的な意見を知りたいかと思ったのです!」
聖女が顔をうなだれていた顔をあげた。
「……人間にゃあなあ、触れちゃあならん、心のやらけーとこってのがあるのよ。そこをズケズケと触れられちまったらなぁ! あとはもう戦争するしか残ってねンだよ!」
ほあちゃあと聖女が叫んだ。
半身になって、トントンと小刻みなステップを踏む。
「……それは悪かったのです。謝るのです。ごめんなさい」
「お、おう……」
こんなに素直に謝られるとは思っていなかった聖女だ。
そのことに面食らってしまう。
「では、こうしましょう。エーリカ、あなたには『魂の戦い』を任せますわ。語りのところもやっていいですわよ!」
おじさんがニコっと微笑む。
あの名場面を再現できたのなら、聖女の溜飲も下がるだろうと判断したのだ。
「やりゅ! あれがやれるなら満足だわ!」
おじさんの考えは当たっていたようだ。
ちょろい聖女であった。
「では、曲目も決まったところで試しに合わせてみましょう」
控え室に残ったのは相談役の三人である。
「なんだか……あれだな」
シャルワールの言葉にヴィルが頷く。
「いいのではないでしょうか。ああいう遠慮のない関係というのもまた会長が持つお力なのかもしれません」
ヴィルの言葉にキルスティが苦笑しながら言う。
「蛮族一号だの二号だの言われているのも自由にできるからなのよね……」
「キルスティ、あなたもその内、蛮族と呼ばれる日がくるのではないですか?」
「え?」
嘘でしょという表情になるキルスティだ。
「え?」
気づいてなかったのかよ、と思うシャルワールであった。
そんなこんながありつつ対校戦の二回戦が幕を開ける。
学園長の挨拶は短く、適当なものであった。
が、長々と挨拶されるよりはいい。
学園長の後ろでゴージツは怒りで顔を歪めていたが……。
「本日の第一試合はー、王立学園と王領冒険者選抜だなー。両者とも準備はいいかー」
男性講師も今日も審判役である。
連日でのことに、若干だがお疲れ気味だ。
「本当に三人でいいんだなー」
いちおう確認をとっておく男性講師である。
自分の教え子たちが三人きりで参加しているのだから、気になってもおかしくないだろう。
「問題ありませんわ、バーマン先生。決して王領冒険者選抜を侮るわけではありません。ですが、この試合は私たちだけで勝ってみせます」
真っ直ぐなキルスティの視線に男性講師は頷く。
随分と変わったものだと思う。
優等生そのものだった彼女がそんなことを言うなんて。
十中八九……いや確実におじさんの影響を受けている。
「わかったー。じゃあ先鋒戦を始めるぞー」
しゃあ! と気合いを入れたのはシャルワールだ。
「行ってくる。むこうの先鋒と次鋒は任せろ」
その決意に頷いて、拳を突き合わせるヴィルであった。
「シャル、合宿の成果を見せるのよ」
「おうよ!」
勢いよく舞台にあがるシャルワール。
今日はおじさんから合宿の前にもらった装備を一式身につけている。
対戦相手は冒険者らしい冒険者だった。
ショート・ソードを腰に一本、もう一本を片手に持っている。
見た目からして敏捷性と手数で戦うタイプだろう。
「なぁ……あんたらさぁ」
冒険者の男がシャルワールに声をかけた。
「さっき侮っているわけじゃないって言ってたけど、絶対にオレらのことを舐めてるよね?」
「……悪いな。本当に舐めてるわけじゃないんだ。ただうちの会長が、今日はオレたち三人で戦ってこいって言うからさ。まぁ見せ場ってやつを作ってくれたんだよ」
「それが舐めてるって言うんだよっ!」
そりゃあそうなるわなぁと男性講師は思う。
ただまぁシャルワールは気圧されていない。
観察しながら思うのだ。
落ちついている、と。
「うっかりしょっかりとーちゃんそんなにそんなに! うっかりしょっかりとーちゃんそんなにそんなに! たーんこーん、そんなーんせーん! うざったい、うざったーいだけ、そーんなーんせーん!」
「だからなんでエーリカが歌うのです!」
緊張感がぬけるアホっぽい歌声が響いてきた。
それでも仕方なく、試合開始の声をあげる男性講師だった。
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