第567話 おじさん対校戦二回戦は出場しない
翌朝のことである。
朝食の席でケルシーを見たおじさんはぎょっとした。
なにせ目が真っ赤だったからだ。
昨夜のデザートはマロンパイだった。
パイ生地の中に栗のペーストと、甘露煮が入っているものだ。
栗はケルシーの大好物である。
そのデザートを見たとき、死にたくなるほど後悔した。
あんな約束するんじゃなかった、と。
ちなみにケルシーは、ほぼすべての駒をおじさんにとられて負けている。
まったく手も足も出ない結果だった。
エルフの知略……何をか言わんやである。
おじさんはケルシーの分を三等分をし、弟と妹、アミラの三人にオマケとしてだしてもらった。
呪いでもかけそうな目で見るケルシーを前に、大変食べにくそうにしていた弟妹である。
アミラは気にしていなかったが。
昨日から雨は降ったりやんだりを繰り返している。
すっきりしない鬱陶しい天気だと言えるだろう。
「ケルシー……そんなにですか」
「そんなにだったのよ! だって栗なんだもの!」
栗なんだものと言われても、だ。
おじさんはクロリンダをチラと見た。
ちょっと解説がほしいと思ったのである。
「聖樹国内だと栗は人気がありまして。この時期は蜜蟻がいちばんお腹を膨らませる時期なのですよ。その蜜と栗を合わせた甘味はエルフで嫌いな者はいないでしょう」
「そうなのですか。では、昨日のパイはどうでしたか?」
おじさん、つい余計なことまで聞いてしまう。
「そりゃもう! 最ッッッッッッッ高ってやつでしたよ! ねっとりとした栗の甘みと香りがあるだけではなく、しっかり噛み応えのある甘く煮た栗まで入ってましたからね! なんて贅沢な一品だと思ったものです!」
そ、れ、に! と付け加えるクロリンダだ。
どうやら彼女はしっかりと食べていたらしい。
だが、彼女が続きを語ることはなかった。
「ちょっと! いい度胸してるわね!」
ケルシーがクロリンダの前で仁王立ちになっている。
ただ、クロリンダの長身に比べると、ケルシーは小柄だ。
「ああ――これは失礼しました。なんたってお嬢様は食べることができませんでしたからね……プククク」
「――クロリンダ。今日こそ決着をつけてやるわ! 見さらせええええ! エルフの怒りを! おらああああ」
両手をグルグルと回すケルシー。
そのケルシーの頭を片手で押さえてしまうクロリンダだ。
当然だがケルシーの腕はクロリンダに届かない。
しばらくがんばっていたケルシーだ。
だが、諦めたのだろう。
「き、今日はこのくらいにしといてあげるわ!」
ずこーとなるおじさんだった。
そんなおじさんを見て、弟妹たちは笑っている。
両親もだ。
今日も通常運転の公爵家なのであった。
「リーちゃん、今日は対校戦に出場するのかしら?」
母親である。
昨日、妊娠が発覚した。
実はこの世界においても、経験則としてお茶やお酒は妊婦に推奨されていない。
カフェインやアルコールが胎児に影響を与える。
それはおじさんにとっては当たり前の知識だ。
だが貴族にとってお茶は欠かせないもの。
そこで、おじさんはハーブティーを母親に勧めておいた。
ハーブティーなら原料の種類にもよるが、カフェインの含有量が少ないものが多いからである。
ちなみに今日の対校戦が終われば、トリスメギストスとともに自作のハーブブレンドティーを作る予定であった。
「いいえ、今日は出場しませんわ。相談役となった御三方にすべてお任せしてありますので」
おじさんの返答に父親が、ほうと声を漏らした。
「サムディオ公爵家の令嬢と、ギューロ侯爵家にホーバル伯爵家の令息たちだったかな。リーちゃんが任せるということはそれだけの実力があるのか」
「そのとおりですわ」
父親にニッコリと笑いかけるおじさんだ。
「リーちゃんの出場はないのね。じゃあどうしようかしら」
んんーと顎に指をあてて考える母親だ。
先日は思いきり営業をかけた。
そして、あの場にいたすべての貴族から継続して購入したいという返事をもらっている。
「今日はお休みになってもいいのでは? ラケーリヌ家でも肝と心臓を所望されましたし」
「そういえばメイユェ姉さまも言っていたわねぇ。リーちゃんもやるじゃない」
おじさんはべつに営業をかけたわけではない。
問われたから話しただけである。
結果として、購入の約束をとりつけたのだ。
ちなみに父親はとっても喜んでいた。
なにせ在庫が減るのだから。
反対に宰相は諦めの境地に入っていた。
なにせ近い未来の苦難が目に見えているのだから。
「ああ、忘れていましたわ。お母様、宰相閣下から魔本をいただきましたの。そちらを調べてみるのもいいのではないですか?」
おじさんは軽い気持ちで提案したのだ。
だが、予想以上に母親が食いついてくる。
「え? 魔本って……
思っていたのと違う反応に驚くおじさんだ。
「なにか曰わくつきなのでしょうか?」
「ふっふっふ。リーちゃん、やったわ! お手柄よ! あの魔本はラケーリヌ家のご先祖様が関わっていたという古いものなのよ。何度、手をだそうとしたか!」
ああ、そういうことと納得するおじさんだ。
母親にとっては、幼い頃から手をだしたくてたまらなかった本なのだろう。
「承知しました。では念のためにトリちゃんを召喚しておきますので、ご存分に楽しまれてくださいな」
そんな一幕がありつつ、おじさんはケルシーとともに学園にむかうのであった。
対校戦二回戦は生憎と雨模様であった。
少し早めに入ったおじさんは使用人たちに指示をだしていた。
今日は料理人の見習いなど、ふだんは料理をする機会を得られない人たちが中心となって屋台を営業する。
当然だが料理人たちにとっては、とんでもないチャンスだ。
テキパキと動きつつ、おじさんに疑問があれば確認をとっている。
そこへ
やはり皆が気になっていたようである。
お試しにと作られたクレープを頬張るケルシーだ。
昨日の恨みをここで晴らしたのである。
「うお……思ってたよりも本格的だな」
シャルワールだ。
今日は少し気合いが入っているのだろう。
いつもよりも声に張りがある。
「会長ならば、何を起こっても不思議ではありませんよ」
ヴィルもいつもと顔つきがちがう。
やる気が満ちていると、誰が見てもわかる。
「うう……リーさん、昨日ことは忘れてくださいまし」
二人とは対照的に昨日のことを引きずっているキルスティ。
なにせ告白まがいのことまでしでかしたのだ。
それが恥ずかしかったのだろう。
「今日は御三方にお任せしますわ。わたくしとアリィは演奏の方に回りますので」
「え? そんなことしてもいいの?」
疑問の声をあげるキルスティだ。
「問題ないでしょう。きっと学園長ならこう言うはずです。その意気やよし! 見事に勝利してみせい、と」
「ふふ……ちょっと似ているわね。確かに
少し気分が晴れたのだろう。
表情が明るくなったキルスティだ。
そこへ第三者の声が響いてくる。
「そ、そんな! ルルエラ様! 考え直していただくことはできないのですか!」
切迫した男子の声であった。
「だから! 言っているでしょう。あなたたちはもう敗北したのです。リー様にまみえる前に! ならば潔く去りなさい。ここまで追いかけてこられても迷惑なのですわ!」
うんざりといった声の主はルルエラであった。
「ルルエラ様! どうしてもそこまで拒まれるのですか!」
「あなたたちに興味がないからよ! あ! リー様!」
そこでルルエラがおじさんを見つけた。
花が綻ぶような笑顔を見せて、おじさんに駆け寄ってくる。
「リー様、おはようございますわ。本日も見学をさせていただきます」
「ごきげんよう、ルルエラ様」
おじさんはルルエラに挨拶をする。
だが、正直なことを言えば、ちょいと迷惑なのだ。
だって後ろの――。
――ルルエラを追っていた五人の男子生徒たち。
彼らはラケーリヌ家の貴族学園の者たちである。
ルルエラに求婚していた面子だ。
「ルルエラ様! ご再考を!」
男子生徒たちの誰かが言った。
「もう! ついてこないでって言ってるでしょ?」
「ルルエラ様!」
面倒なとおじさんが小さく息を吐いた。
その瞬間である。
「騒ぐな! どなたの御前だと心得ている。動いたら殺す、口を開いても殺す、わかったら頷け!」
ニュクス嬢であった。
イザベラ嬢もいる。
アルベルタ嬢もだ。
狂信者の会は許さない。
おじさんを侮辱するものを。
べつに侮辱はしていなくても許さない。
要は彼女たちの気分次第なのであった。
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