第566話 おじさんケルシーを凹ませる
学生会室での一騒動の後である。
ざっくりと意見を集約したおじさんは、サクッと明日のために屋台をだすスペースを作ってしまう。
イメージしたのは開放的なスペースである。
ただし、今は天気が悪いことも多いのだ。
なので四角錐のピラミッドのような屋根をした
石畳の床を作っておいたので、多少は雨が降っても問題ないはずだ。
広さはだいたい一辺が十メートルくらい。
あまり屋台の数はださないのでこのくらいでいいだろう。
イメージとしては
「まぁこんなものでいいでしょう」
おじさんも納得のできである。
そうこうしていると、ポツポツと雨が降り始めた。
ケルシーがなぜかテンションをあげている。
雨が降ると元気になる、というのがよくわからないおじさんだ。
「雨も降ってまいりましたし、そろそろ解散といたしましょうか。屋台については私にお任せくださいな」
パラパラと散っていく令嬢たち。
その中から、ニュクス嬢がおじさんの側に寄った。
「リー様、少しだけよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょう?」
「実は……少しよろしくない噂を耳にしております」
おじさんの耳元に口を寄せるニュクス嬢だ。
噂とは言っているが、彼女のことである。
一定の確度を持った情報を掴んでいるのだろう。
「聞きましょう」
おじさんの言葉に少しだけ間を開けてから、ニュクス嬢が口を開いた。
「……此度の対校戦に合わせるように王国各地で魔物が活発になっています。私の考えすぎなら良いのですが、どうにもきな臭さを感じてしまいますの」
なるほど、とおじさんは思う。
ニュクス嬢は何らかの伝手で情報を取得しているようだ。
だが、既にその件に関してはおじさんが動いている。
「そうですわね。その情報は既に耳にしております。わたくしの方で対策もとっておりますので、ご安心くださいな」
さすがのニュクス嬢も、その言葉には驚いたのだろう。
オレンジの強い鳶色の目を大きく見開いている。
「さすがはリー様。既にご存じでしたか」
「偶然、情報を知ることができましたので。そんなに畏まらずともよいですわよ」
情報をもたらしてくれたのはコルリンダ。
クロリンダの姉である。
「引きつづき、そちらでも情報は集めておいてくださいな。複数筋からの情報があった方がいいですもの」
「承知いたしました。リー様のお望みがままに」
ペコリと頭を下げるニュクス嬢であった。
時刻は黄昏。
だが、生憎の曇天模様である。
明日は晴れるのだろうか。
などと考えながら、おじさんも帰路につくのであった。
一方でカラセベド公爵家のタウンハウスである。
離れに作られた遊技場が入った施設の中で、女性陣は大いに盛り上がっていた。
温泉を堪能した後に、こちらに移動したのである。
「お母様! ちょっとこちらの髪飾りを見てくださいな」
ルルエラがツヤツヤになった自分の髪を自慢げに見せる。
そこには蒔絵の技法が使われた髪留めがあった。
精緻なデザインと、美しい装飾がされたものである。
「はわあ! なにそれ!」
メイユェが手を組んで、驚きの声をあげた。
おじさんの母親と王妃は苦笑している。
だって、自分たちは既に持っているのだから。
ルルエラが身につけているのは、最近になってできあがってきた量産品である。
タルタラッカで作られたものだ。
おじさんの手作りほどの完成度ではない。
だが、かなりいい線までいっていると言える。
少なくとも貴族が身につけてもおかしくないできばえだ。
「ちょっと! アヴィちゃん、ヴィーちゃん! 私、なにも聞いてないんだけど?」
メイユェの矛先が母親と王妃にむく。
ラケーリヌ家では幼なじみ同然に育ってきたのだ。
そこに遠慮はない。
「姉さまの分も用意させていますわ。お持ちくださいな」
母親がなだめるように言う。
その一言にメイユェが歓喜の悲鳴をあげた。
「ヴィーちゃん、大好き!」
そんな女性陣の声を聞きながら、宰相は長男と酒を飲んでいた。
「父上はズルいですよ」
「ええ? そんなことないだろうに」
「このような美酒で歓待を受けていたなんて……」
長男は酒精のせいか、顔が赤くなっている。
ただ意識はまだハッキリとしているようだ。
「いやまぁでも、ここはカラセベド公爵家だからねぇ」
「うちでもこの酒を楽しめないのですか?」
「色々あってまだ量産できてないそうだよ」
「くううううう! 外務卿閣下に抗議しましょう!」
そんな長男に背後から忍び寄った父親が肩を叩く。
「はう! 外務卿閣下!」
急に背すじが伸びる長男である。
そんな長男を見て、苦笑をうかべる父親だ。
「やぁスラン、お邪魔しているよ」
一方で宰相は態度が変わらない。
「かまいませんが……いったいどうしたのです?」
「いやそれがねぇ」
事情をかいつまんで話す宰相だ。
まぁだいたいおじさんのせいである。
「なるほど。ああ、そうそう。少しお話をしておきたいことがありましてね」
「ん? なにかな?」
ボックス席の空いている場所に腰をかける父親だ。
そして、懐からおじさん手製のペンケースをだす。
蛇皮で作られた立派なペンケースである。
万年筆とインクが入っているものだ。
「これもそろそろ量産の目処がたってきているんですけどね……ちょっと使ってみますか?」
自分の手帳で万年筆の使い心地を確かめる宰相だ。
「おいおい……スラン!」
目を輝かせる宰相である。
その隣に座る長男の目も釘付けだ。
「まぁ量産の目処が立ったといっても高位貴族くらいにしか買えないでしょうけど」
「いくらだ! 言い値で買う!」
「父上、私の分も!」
「ははは……脇が甘いな、リアン」
父親の言葉に視線をあげる長男である。
そこには険しい顔をしたルルエラとメイユェがいた。
当主である父親が帰ってきたのだ。
挨拶にくるのは当然だろう。
そのことを忘れていた長男の落ち度である。
「お兄様……先ほどの御言葉は聞き捨てなりませんわね」
「リアン、あなたにはがっかりしました。母のことをないがしろにするなんて……そんな子に育てた覚えはありません!」
ラケーリヌ家の女性二人から詰められる長男である。
「スラン、これは人数分用意できるのかな?」
宰相がしれっと父親に問う。
父親もその問いに笑顔で首肯する。
「では、そのように。言い値で払うよ」
さすが宰相である。
年の功を感じさせる立ち回りであった。
そこへ元気のいい声が響いてくる。
「今日こそは! 今日こそは勝ってみせるんだから!」
ケルシーだ。
おじさんと一緒に帰ってきたのである。
「その前にちゃんと駒の動きは覚えましたの?」
「う……まだ覚えてない」
将棋の話である。
ケルシーは将棋にドはまりしていた。
いや、負けず嫌いなだけかもしれない。
おじさんは歩と王将だけという布陣である。
ケルシーは駒落ちなし。
それで全敗に全敗を重ねていた。
駒の動きも覚束ないのだから当然とも言えるだろう。
「と、とにかく! 今日こそはエルフの知略を味わわせてあげるんだから!」
「わかりました。では本日の甘味を賭けますか」
「いいわよ! 絶対に勝つ!」
結果は推して知るべしであった。
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