第565話 おじさん占いというものをしてみる


 かぽーん。

 そんな音がするおじさんちの温泉である。


「はわわわぁ! はわわわぁ!」


 二十年ほど前の萌えキャラのような声をあげるメイユェ。

 その隣でルルエラも口を半ば開けて呆けている。

 

 こんな温泉施設、見たことがないと。

 宰相は勝手知ったるものだ。

 長男を誘って、足湯につかりながら一杯と洒落こんでいる

 

 そんなラケーリヌ家の面々を微笑ましく見る王妃と、おじさんの母親だ。

 なんだかんだで大集合しているのである。

 

 そのきっかけになったのは宰相の一言だった。

 サロンの扉を開け、こう言い放ったのである。

 

「今から温泉に行こうか!」


 この一言で難局を乗り切った宰相なのだ。

 

 一方でおじさんである。

 さすがに温泉にまでは付き合いきれない。

 

 ラケーリヌ家の皆さんでどうぞと辞退したのである。

 時刻はまだ昼下がりといったところだろう。

 とりあえず学園に戻って、学生会室で落ちつくおじさんだ。

 

 淹れてもらったお茶を飲みつつ、まったりとした時間を過ごす。

 

 今は相談役の三人もいない。

 キルスティを連れたヴィルに、シャルワールも同行したからだ。

 

 久しぶりに薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのみだ。

 別段、相談役の三人が邪魔というわけではない。

 

 ただ、なんとなく気を使ってしまうものだ。

 聖女とケルシー以外は。

 

「ねぇねぇ」


 ケルシーが猫のようにおじさんにまとわりついてくる。

  

「どうしたのですか?」


 ちょっと不審に思うおじさんだ。


「リーってば占いに興味がある?」


「……占いですか?」


 問われて見れば、おじさんは占いをしたことがない。

 前世では占いなどをしている暇もお金もなかった。

 

 例えば初詣に訪れた神社でお神籤をひいたことはある。

 あれを占いとしてもいいのかは、疑問がでるところだ。

 

 他にも遊び感覚でやるような占い的なものはしたことがある。

 が、占い師を訪ねて占ってもらったことはない。

 

「そうですわねぇ……否定をするわけではないのですが、占いはしたことがありませんわ」


「そうなの!」


 なぜか嬉しそうな表情になるケルシーだ。

 おじさん不在の間に、そうした話題になっていたのだろうか。

 

「ほらあ! リーもしたことないって!」


 ケルシーがいつの間にか集まっている薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたちにむけて笑顔で言う。

 

「そうなのですか……」


 歯切れが悪い言葉を発するアルベルタ嬢だ。

 その言葉に何人かが頷いている。

 

「占い……皆はやったことがありますの?」


 おじさんが問う。

 そこで手をあげたのはジリヤ嬢だ。

 文学系少女なのだから一家言あるのだろう。


「僭越ながらご説明を。占いの歴史というものは古く、既に前期魔導王国よりも前の時代から……」


「そこからかい!」


 聖女が割って入った。

 いや、おじさんはちょっと興味がある。

 そういう歴史は学んでいないのだから。

 

「そういうまどろっこしいのは後でなさい! 今はリーにも占いをしてもらう方が先でしょ!」


 さすがに蛮族である。

 だがケルシーも賛同していた。

 

 ふぅと大きく息を吐くジリヤ嬢だ。

 

「……まぁいいでしょう。リー様はこれまで占いしたことがないと。では、かんたんご説明しますわね。現在の王国で最も親しまれているのが、古代より伝わる占星術です」


 ほう、と声をあげるおじさんだ。

 占星術は聞いたことがある。

 星の動きがどうとかいう占いだ。

 

「王都だと庶民街に占星術士が居を構えて、占いを行っておりますわね。それともう一つ代表的なのが、こちらですわ」


 ジリヤ嬢が手にしたいた札を、おじさんの机に置く。

 

 その一枚を手に取ってみるおじさんだ。

 表はトランプのように同じデザインになっている。


 裏にはなんだかよくわからない絵が描かれていた。

 これは……なんだろう?

 

 恐らくはタロットカードのようなものだと想像はつく。

 だが、初めて見るものだけに観察するおじさんであった。


「こちらはロリマーカードと呼ばれるものですの。その発祥は前期魔導帝国時代よりも古く……」


「それはもういいってば!」


 再び聖女がツッコんでいく。

 

「ちょっとしたお茶目をしてみました」


 てへぺろをするジリヤ嬢だ。

 彼女も随分と馴染んできたものである。

 

「カードの絵柄は全部で二十八種類ありますの。で、このカードを一列に七枚、四列に並べて占いをします。占う内容によって、どの場所をめくるのかが変わってくるのです」


「ほう……では、皆は先ほどこのロリマーカードで占いを?」


「はい。私はちょっとこの占いには自信がありまして」


 ジリヤ嬢がしっかりと自己主張をしてくる。

 なかなか良い傾向だと思うおじさんだ。

 

「ちなみにリー様がお手にされているのは、星のカードですわね。その意味は希望・精神性・教導・幸運となります」


 確かタロットカードもこんな感じだったか。

 おじさんはそんなことを思いながら、カードを元に戻す。


「では、皆は何について占ったのですか?」


「決まってるでしょ! 対校戦の結果よ!」


 聖女が再び切りこんできた。

 ケルシーが隣で頷いている。


「概ね良い結果であったと言えますね。まぁこうした占いは限定的な要素をというよりも、もう少し漠然とした未来について占うものですから」


 ちょっと苦笑気味のジリヤ嬢だ。

 

「でもさーどっちが勝つかわかってたら、賭けに絶対勝てるのよ! 大もうけできるじゃない!」


 ケルシーがおじさんに言う。

 

「ちょ! ケルシー! それはリーに内緒だって言ったでしょ!」


「しまったー! 忘れてた!」


 蛮族一号と二号が揉めている。

 その姿を見ながら、おじさんも苦笑を漏らす。


「まぁいいでしょう。今回は不問としておきますわ。ですがエーリカ、ケルシー。そういうことに占いを使ってはいけませんわよ。もし答えが間違っていたらどうするのです? ジリヤを責めることになりますわ」


 ド正論であった。

 その正論で聖女とケルシーの二人が肩を落とす。

 空気を変えるように、おじさんが明るい声をだす。

 

「では、ジリヤ。わたくしも占ってみてくださいな。お題は皆と同じく対校戦の行く末を」


「承知しました」


 ジリヤ嬢がおじさんから、カードを回収する。

 そして、よくシャッフルしてからカードを並べていく。

 

 その手つきは実に鮮やかである。

 よどみなく動く、ということは彼女がかなり慣れている証拠なのだろう。

 

「では、リー様。こちらのカードのどこでも構いません。直感的にいずれかの三枚を選んで、裏返してくださいな」


 ジリヤ嬢の言葉に従って、カードを裏返すおじさんだ。

 

 一枚目は先ほどと同じく星のカード。

 二枚目は鍵が描かれたカード。

 三枚目は多くの者たちに囲まれた女性のカード。

 

「……これは」


 ジリヤ嬢がおじさんの選んだカードを見て考えこむ。

 とても真剣な表情になっている。

 

「失礼しました。一枚目のカードは星、二枚目が鍵、三枚目が貴婦人」


 ジリヤ嬢がおじさんを見る。

 そして、ニコリと笑った。

 

「鍵とは両義性を持つカードです。開放と制限、秘密と解決、危険と安全などが代表的でしょうか。リー様が置かれている状況、あるいは行動によって結果が解釈が変わります」


 続いて――というジリヤ嬢。

 

「三枚目は貴婦人のカードですわね。貴婦人――聖母という意味もあるカードになります。癒やし・守護・純潔・創造性などが主な意味となっていますわ」


 ふむ、と頷くおじさんだ。

 よくわからないけれど、三枚目には覚えがある。

 おじさんの母親が懐妊したばかりだもの。

 

「正直なところ、この三枚からどう解釈をすればいいのか、私にはわかりませんわ。というか鍵のカードがでたのは初めてですもの」

 

 ふむ、と驚くおじさんである。

 二十八枚中の三枚だから、ざっくり九分の一の確率だ。

 

 かなり手慣れているジリヤ嬢が、場に出たことがないカードがあるというのもおかしな気がする。

 が、そんなものなのだろうか。

 

「よくわかりませんか。まぁそういうこともあるでしょう」


 おじさんも深く聞く気はない。

 なんとなくそんな気がしているのだ。

 聞かない方がいい、と。

 

 だが、それで納得のいかないのが蛮族一号と二号だ。

 

「ちょっと! よくわからないって! 消化不良だわ!」


 聖女が言った。

 

「エーリカは占いの結果が良かったのですか?」


「むふふ……そりゃもう当然!」


 その横でケルシーもにんまりしている。

 なので、おじさんが声をかけた。


「ケルシーはどうだったのです?」


「もちろん! すっごくいいこと言われた! 美食ってカードが出たの!」


 その一言にジリヤ嬢が、あっと声を発する。

 

「ケルシー! なにがでたのか言ってはダメだと説明しましたのに!」


「え? そんなこと言ってた?」


 きょとんとするケルシーだ。

 そのケルシーに残酷な一言が告げられる。


「言いました!」


「嘘……じゃあ、占いは! 占いはどうなっちゃうの!」


「……残念ながら結果が反転するのです」


「ってことは……」


「美食のカードが反転する。つまり食べられない、あるいは美味しくないものを食べることになる」


「うそだーーー! うそだと言ってよ、ジリヤーーー!」


 すがりつくケルシーである。

 そんなケルシーを見て、静かに首を横に振るジリヤ嬢だ。

 

 床をドンドンと叩くケルシーである。

 その姿を見て、ジリヤ嬢が言った。

 

「……ぷくくく。なーんちゃって!」


 そもそもそんなことは言っていない。

 だって、おじさんを初め、占いは皆の前でやったのだから。

 

 選んだカードに秘密もなにもない。 

 それくらいは理解できるだろうと考えていたジリヤ嬢だ。

 

 だが、彼女の考えをあっさりと飛び越えるのが蛮族である。

 

「おろろろおおおおおん」


 ジリヤ嬢の声も届いていないのだろう。

 

「え? ちょっとしたお茶目だったんですけど……」

 

 ジリヤ嬢の呟きは虚空へとかき消えていく。

 ケルシーは床を叩き続けるのであった。

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