第562話 おじさんラケーリヌの歴史を変え、母親と大喜びする


 リアン=リーオン・ラケーリヌ=ピタルーガ。

 内務卿を務めるラケーリヌ家の嫡男である。

 

 幼少期から才気煥発なお子様だった。 

 武術も魔法も使える万能型。

 学園を首席で卒業し、次期公爵家当主にも内定している。

 

 誰もが羨むような人物だと言えるだろう。

 

 だが、それはあくまでも一般人と比べての話である。 

 どこかの母娘と比較してはいけない。

 

 その証拠に――。

 

 長男は邸の裏庭で仰向けになって寝転がっていた。

 激しく上下する胸の動きから消耗度が見てとれる。


 いや、それだけではない。

 訓練用にと着替えた服は土だらけになっている。

 

 全身に走る痛み。

 倦怠感。

 自身の耳の裏あたりから、ドクドクと激しい脈動が聞こえる。

 

 ああ――空が青いなぁ。

 

 全力だった。

 本当に全力をだしたのだ。

 

 だが、それでもあしらわれただけである。

 相手にすらなれない。

 

 少し離れた位置で、ドサッと人が倒れる音がした。

 そちらに目をむける長男だ。

 

 妹だ。

 魔法なら誰よりも優れていると思っていた妹である。

 

 その妹が泣いていた。

 泣き顔を隠すこともなく、ただ泣いていたのである。

 

 悔し涙だろうか。

 そんなことを考えながら、少しだけ回復した身体を起こす。

 

 視線の先には母親と談笑する超絶美少女がいる。

 もちろん、おじさんだ。

 

「お母様、ラケーリヌ家の相伝はあまり使い勝手がよくないですわね!」


「そうねぇ。使い方が限定されちゃうのよねぇ」


 おじさんが知る相伝は実家のものだけではない。

 学園長に教えてもらったサムディオ公爵家のものがある。

 

 さらに先ほど二人が使った相伝をラーニングしたのだ。

 勝手に覚えておいて、文句をいうおじさんである。

 

「うちの相伝は魔力の操作という基本を主眼にしたものでしたわ。サムディオ公爵家のも基本を突き詰めたもの。ラケーリヌ家の場合もそこは同様なのですけど……」

 

 ラケーリヌ家の相伝とは魔力の増幅である。

 ただし一時的に増幅するとはいっても、その分消耗するのだ。

 つまり身体にかかる負担が大きい。

 

 長男とルルエラが倒れているのもそのせいだ。

 

 確かに最後の切り札としてはふさわしいのかもしれない。

 だが、とおじさんは思うのだ。

 

 これでは切り札が通用しなかったときに終わってしまう。

 逆に言えば、勝てると踏んだときにしか使えないのだ。

 あるいは仲間が側にいるときか。


「増幅の割合は大きいのですが、現状では使い物になりませんわね。恐らくは……」


 ふと、おじさんの頭にうかぶことがあった。

 これって外部から魔力に干渉して、経路を広げたときの消耗と似ているのでは、と。

 

 要するに増幅された魔力の大きさに身体がついていかないのだ。

 

 ふむ、とおじさんは自説の検証を試みる。

 自分の身体で使ってみたのだ。

 

 仕組みは先ほど見たから理解している。

 要するに循環させる魔力を大きく練りあげるのではなく、爆発させるようなイメージ。

 

 これも一種の魔力操作だと言えるだろう。

 おじさんの場合、出力も巨大に過ぎるのだから少し抑えておく必要はあるが……。


 その瞬間――おじさんの魔力の桁があがる。

 周囲に火花が散り、タウンハウスの窓が次々と割れていく。

 

 ああ――と納得するおじさんだ。

 これは限界突破している感がある。

 相伝というだけのことはあるだろう。

 

 だが、これでは増幅した魔力に振り回されてしまうはずだ。

 ならば余程の鍛錬を積まなければ使い物にならない。

 

 魔力の増幅をするだけでは片手落ちだ。

 それを十全に使いこなす必要があるのだから。

 

「お母様、これは内功を鍛えておく必要がありますわね」


 要するに骨や筋肉ではなく、血管や経路、内臓の話である。

 ちなみにおじさんちの家族は全員ができるはずだ。

 なぜなら、おじさんが教えたから。

 

 本来の身体強化・・・・の使い方とはちがう。

 外的な部分ではなく、内的な部分を強化する方法だ。

 

 その先にあるのが、おじさん独自の身体強化魔法である。


 もともと健康を目的としてやっていた。

 それが功を奏したといえるだろう。

 

「ああ――そういうこと」


 おじさんを見て、母親もその理屈を理解したようだ。

 自分でも魔力を増幅させてみる。

 

 母親はこの相伝を「外し」と理解していた。

 ふだんは無意識に働く限界を外す行為と考えたのだ。

 

 それ故に使いどころに困っていたのである。

 おじさんと同じ問題点に至り、その解決法がわからなかったのだ。

 

 だが、今やその問題が解決しそうである。

 思わぬところで、おじさんの内的身体強化が活きた形だ。

 

 母親の魔力も桁が上がる。

 ビリビリと大地を震わせるような魔力だ。

 

「うん。これはいいわね! リーちゃん、お手柄よ! これで相伝の欠点が……クッ。この増えた魔力を操作するのが慣れないわね。いつものように使えないと意味がないわ」


 荒ぶる魔力を制御に苦労する母親だ。

 

「お母様、少しいいですか」


 おじさんが母親のへその辺りに手を当てる。

 丹田の位置だ。


「こういうときは整えるというよりも流してやることを意識した方がうまくいきやすいですわ」


 おじさんが外部から魔力の干渉を行なったのだ。

 一瞬で安定する母親の魔力である。

 

「なるほど。無理に整える必要はないのね。勢いがあるからなめらかに流す方がいい。うん、もう大丈夫よ、リーちゃん」


 コツを掴んだのだろう。

 おじさんと母親が顔を見合わせて笑った。

 

「あら? お母様……この反応……」


「どうかしたの?」


「お母様、赤ちゃんができたのですか!」


「え!? 本当に?」


 自分のお腹に手をあてる母親だ。

 そして、深く魔力を探ると確かにあった。

 まだ本当に微弱で幽かだが、きちんと別の魔力を感じ取れる。

 

「やったわ! 赤ちゃんができてるわ!」


 実に嬉しそうな母親である。

 

 だが、その赤子の魔力が揺らいでいるのだ。

 恐らくは急激な魔力の増幅に影響を受けているのだろう。

 

「お母様、魔力を戻しませんと」


「うん。そうね……仕方ないか!」


 母親は両手を上にあげて手を組んだ。

 

「今ならいける気がするわ!」


九頭龍咆哮撃ハイドラ・エクスキューション!!】


 母親の背後に頭龍が出現する。

 そして蒼空へむかってブレスを吐くのであった。

 

「ちぃ! この状態でも八つなのね」


 一気に魔力を放出したことで母親の魔力も収まる。

 注意深く観察していたおじさんも、お腹の中の子の魔力が安定して一安心だ。


「お母様、お体を大切にしませんと」


「そうね。でも、こんなに小さな魔力だってことはまだできたばっかりだもの。私だって言われなければ、わからなかったわよ」


「では、お屋敷に帰りましょうか。弟か妹かわかりませんが、とっても楽しみですわ!」


 おじさんは満面の笑みである。

 母親は我がことのように喜ぶおじさんを見て嬉しくなった。

 

 メルテジオのときからそうだったが、おじさんは弟妹ができることをとても喜ぶのだ。

 それがなんとも言えず、嬉しい母親なのである。

 

 前世のおじさんはひとりっ子だった。

 だから兄弟というものに憧れがあったのだ。

 

 今生では姉と目する人もいれば、弟妹たちもいる。

 それは喜ばしい以外のなにものでもなかった。

 

「そうね! スランにも報告しなくっちゃ。あ! お義父様とお義母様にも! 帰りましょうか、リーちゃん」


 おじさんと母親が動きだそうとしたときである。


 ラケーリヌ家の嫡男はつくづく思った。

 自分の代は良く悪くもこの娘を筆頭に動くのだと。

 もはや何を言うまでもない。

 

 なにせ相伝を完全にコピーしただけではなく、欠点までなくす方法を実践されたのだから。

 

 王国創建の時代から長い歴史を紡いできたラケーリヌ家。

 その歴史を一瞬で塗り替えてしまわれたような気がする。

 

 もう笑うしかない。

 ここまで突き抜けているのなら認めざるを得ない。


 リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワ。

 お前がナンバーワンだ。


「ちょっと待ったああああ!」


 叫んだのはルルエラである。

 兄とは違う思いがあったのであろう。

 

「私、私を行儀見習いということで! カラセベド公爵家に置いていただくわけにはいきませんか!」


 母親はルルエラをじろりと見た。

 そして告げるのだ。

 

「いらないわよ」


 無慈悲な一言であった。

 ばっさりと切られたルルエラは、しばらく立ち直れなかったそうである。

 

 嵐のようにきて、嵐のように去って行く。

 

 残されたラケーリヌ家の惨状は推して知るべしだろう。

 割れた窓ガラス、ボロボロになった長男と末妹。

 魔力の放出で荒れた裏庭。

 

 待っててねとお願いした宰相は、息せき切って帰ってきた。

 そして、おじさんたちの姿がないことを知って膝をつき、頭を抱えるのであった。

 

 蛇神の信奉者たちクー=ライ・シースが侵入したときよりも、大きな物理的被害であったそうだ。

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