第560話 おじさんが一時離席することになった理由について
少しだけ時を遡ろう。
ウドゥナチャである。
おじさんに報告をした後で姿を消した彼は、使い魔の気配をたどって監視対象に近づいていた。
時折、使い魔と視界を共有するのも忘れない。
こうした裏方の仕事になれているのだ。
いや、どちらかと言えばこちらが本職に近いだろう。
「いまんところは動きなし、か」
監視対象である
しかも少し離れた別々の場所に部屋をとる念の入りようだ。
「さて、オレも宿をとるか……って空いてんのか?」
今は対校戦の真っ最中である。
つまりお祭りの状態だ。
王国各地から人が集まっているから、宿がとれるかわからない。
だからこそ監視対象が易々と王都に入れたというのもあるのだが……。
最悪は陰魔法の中で眠るだけだ。
そんな生活にも慣れているのが悲しいウドゥナチャである。
「それにしても……もう片づけたのか」
正直なところ、こんなに早く対処するとは思っていなかったのだ。
それも何事もなかったかのように対処してみせた。
ふふ……と笑いが漏れる。
勝てるわけないよなぁという思いが胸を満たしたからだ。
それはウドゥナチャ自身、自分の見立てが正しかったことの証明になる。
実際にはおじさんという王国における最大戦力を見落としていた。
だが、おじさんが居なかったとしても勝てなかったと思う。
追い込めはしただろう。
だが、この国の貴族は優秀な上に命を捨てることを厭わない。
それが貴族だと考えているからだ。
そして、目の前にいる監視対象たち。
こちらも同じ道をたどることになる。
そこに同情することはない。
バカだなぁと思うだけである。
監視を続けながら、ウドゥナチャは食事をとった。
と言っても店に入ったわけではない。
今の時期、王都には屋台が多いのである。
庶民街となれば、なおさらだ。
そのひとつで、軽食を買ったのである。
薄焼きのパンに肉と野菜をはさんだもの。
おじさんの前世で言えば、パニーニみたいなものだ。
手早く食べることができ、小腹を満たすにはちょうどいい。
食事を終えて、監視対象の動きを見張る。
今日はもう陰魔法の中で寝るかな、と考えていた頃だ。
時刻はすっかり夕刻を過ぎて、暗くなり始めていた。
『テケリ・リ! テケリ・リ!』
懐に入れたシンシャがプルプルと震えた。
と、同時に人目を避けるように、路地裏に入って陰魔法を発動する。
ちょっと試してみたかったのだ。
陰魔法の中でも話ができるのか。
『もしもし、ウドゥナチャ。聞こえていますか?』
その声はおじさんのものであった。
『ああ、ばっちりだぜ、お嬢ちゃん。陰魔法の中でも話ができるなんてなぁ』
『言ったでしょう。シンシャは全にして一、一にして全の存在です。距離や魔法など関係ありませんわ。とってもいい子なんですの』
おじさんに褒められたのが嬉しいのだろう。
シンシャがポヨポヨと跳ねる。
『こちらは動きなし。あいつら庶民街に宿をとってるぜ。しかも別々の宿に泊まるくらいには注意してるな』
『承知しました。引きつづき、監視をお願いしますわ。こちらでヴァ・ルサーンの破祭日について調べておきましたので情報を共有しておきましょう』
おじさんはしっかり対応していたのだ。
トリスメギストスという存在が居るのだから、調べることくらいはたやすい。
『ヴァ・ルサーンの破祭日。記録に残っているのは後期魔導帝国の時代になりますわ。元々は神殿の聖人であったヴァ・ルサーンという人物の話ですの』
ウドゥナチャはそれなりに長生きしている。
見た目は若いけども。
だが、さすがに後期魔導帝国までは遡れない。
『先ほども述べましたが神殿でも聖人とされるほどの人物であったのですが、ある日唐突にヴァ・ルサーンは姿を消したそうですの』
なるほど、と頷くウドゥナチャだ。
正しき道で転んで闇落ちする。
そんな話は裏の社会でありふれているものだ。
『はい。記録によればヴァ・ルサーンが姿を消してから、二十三年後のことですわ。神殿には幾つかの祝祭日があるでしょう?』
『ア・ズレッドの祝祭日か!』
『そのとおりです!』
ア・ズレッドの祝祭日。
それはちょうどこの対校戦の期間中にある。
その昔、今よりも神と人が近しい時代の話だ。
とある神からの啓示を受け、試練を見事に突破したという聖女ア・ズレッド。
その偉業を讃える祝祭日のことである。
『そのア・ズレッドの祝祭日に、ヴァ・ルサーンが姿を現したそうですの。失踪した当時と変わらぬ姿で。そして祝祭日を祝う人たちに呪いをかけてまわった。だからヴァ・ルサーンの破祭日となっているのです』
『なるほどな。じゃあ、ア・ズレッドの祝祭日に何かしらの動きがあると見ていいのか……って対校戦でいうと……』
ウドゥナチャが考える前に、おじさんが答えを返した。
『最終日ですわね。決勝戦が行われる日ですわ』
『その日まで動きがあるかどうか……まぁもう少し見張っておくか』
『お願いしますわね。この仕事が終わったら休暇を与えますわ。うちの温泉でのんびりとしてくるといいでしょう』
『マジで! めっちゃ楽しみ!』
『もう少しこちらでもヴァ・ルサーンの破祭日について調べておきます。どんな呪いをかけたのか、気になりますので』
『承知した。じゃあこっちでも動きがあったら報告する』
ウドゥナチャはシンシャを横に置いた。
そして、あぐらから後ろ手に手をついて上方を見る。
はは……勝てるわけねえ。
なにもかもお見通しじゃねえか。
しかも情報の共有まで一瞬でできるんだ。
こんなのどうやっても勝てない。
ご愁傷様。
あれこれやっても全部見透かされているんだぜ。
手の平の上で泳がされているのと同じだ。
「……敵に回さなくてよかった」
しみじみと呟くウドゥナチャであった。
時を戻して、学生会室でのことである。
「失敗しましたわ!」
キルスティ・ルルエラ・長男の三人を麻痺させたおじさんである。
その口から漏れた言葉だ。
思わず、前髪をかきあげてしまう。
前髪をかきあげると、おでこが必然的に見える。
おでこをだしたおじさんは、相も変わらず超絶美少女だ。
狂信者の会の面々は思った。
リー様、だいしゅき。
「三人ともやってしまったら、お持ち帰りしてくれる人がいません!」
つい勢いとのりでやってしまったおじさんだ。
やってから失敗に気がついたのである。
ハッとした表情で頷く狂信者の会だ。
「あの……会長」
ヴィルが恐る恐る声をかける。
「なんですの、ヴィル先輩」
「あの……あの方たちは公爵家の」
「だからなんですの?」
コテンと首を傾げるおじさんだ。
憎らしいくらいに、その仕草が似合っている。
「いえ、なんでもありません。キルスティは私が責任をもってサムディオ公爵家に届けてまいります。幸い繋がりがあるものですから」
頭を下げるヴィルであった。
「よろしくお願いしますわね」
ニッコリと微笑むおじさんだ。
その笑顔が眩しすぎて、正面から見られないヴィルである。
「残るのはラケーリヌ家の方たちですが……どうしましょうか」
ぐるりと辺りを見渡すおじさんだ。
ふむ、と頷いて立ち上がった。
「仕方ありません。わたくしがラケーリヌ家に行きます」
だが、寄子にそんな責任を負わせることはできない。
だから、おじさんは自ら動くことにしたのである。
「そうですわね。せっかくですし、お母様もお誘いしてみましょうか」
呟いてから、おじさんはアルベルタ嬢を見た。
「アリィ! わたくしは少し席を外します。意見のとりまとめをお願いしますわね」
「承知しました。お任せください」
アルベルタ嬢の言葉を受けて、満足そうに頷くおじさんだった。
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