第559話 おじさん狂信者の会から至尊と目される


 学生会室である。


「そうなのよ! でね! カレーって料理が……」


 聖女がルルエラに対して滔々と語っている。

 その隣でケルシーも合いの手を入れながら、いかにおじさんちの料理が美味しいのかを解説していた。

 

 なんだかすっかり馴染んでいるルルエラである。

 と言っても蛮族二人と相談役の三人に対してだけだが。

 

「そうなのですか! お父様ったらきっと私には内緒にしてたのね。そんなに美味しい食事をいただいていたなんて」


「ねぇねぇお父様って?」


 ケルシーが興味本位からルルエラに声をかけた。

 

「私のお父様は宰相……内務卿といった方がわかりやすいかしら?」


 んーと首を捻るケルシーである。

 おじさんちで何度か会っているが、まったく覚えていない。

 

「ケルシー、こう覚えておくのよ! なんか偉い人って」


 聖女が余りにも大雑把すぎる回答を用意した。


「おお! そういうこと!」


「リピートアフターミー! 宰相はなんか偉い人! はい!」


 聖女がケルシーに振る。

 だが、ケルシーはよく意味がわからなかった。

 

 ただ、なんとなくの雰囲気で後に続く。

 

「宰相はなんか偉い人!」


 よくできました、とルルエラが声をかけている。

 それで納得のいく辺りが三人に共感をよんでいるのだろう。

 

 いえーいとハイタッチする聖女とケルシーだ。

 そこに混ざるルルエラ。

 蛮族三号が学園長ならば、彼女は四号なのかもしれない。

 

「随分と馴染んでますわねぇ……」


 アルベルタ嬢が若干の敵意を滲ませている。

 まだ彼女の中では危険人物なのだ。


 なにせ最初に言った台詞が問題なのだから。

 

「なにが、この鼓動、この思いをお伝えしとうございます、ですか。そんなもの私はリー様に巡り会ったときから、ずっと……」


 きぃいいとハンカチを噛みそうな勢いのアルベルタ嬢だ。

 そのアルベルタ嬢に賛同するかのように、ニュクス嬢とイザベラ嬢もウンウンと頷いている。

 おじさん狂信者の会は厄介なのだ。

 

「いいではありませんか、仲良きことは美しきかなとも言いますから」


 おじさんである。

 武者小路実篤の言葉だ。

 

 ギスギスしているよりも断然そちらの方がいい。

 と言うか、だ。

 

 今の言葉は狂信者の会にむけて言ったのだ。

 おじさんの真意は伝わっているのだろうか。

 

「そうですわね……確かにリー様の仰るとおりかもしれません」


 アルベルタ嬢が頷く。


「仲良きことは美しきかな……いい御言葉ですわね」


 ニュクス嬢が噛みしめるように言う。

 

「そうですわね。至言かと存じます」


 イザベラ嬢がきれいな所作で頭を下げた。

 

「ですが!」


 アルベルタ嬢の目つきが鋭くなった。

 

「リー様のお側に危険な人物を近づけるわけにはまいりません!」


 その言葉にハイタッチする狂信者の会であった。

 おじさんの言葉はぜんぜん伝わっていなかったようだ。

 

 そこへまたしても学生会に乱入者が姿を見せた。

 

「ルルエラ!」


 黒に近い藍色の髪をした青年である。

 どちらかと言えば、優男な雰囲気があるだろう。

 宰相と似た面影をしている長男であった。

 

 学生会室のドアを勝手知ったる風に、ノックもせずに開けた長男である。

 

「お兄様!」


 ルルエラが真っ先に反応した。

 

「お前というヤツは……こんなところまで押しかけて」


 ツカツカと大股で学生会室に入ってくる長男だ。

 その前に狂信者の会が立ち塞がる。

 

「どこのどなた様でしょう? ここは学生会室。部外者の立ち入りを禁止しております。その振る舞いは余りにも無礼ではありませんか?」


 イザベラ嬢だ。

 ふだんはおっとり細めの令嬢だが、憤慨しているようである。

 

 まったく、どいつもこいつも気安く入ってきて。

 礼儀がなっていない。

 

 彼女の母親は聖女の教育係でもあった。

 だからこそ彼女自身も厳しく躾られてきたのである。

 それ故に無礼な輩は許せない。

 

 もちろんルルエラに対する反応を見れば、彼女たちが兄妹であることは理解ができた。

 となれば宰相の息子なのだろうとも予測がつく。

 

 その上でイザベラ嬢は言ったのだ。

 長男に対して。

 

「む。これは失礼した」


 狂信者の会を前にして足をとめる長男だ。

 

「私はリアン=リーオン・ラケーリヌ=ピタルーガ。ラケーリヌ家の嫡男だ。そこの愚妹を引き取りにきた。私も学生会に所属していたのだが、不文律をすっかり忘れてしまっていたようだ」


 素直に頭を下げる長男である。


「承知しました。では、どうぞご存分に」


 長男と狂信者の会の利害は合致していたのだ。

 なので素直に引き下がる三人である。

 

「あなたたち! 私のときとは態度が違いますわね!」


 鋭い指摘がルルエラから入る。

 だが、イザベラ嬢を初めとした狂信者の会は柳に風だ。

 

 右からきたものを左へと受け流している。

 ムーディーな歌謡曲のごとく。

 

「当たり前だ! さぁ帰るぞ、ルルエラ!」


「嫌ですわ! 私、リー様とともに居たいのです!」


「それが迷惑だと言っている!」


 いいぞ、もっとやれ。

 狂信者の会は長男を応援していた。

 

 にわかに起こった兄妹のケンカ。

 それをワクワクして見ているのが聖女とケルシーだ。


 遠巻きに見ている薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面々たちも、どちらからと言えば興味津々である。


 相談役の三人は顔を青ざめさせていた。

 長男の在学中のことは知らないが、ルルエラのことならよく知っているからだ。

 

「迷惑なんかではありません!」


 ルルエラの目が相談役の三人にむいた。

 こっちに振るなと迷惑に思う男子たち。

 

 一方でキルスティは思っていた。

 あら、いいですねーと。

 

 あのルルエラを前にして臆さずに物を言える。

 そんな男性は初めて見たのだ。

 

 キルスティとて年頃の女子である。

 そろそろ婚活をする年齢なのだ。

 

 いや、もう出遅れているとも言えるだろう。

 公爵家の娘だからと求婚してくる相手はいる。

 

 だが、そんな相手は歯牙にもかけない。

 だって結婚したいと思える要素がないのだから。

 

「キルスティ! あなたも公爵家に連なる者! この無礼な兄になにか申したいことはありませんか!」


 ルルエラがキルスティに振った。

 ここは同じ公爵家の令嬢にすがろうという腹づもりだろう。

 

「は、はい! あの……そうですね……現在、婚約されている方はいらっしゃるのでしょうか!」


 唐突なことを言い出すキルスティだ。

 ちょっと錯乱しているのかもしれない。

 

 だって初めてなのだ。

 キルスティにとって結婚したいかもと思わせた男性は。

 一目惚れ、そう言ってもいいかもしれない。

 

「なにを言っていますの?」


「はう! ちょっと思いが先走ってしまいましたわ!」


 いやん、と両の頬に手を添えて頭を振るキルスティだ。

 その姿を見て、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたちが黄色い声をあげる。

 

「すまないが婚約者は既にいるんだ」


 バッサリと斬って落とされたキルスティである。

 そのまま腰が抜けたように、ぺたんと女の子座りをしてしまった。

 

「そんなことよりも! 帰るぞ、ルルエラ!」


 そんなこと・・・・・

 この一言は傷心の乙女にとって地雷だった。

 

「あ゙? 今、なんと仰いましたか?」


 キルスティの目が据わっている。

 その背後には黒いモヤを幻視するおじさんであった。

 

 キルスティの豹変ぶりに長男は焦る。

 自分はなにかしたのか、と。

 いや婚約者は既にいると告げただけである。

 

「知りませんわよ、お兄様」


 ルルエラはきちんと把握していた。

 キルスティと兄を結ぶ射線から、すっと身体を動かす。

 

「さぁやっておしまいなさい、キルスティ!」


 ルルエラが許可をだす。

 同時にキルスティが魔力を練りあげた。

 

 流れを見守っていたおじさんが息を吐く。

 

「まったく、どうして揉めごとばかり起きるのでしょう」


 だいたいおじさんのせいである。

 余りにも無自覚な発言だ。

 

 パチン、とおじさんが指を弾く。

 

 その瞬間であった。

 

「あばばばばば」


 キルスティが声を出しながら痙攣した。

 ルルエラと長男もまとめて、だ。

 

 三人が同じく、あばばばと悲鳴をあげている。

 

「さすがリー様!」


 狂信者の会がおじさんに目をむける。

 その目は尊敬に満ちていた。

 いや、至尊だといってもいいだろう。

 

 公爵家の令息、令嬢など関係ない。

 迷惑なやつはやる。

 そこに痺れるし、憧れるというやつであった。

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