第557話 おじさんはじゃんけん大会で世の無常を知る
学生会室にてケルシーが昂ぶっていた。
なぜなら彼女は、ずっとこの機会を待っていたからである。
前回のじゃんけん大会。
それは冷凍みかんをかけたものだった。
合計で四回行われた大会で、ケルシーはすべて負けたのだ。
じゃんけんだから時の運とも言えるかもしれない。
だが、彼女にとってそれは屈辱であった。
だから誓ったのだ。
次こそは必ず勝つと。
そのためにケルシーは日夜訓練に励んでいた。
毎日一回は必ずじゃんけんをする、と。
相手はクロリンダだ。
そこでもケルシーは負け続けた。
なぜ負けるのか。
じゃんけんは運の勝負なのだからと諦めたくはない。
そう心に誓ったのだから。
だからケルシーは考えた。
考えに考えたのだ。
その結論が今、ここで出せるのである。
吼える。
絶対に勝つ、と。
クレープのためではない。
自らの魂に誓った戦いの決着をつけるときだ、と。
そのため勝負事となると、否が応でも場の空気が盛り上がる。
おじさんからすれば、べつにしなくてもいい大会だ。
だが、ここまで盛り上がってしまったのだから仕方ない。
そんな熱気に当てられて、パーティションで区切られたスペースから姿を見せた相談役の三人とルルエラであった。
学生会室でいったい何が起こったのだという興味からである。
「仕方ありませんわね。では大会を開催しましょう」
苦笑を漏らしながらおじさんが宣言をした。
それに反応して聖女とケルシーが叫ぶ。
「いいいいやっっふううぅうう!」
蛮族たちの盛り上がりを不審そうに見るルルエラだ。
「いったい何が起きていますの?」
隣に立つキルスティに話を振る。
キルスティは状況を見て、おおよそのことを把握した。
彼女とて、じゃんけん大会の参加者なのだから。
「リーさんの前にある食べ物を賭けて、じゃんけん大会が開催されるようですわ」
はて、と首を傾げるルルエラだ。
食べ物を賭けるの意味もわからなければ、じゃんけんのことも知らないからである。
「どうです? 先輩も参加しちゃみませんか?」
シャルワールが意思を問う。
「よくわかりませんが……まぁいいでしょう。私も参加できるのならしてみたいですわ」
好奇心いっぱいという表情のルルエラだ。
だが、彼女の目はおじさんの前に置かれた食べ物でとまる。
それは見たことがない美しいものだった。
特にあの果物はなんだと目を見開いたのである。
キラキラと光って、まるで宝石のようではないかと。
「ならば、確認をとってまいりましょう」
ヴィルが動いて、おじさんに確認をとる。
おじさんはルルエラを見て、ふむと首肯した。
「お客様であるルルエラ様にはお出ししようと思っていたのですが、いいのですか? 参加すれば食べられなくなる可能性もございますわよ」
「……なるほど。では確認をとって参ります」
小間使いのようにルルエラとおじさんの間を行ったり来たりするヴィルであった。
「キルスティ、じゃんけんというのはクジとはまた違うものなのですか?」
王国ではこうしたときにクジで決めるのが一般的だ。
それではダメなのかと聞いたのである。
「そうですわね……クジとはまた違った興奮があると言いますか。なんというか……楽しいのですわ」
「そうですか。なんであれ勝てばいいのですから。ラケーリヌ家の末席を汚す者として負けるわけにはいきません」
ここに学生会プラスワンのゲストとして、ルルエラの参戦が決定したのであった。
キルスティから、じゃんけんの説明を受けるルルエラだ。
すぐに理解して、何度か試している。
「今回は負け残りの方式で参りましょう。二人一組……だと一人余ってしまいますわね。三人一組で勝負です。最後まで負け残った人とわたくしが勝負をいたしましょう」
とっととルールを決めてしまうおじさんだ。
ルルエラを除く学生会のメンバーは十八人である。
三人一組だと都合がいい。
最後まで負け残った人物とおじさんが戦えばいいのだ。
というか、おじさんは負けるつもりである。
「それではリー様が不利になりませんか」
アルベルタ嬢の言葉におじさんが、かまいませんと返す。
それで決着がついた。
おじさんの言葉に従って、ルルエラを含めた学生会の面々が三人一組を作って声をあげる。
「最初はグー!」
すっかり定着している。
その状況を満足気に見るおじさんであった。
悲喜こもごも。
歓喜の声をあげる者もいれば、絶望を嘆く者もいる。
たかが、じゃんけん。
されど、じゃんけんなのであった。
あれよあれよ、という間に勝敗がついていく。
最終的に残ったのは、聖女・ケルシー・ルルエラの三人であった。
ケルシーは燃えていたのだ。
今度こそ勝つ、と。
ここまでは負けても、最後に勝てばいいのだ。
だから――ぎゅうと拳を握る。
言い出しっぺの聖女は焦っていなかった。
なぜなら無勝のケルシーがいるからだ。
どうせ今回も勝つ。
なぜならケルシーには大きな欠点があるのだから。
ルルエラは焦っていた。
なぜ負けるのか。
あの美味しそうな甘味を食べられない。
そのことよりも負けることが嫌だったのだ。
しかし、じゃんけんとは時の運。
実力でどうこうできるほど、ルルエラは達人ではないのだ。
「さぁいきますわよ! 最初はグー!」
おじさんが声をかけた。
じゃんけん、ぽん。
三者がだしたのは偶然にも同じだった。
全員がグーである。
この瞬間、聖女は勝ちを確信していた。
少なくとも自分が負けることはない、と。
ケルシーは変わっていなかったのだから。
そして、その目論見どおりになった。
次の勝負で聖女が抜けた。
さらに次の勝負でルルエラが抜けたのである。
負け残ったのはケルシーであった。
「ふふん! ここまでは予想どおり! 絶対に負けないんだから!」
明らかにそれは強がりの言葉だった。
語尾が震えていたのだから。
表面上は取り繕っているが、内心は戦々恐々なのだろう。
そんなケルシーを見て、おじさんは実に気の毒そうな顔をした。
ケルシーとやれば、おじさんが勝つ。
神眼を使うまでもなく、いともたやすく勝つだろう。
絶対にだ。
じゃんけんは時の運。
だが、それは相手のだす手が場にでるまでわからないからだ。
ケルシーは気づいていない。
自分の手が場にだす前から、その形になっていることを。
だから彼女は負けるのである。
それに気づかない者はいないのだから。
……嘘だろ。
ケルシーを手を見て、誰もが思ったことである。
だが、それを指摘する勇気はなかった。
カモにできる――そんな気持ちを抱くよりも、だ。
なんだかこう指摘していいのかどうかわからない。
だって信じられないことなのだから。
それはおじさんだって同じである。
言っていいものか、悪いものなのか。
これが頑是ない子どもなら笑い話ですむ。
だがケルシーは大人とまではいかなくても、素直に子どもと呼べる年齢ではない。
特に今はお年頃なのだ。
自分がそんな単純なミスを犯していたと知れば……。
おじさんは迷う。
いつかは告げねばならないだろう。
なら、あのとき勝てたのはなんだったのか。
ケルシーもきっと疑問に思うはずだ。
それほどに致命的なミスなのだから。
おじさんからすれば負けることはたやすい。
そして今回は初めから負けるつもりでもあった。
だがケルシーはどう思うのだろう。
そう考えれば、負けるのがいいのかわからなくなる。
「い、いくわよ! リー! 最後の決戦なんだから! 絶対に勝ってみせるわ!」
おじさんの考えがまとまらないうちに、ケルシーが叫ぶ。
さっきよりも語尾の震えが大きくなっている。
「最初はグー!」
数瞬後のことである。
ケルシーはドンドンと床を叩いていたのであった。
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