第555話 おじさん昼ドラに巻きこまれる


 その日、ラケーリヌ家は朝から蜂の巣を突いた騒ぎであった。

 

 発端はルルエラのお付きの侍女が声をあげたことだ。

 いつものように朝の挨拶にでむいた侍女である。

 しかし部屋の中は、もぬけの殻だったのだ。

 

 どこを探してもルルエラの姿が見えない。

 だから声をあげたのである。


 ドタドタと人が集まってくる。

 その中には長男やメイユェの姿もあった。

 

 宰相は既に出仕した後だったのは、幸いだったと言えるかもしれない。

 

 ルルエラが失踪した。

 その事実をもって長男とメイユェは理解したのだ。

 絶対にカラセベド公爵家に行ったと。

 

 その事実に気づいた瞬間、二人の顔から血の気が引いた。

 

 最悪はおじさんの母親とルルエラの二人が、王都で魔法大決戦をし始める未来を描いたからである。

 

「急ぎ、カラセベド公爵家に人を送れ! 私も用意をしてすぐに向かう! くそ、父上め! 肝心なときに!」


「大変! ヴェロニカちゃんを怒らせたらとてもマズいことになるわ!」


 メイユェもおじさんの母親のことは知っている。

 だからわかるのだ。

 彼女からすれば、あれ・・はアンタッチャブルな存在なのだから。

 

 一方でカラセベド公爵家である。

 突然、訪問してきたルルエラに対応したのは母親だった。

 

 おじさんは既に学園に登校した後だ。

 父親も出仕していたので、必然的に母親が対応する。

 

 ルルエラからすれば憧れのヴェロニカ様となる。

 が、既に彼女の興味は母親からおじさんへと移っていた。

 

 なので憧れの人物といえど、ルルエラは落ちついていたと言えるだろう。

 

「突然の訪問をお詫び致します。私はルルエラ=リスタ・ラケーリヌ=ピタルーガ。本日はリー様と面会させていただきたく参りましたの」


 噛まずに挨拶をする。

 きれいな所作であった。

 

「久しぶりねと言っても覚えていないわね。ヴェロニカよ」


 姪っ子を相手に気安い挨拶をする母親だ。

 カラセベド公爵家の賓客用サロンである。

 

 どれもおじさん手製の家具だ。

 見た目は同じように見えても作りがちがう。

 

 ソファに腰を下ろしたルルエラはそこに驚いた。

 実家の物よりも座り心地がいいのだ。

 

「ヴェロニカ様のお話は両親から伺っております」


「どうせ碌な話をしてないんじゃないかしら」


 ホホホと快活に笑う母親である。

 だが、しっかりとルルエラを品定めしているところが怖い。

 

「さて、リーちゃんに会いにきたということなのだけど、いったいどういう意味かしら?」


 母親がカップに口をつけながらルルエラを見た。


「つい先日のことですわ。当家に賊が侵入いたしまして。その時にリー様が対処なされたのです」


 もちろん、おじさんもそのことは両親に報告している。

 なので母親は鷹揚に頷いて、続きを促した。

 

「その手腕の見事さに、私は惚れこんでしまいましたの! ですので是非ともお話を伺いたく思いまして」


 蕩蕩とおじさんについて語るルルエラだ。

 うっとりとした表情になっていることに気づいていない。

 

 その様子を見て、なるほど、と母親は思った。

 この子もまたおじさんに魅了されたのか、と。

 ならば仕方がない。

 

「……そうね。なら学園に行きなさいな。リーちゃんは学生会室に居るはずだから」


「よろしいんですの?」


「ええ。早く行った方がいいわよ、そろそろラケーリヌから人がくるんじゃないかしら」

 

「では突然の訪問、失礼いたしました。このお礼は後ほどさせていただきます」


 母親に頭を下げて、足早に去っていくルルエラだ。

 その後ろ姿を悪い表情になった母親が見つめていた。

 

「これは面白くなってきたわね!」


 その一言に壁際に控えている侍女は思った。

 絶対に引っかき回す気だと。

 

 学生会室でのことである。

 

「ルルエラ先輩!」


 彼女の姿を認めた相談役の三人は叫んでいた。

 キルスティの前の代の会長である。

 三人にとっては馴染みの深い人物なのだから。

 

「あら? あなたたち、久しぶりね」


 ルルエラに近寄って挨拶を交わす相談役たちである。

 

「悪いけど、後でお話をしましょう。今日はリー様にお会いしにきたのですから」


 登場の時点でドン引きしているおじさんだ。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたちも同じである。

 

 ツカツカと無人の野を行くように歩くルルエラだ。

 その道を遮る三人の姿があった。

 

 アルベルタ嬢・イザベラ嬢・ニュクス嬢の三人である。

 おじさん狂信者の会だ。

 

「下がりなさい。私はリー様にお会いしにきたのです」


「はあ? 下がるのはそちらです。部外者は学生会室に立ち入り禁止ですから」


 ルルエラに対して、慇懃無礼な態度をとるアルベルタ嬢だ。

 

「はん! 私はそこのキルスティの前の会長です」


「部外者ということですね」


 イザベラ嬢が加勢する。

 彼女たちは一歩も退く気はないのだ。

 

「お帰りを。先輩方、ご案内さしあげてくださいませんか。ついでに昔話・・に興じてくださってもかまいません」


 ニュクス嬢が鉄壁のガードを見せた。

 ルルエラと狂信者の会との視線が重なる。

 

「ひ、昼ドラだわさ」


 聖女がボソリと呟く。

 

「こんなところで見られるなんて……」


 目をキラキラとさせて様子をうかがう。

 どうにも止めに入るという発想はないらしい。

 

「もう一度だけ言いましょう。下がりなさい。誰の道を遮っているのか、よく考えなさい」


 いらだっているのだろう。

 羽根扇をポンポンと手に叩きつけるルルエラだ。


 その姿を見た相談役たちの顔が引き攣った。

 あれはマズい。

 以前の学生会に所属していた者なら、誰でも知っている。

 

 ルルエラのクセだ。

 

 あのクセがでたときは、本気でイライラしているのだ。

 

「同じ言葉をそっくりお返ししますわ。リー様の側に危険な人物を近づけるわけには参りませんのよ」

 

 アルベルタ嬢を筆頭に、おほほほ、と哄笑する三人だ。

 息がピッタリである。

 

 ルルエラ相手に真っ向からケンカを売る後輩たちだ。

 相談役の三人は思った。

 

 こいつら正気か、と。

 

「……」


 ルルエラから表情が抜け落ちた。

 無言で、すぅと右腕を水平に伸ばす。

 

 聖女が固唾を呑み、拳を握っている。

 どう見ても止めに入る気はない。

 

 狂信者の会も無言だ。

 だが、後ろ手に魔法を発動する準備をしている。

 

 どちらも退く気はない。

 ならば……。

 

 ルルエラが指を弾こうとして、手の形を変えた瞬間である。

 

「まったく! 揉めごとを起こされては困りますわ!」


 おじさんであった。

 そのアクアブルーの瞳がルルエラを射貫く。

 

「リーしゃま……」


 ぽうと頬を染めるルルエラである。

 

「アリィ、イザベラ、ニュクス!」


 名前を呼ばれた三人は、おじさんの意を汲む。

 魔法の発動準備を解除したのだ。

 

「ルルエラ様、御足労いただいたことには感謝致しますわ。ですが、わたくしたちにはやることがございますの。なので本日はお引き取りを」


 おじさんが正論を告げた。

 邪魔だから帰れということだ。

 

「そんな!」


 絶望に染まるルルエラだ。

 その表情を見て、ニヤリとする狂信者の会であった。


「後日、きちんと場を作るとお約束しますわ!」


 だが、おじさんの台詞に狂信者の会の表情が固まった。

 

「……承知しました。では、その日を楽しみにしておりますわ」


 ガクンと肩を落としたルルエラだ。

 

「せっかくいらしたのです。そちらでお茶でも飲んでいかれてはどうですか? 相談役の御三方とは馴染みのようですから、饗応していただけますか」


 おじさんの言葉に無言で頷く三人の先輩たちだ。

 ルルエラを引っぱるようにして、パーティションの奥の席へとむかう。

 

 ふぅとひと息つくおじさんだ。

 そこへ聖女が近づいてきた。

 

「リー、あそこはこうよ! やめて、私のために争わないでってやらないと」


 昼ドラが好きな聖女は、どうやらダメ出しをしたかったようだ。

 

 おじさんは思った。

 それは古くないか、と。

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