第554話 おじさん薔薇乙女十字団の支えを取り払う
一夜明けた翌日のことである。
今日も今日とて、学生会室は重い空気が漂っていた。
飲食店をどうするのか。
この問題を解決するための方法を、皆が考えていた。
いくら大人びていたとしても年代でいえば中学生なのだ。
それも貴族という立場である。
本来なら料理をするということもしないのだ。
急に店舗を自分たちの手で作って運営しろという方が無理な話である。
中止にするのならしてもかまわないとおじさんは考える。
いい案が浮かばないのなら仕方がない。
反面でここで経験を積むのも選択肢のひとつである。
明日は無理だとしても、準決勝が終わればまた一日の休みがあるのだ。
そこで準備をして、最終日のみ営業してもいい。
おじさんとしては、どちらでもよいのだ。
ただ、皆と楽しい思い出を作りたいだけである。
前世ではできなかった人生を取り戻している。
その自覚はおじさんにもあった。
だから、おじさんは労を厭わないのである。
そろそろ頃合いかとみたおじさんが口を開いた。
「では、わたくしから提案しましょう。そもそもはエーリカの希望で物販をするのが目的でした。しかし
おさらいするかのように、おじさんが話す。
「そこで商品を売るお店ではなく、軽食を提供するお店を出そうというのが事の発端でしたわね。ですが、飲食店をだすとしても問題がある」
ぐるり、と周囲を見るおじさんだ。
今日は相談役の三人も会議に参加している。
「で、ここで提案ですわ。話を当初の物販に戻しませんか? ロゴというのが難しいのなら、
おじさんの提案に目を丸くする学生会の皆である。
貴族にとって紋章とは大事なものだ。
その紋章を商品に入れる……。
おじさんも紋章の重要さは理解している。
しかし飲食店よりはハードルが低いと思ったのだ。
Tシャツくらいなら、おじさんが用意できる。
あとは錬成魔法を使うなり、なんなりで商品ができあがるのだ。
「リー様の仰ることは理解できます。ですが紋章は……」
アルベルタ嬢である。
おじさんも気持ちは理解できるので、ニコリと微笑む。
「わかっています。では、第二案ですわ。軽食を提供するとしても各自で店舗を運営する形ではなく、学生会で共同して運営するとしましょう」
いわゆるドアインザフェイスだ。
要するに細かいところは、おじさんに任せろという話だ。
食材やら人材などの手配などすべて肩代わりする。
それでいいじゃないか。
ここで経験を積んでおいて、来年からは自分たちでやることを増やしていく方法だ。
ただ彼女たちが拒んでいたのは、おじさんの負担が増えるからという理由も大きいのだ。
できれば、おじさんに楽しんでもらいたい。
そのために負担をなるべくかけたくないのだ。
負担をかけて当然だという考えの者はいない。
強いて言うのなら、ケルシーや聖女くらいのものだろう。
だがこの二人とて悪意からではないのだ。
おじさんに対して遠慮しすぎるのは良くないと思うから、敢えてそうしている部分もある……はずである……たぶん……きっと……。
「ですが……」
口ごもるアルベルタ嬢だ。
ニュクス嬢やイザベラ嬢といった狂信者の面々も渋面を作ってしまう。
「かまいません。これから経験を積んでいけばいいのです。そうして少しずつやれることを増やしていく。最終的にはわたくしがいなくても運営できるようになればいいのですわ」
おじさんが慈母のような笑みを見せた。
その笑みにほわぁとなる学生会の面々である。
「ですから今回は共同運営という形にしませんか?」
おじさんの言葉に学生会全員が首肯した。
これで決まりだ。
「では、提供する軽食を決めていきましょう!」
パンと手を叩いて空気を変えるおじさんだ。
こういうときこそ蛮族の出番である。
ちらりと聖女を見るおじさんだ。
だが、視線を送るよりも蛮族たちの動きは速かった。
「ハイハイハイ!」
聖女とケルシーの二人が手を挙げたのだ。
「たこ焼きがいいと思うわ!」
聖女である。
「うなぎ! うなぎは絶対!」
ケルシーだ。
「ケルシー、軽食という括りなのです。うなぎはちょっと厳しいのです」
パトリーシア嬢ものってくる。
「じゃあパティはなにがいいのよ」
ケルシーがパトリーシア嬢に返した。
「リー様のお家で用意していただけるのなら、サバサンドがいいのです!」
「あら、それなら角煮サンドも外せないわよ!」
アルベルタ嬢も顔を明るくさせている。
それをきっかけに、わいわいがやがやと話が始まる。
にんまりとするおじさんだ。
皆はこうして前を向いているのがいい。
笑顔の花があちこちに咲く。
「リーさん、ちょっといい?」
事の成り行きを見守っていたキルスティだ。
「もし、そちらで不足するようなら声をかけてね。うちも協力させてもらうから」
彼女はさすがに実務経験も積んでいるだけはある。
こそっとおじさんの手助けをしてくれるつもりなのだろう。
それを断るおじさんではない。
「よろしくお願いいたしますわ。キルスティ先輩、ヴィル先輩もシャル先輩も頼らせていただきますので」
その言葉に笑顔で頷く相談役の三人である。
おじさんも三人に対して微笑むのであった。
頼りになる先輩たちだ、と。
「どら焼きよ! どら焼き!」
そこにケルシーの声が飛んでくる。
「ふふふ……あーたち、なんか忘れてない?」
聖女がぐるりと周囲を見渡しながら言った。
「カレーよ! リーのお家の最高傑作であるカレー様!」
「エーリカが食べたいだけなのです!」
パトリーシア嬢の鋭いツッコミに頷く面々だ。
「バッ……自分が食べたくないものを売るなんて冒涜よ!」
「そこまでは言ってないのです!」
二人のやりとりで笑いが起きる。
「クワトロフォルマッジのピザもありますわよ?」
おじさんもここで参戦した。
自慢のピザである。
「忘れてたー! あれ、めっちゃ美味しいのに!」
聖女が頭を抱える。
魅力的な食べ物が多すぎるのだ。
「わ、私は! 以前いただいたヨーグルトの飲み物がいいかと思います!」
キルスティも控えめながら参戦してきた。
今度は食べ物ではなく飲み物である。
おじさんが夏頃に提供していたものだ。
炭酸水でヨーグルトを割った飲み物である。
「それもありよね!」
聖女がキルスティの提案にのった。
「あの……会長」
ヴィルが控えめに声をかけてきた。
「いったいいくらで販売する気なのです? 恐らくですが会長の家で食べられている食事は、食材も最高級のものが使われていると思いますので……販売するとなると庶民では手が出ないのでは?」
もちろん、おじさんはしっかり考えていた。
「べつに儲けがでなくても構わないのですわ。むしろ損がでてもいいのです。お祭りなのですから、賑々しくまいりましょう」
おじさんの真意を知って、ヴィルは自然と頭を下げていた。
なるほど、と思わされたからだ。
庶民たちもこれは喜ぶはずである。
学園のイベントでありながらも、民たちの心を慰撫することまで目的としているのだ。
その慧眼に感服したヴィルであった。
「リー様ああ! こちらにいらっしゃると伺いましたので、参りましたわ! この鼓動、この思いをお伝えしとうございます!」
学生会室のドアが開くと同時に声が響く。
「ルルエラ先輩!」
その姿を見た相談役の三人は揃って声をあげるのであった。
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