第553話 おじさん令嬢たちのことを改めて気づく


 学園長から言質を取ったおじさんが学生会室に戻ってくる。

 闘技場ダンジョンではちょっとしたミスをした。

 まぁそういうこともある、とおじさんは開き直ったのだ。

 

 そんなおじさんが帰還したことで、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたちの目がむく。


 許可はどうなったという視線である。

 もちろん、おじさんはニコッと微笑んで応えた。

 

「ばっちり許可をとってきましたわ!」


 おじさんの声に歓声があがった。

 ハイタッチをして喜ぶ聖女とケルシーだ。

 

「で、アリィ。どの程度の数になりそうですの?」


「はい。先輩たちはまだお話をされているので聞いておりませんが、全員が店舗をだしてみたいと考えております」


「準備は間に合いますの?」


 問題はそこだ。

 中一日しかないのである。

 屋台形式と言えど、食材と店員の用意をする必要があるのだ。

 

 学生会は演奏も任されているのだから。

 本人が屋台に立つというのは難しい。

 

 屋台を広げる場所を確保するのは、おじさんができる。

 屋台の用意をしてもいいだろう。

 だが、それ以外については各自で用意してもらう必要がある。

 

「それなのですが……正直なところ何を用意すればいいのか、私たちではよくわかっていませんの」


 決まりの悪い顔になってしまうアルベルタ嬢だ。

 おじさんからすれば仕方ないと思う。

 だって、店をだすなんてことを考えたこともないだろうから。

 

 それが貴族の令嬢ってものである。

 やるのは店をだしなさいと指示するだけでいいのだ。

 後は使用人たちがやってくれるのだから。

 

「承知しました。屋台をだす場所と屋台そのものなら、わたくしが用意いたしましょう。魔法を使えばさほどの負担ではありませんからね」


 おじさんの言葉に頷く面々である。

 

「ただ何を提供するのか、また提供する料理によって用意する食材が異なってきますからね。他にも屋台を任せる人材も必要になりますし、場合によっては出入りの商家とも話を……」


 ここまで話をして、おじさんは気づいた。

 皆の顔が絶望に染まっているのを。

 恐らくはそこまで考えていなかったのだろう。

 

 ある意味で微笑ましい。

 令嬢といっても、まだまだ若いのだ。

 これから経験をひとつずつ積んでいけばいい。

 

 いや、ちょっと待ってほしい。

 聖女なら、このくらいのことはわかるのではないだろうか。


 おじさんは聖女の姿を探す。

 ――四つんばいになってうなだれている。


 どうやら聖女もよくわかっていなかったらしい。

 

 さて、とおじさんは考えを切り替える。

 このままだと屋台すら出すのが難しいだろう。

 ならば、どうするのか。

 

「ひとつ、提案をいたしましょう」


 おじさんの言葉に目を輝かせる令嬢たち。

 その視線をうけて、おじさんはおじさんらしく鷹揚に微笑んだ。


「では、皆が提供したいと考える料理のレシピを提出してくださいな。あとはわたくしの方で手配しておきましょう」


 わっと声をあげる薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたち。

 ただし、それも一瞬だけだった。

 

「レシピってどうやって書きますの?」


「わかりませんわ!」


 誰が言ったのか。

 その言葉に深く頷く令嬢たちだ。

 

 おじさん以外なら、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの料理番であるジャニーヌ嬢のみだ。

 レシピの点で頷いていたのは。

 

「……これは難しいですわね」


 おじさんも苦笑せざるを得なかった。

 前世と同じように考えてはいけない。

 

 ここは異世界であり、目の前にいるのは貴族の令嬢なのだから。

 おじさんが特別なだけである。

 

 まぁ聖女については……おじさんもなんとも言えないのだった。

 

 一方でラケーリヌ家内の空気は最悪だった。

 母と娘が大げんかをしたからである。

 

 長男は完全に空気になっていた。

 父の教えをしっかりと守った結果である。

 

 そこに宰相が帰宅してきた。

 サロンの中には長男しかいない。

 

 顔を合わせるとケンカになるのはわかっている。

 だからメイユェとルルエラの二人は私室にこもっていた。

 

「……あの二人はまだケンカ中かな?」


 宰相が長男に声をかける。

 

「父上……私は今日ほど父上の手腕を見事だと思ったことはありませんよ」


 皮肉だ。

 それも理解した上で宰相は笑った。


「時間がね、解決してくれる問題もあるのだよ。覚えておきなさい」


「いい勉強になりましたよ。しかし父上、どうなさるおつもりなのです?」


 長男が聞く。

 今なら男同士で腹を割った話ができると考えたからだ。

 

「さて、どうしたものかねぇ。王国史を紐解くと、同性を囲っていたという例は珍しくない。うちのご先祖様にもそういう方はいらっしゃった。ただし、それはきちんと子をなしてからだ」


 その話は長男も知っている。

 最近では行われることは少ないが、歴史的に見ればさほど珍しいということでもないのだ。


「……なるほど。子をなした後であれば、ルルエラの好きにさせてもいいということですか」


 それが宰相の結論からと長男は判断した。


「ただねぇ……公爵家の娘が同じ公爵家の娘を囲った例なんてないんだよね。そもそもああいうのは身分差がある場合がほとんどだから……」


 宰相が言いながら俯き、肩を落とす。


「確かに公爵家同士ともなると……問題はありますか」


 長男の表情にも暗い影が差した。


「まぁ王家も含めて、我が王国の公爵家とは血のつながりもあるからね。特に問題がないと言えば……ないのかもしれないけど。正直なところ、落としどころも見えないよ」


 ハハハと乾いた笑いを漏らす宰相であった。

 その笑いの意味がよく理解できる長男だ。

 

 最も避けたいのは、この話をきっかけにしてラケーリヌ家とカラセベド公爵家の間に亀裂が入ることだろう。

 もともとおじさんは王太子の婚約者でもあった。

 

 それが色々とあって、婚約破棄をされて今に至る。

 長男も経緯は理解しているので、そこにツッコむ気はない。

 

 ただカラセベド公爵家が、現在どう考えているのかだ。

 どこの誰と娘を結婚させるのか。

 それは多くの貴族にとって重大な問題だ。

 

 いかにおじさんの母親がラケーリヌ家出身だとしても、だ。

 ルルエラと結婚させてくれ、と言えるものだろうか。

 

 下手をしたら激怒される。

 特にカラセベド公爵家の当主、外務卿は娘を溺愛していることでも有名だ。

 

 王宮魔法薬師の筆頭が娘と立ち話をしていただけで抜剣しただのなんだの、という噂もあったほどである。


「……言えないわなぁ」


 独りごちる長男だ。

 一方でルルエラのことに目をむけてみる。

 

 ルルエラは幼い頃から少し変わっていた。

 父も母もルルエラに才能がなければ、もっと令嬢としての教育を施しただろう。

 

 だが、幸か不幸かルルエラには才能があった。

 ヴェロニカ様ほどではないにしても、公爵家の中でも特別な才能だと言えるだろう。

 

 その才能故に偏った教育を受けてきたとも言える。

 それは貴族として間違ったことではない。

 

 いつ大型や超大型の魔物が現れるのかわからないのだ。

 そのときのことを考えれば、戦力は多い方がいいのだから。

 

 ある意味で令嬢という枠に収まらないのは理解できる。

 

 だからと言って――。

 

「言うこときかないもんなぁ」


 長男は深く息とともに呟く。

 父である宰相も同じく重い息を吐いていた。

 

「とりあえず時間が解決してくれるのを待つしかないか」


 それはとても消極的であり、可能性が低い選択肢だ。

 だが、それ以外に今はいい方法が思いつかない宰相である。

 

 長男もまた宰相の言葉の重みを理解していた。

 だって妹であるルルエラの性格はよく知っているのだから。

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