第552話 おじさん飲食店の許可を得る


 闘技場ダンジョンに転移したおじさんである。

 学園長は酒盛りをしていると思いきや、身体を動かしていた。

 

 学園長は一番舞台で戦っている。

 自慢の愛槍を両手で掲げ、ミノタウロスの斧を受けとめているところだった。

 

「あら?」


 声をだすおじさんの隣に建国王が立つ。

 

「身体を動かしたくなったのじゃろう」


「それで一番舞台なのですか?」


「あそこは頭を使わんでいいからな」


 学園長の振るう槍とミノタウロスの斧が交差する。

 何度も、何度も甲高い金属音が闘技場内に響く。

 

 学園長は声をださずに笑っていた。

 獰猛な獣のように。

 

「いいぞ! もっとじゃ! もっとこい!」


 完全に脳筋の台詞であった。

 その気になれば、すぐにでも勝負を終わらせられるだろう。

 

 だが、そうはしない。

 自分の中のモヤモヤを吹っ切るように、身体を動かす学園長なのであった。

 

「しばらくかかりそうですわね。お茶でもしましょう」


 そう言って、おじさんはその場にテーブルと椅子をだし、お茶のセットを用意するのであった。

 

 しらばく建国王と他愛のない話をする。

 話題の中心は対校戦であった。

 

 建国王の時代には対校戦はなかったらしい。

 それもそうかと思うおじさんだ。

 

 国の黎明期には、そのようなお祭りに興じる余裕もなかっただろう。

 他にもやることは山積みなのだから。

 

「ふふ……我が国の未来を担う若者たちが切磋琢磨する。いいではないか」


 実に嬉しそうな表情を作る建国王だ。

 国を作った者としては、次代の若者が育っていくのは頼もしいことなのだろう。

 

 その筆頭が目の前にいるおじさんだ。

 

「リー! 戻っておったのか!」


 戦いを終えたのだろう。

 学園長がおじさんに声をかけてきた。

 

「学園長もお飲みになりますか?」


 答えは聞くまでもない。

 おじさんは魔法で冷やしたお茶をだす。

 受けとり、一気に飲み干す学園長であった。

 

「対校戦は終わったんかの?」


「無事に終わりましたわ。結果は王立学園、王領冒険者選抜、カラセベド公爵家領、サムディオ公爵家領の冒険者選抜がそれぞれ勝ち上がりました」


「……ふむ。やはり冒険者選抜は強いのう」


「学園長の閉会の一言はゴージツ先生に代わっていただきましたのでご心配なく」


 おじさんの言葉に、あ! と声をあげる学園長であった。

 どうやら完全に忘れていたらしい。

 

 コホンと咳払いをして、学園長が口を開いた。

 

「で、何の話をしにきたのじゃ? ワシのことを迎えにきただけではあるまい?」


「さすが話が早いですわね。わたくし、闘技場の外に飲食店を出そうかと思っていますの」


「なぬ! それはまた面白そうな!」


「飲食店といっても本格的なものではありませんわ。屋台を使ってその場で食べられるようなものを提供したいのです」


「……庶民街にあるようなあれか」


 学園長は知っていたようだ。

 建国王はよくわかっていなさそうな表情をしている。

 

「よかろう。準備は明日行なうのじゃな」


「ええ。こちらで責任をもって行います。次年度からは他の生徒にも告知しても面白いかもしれませんわね」


「うむうむ。では、許可をだそう……が、ひとつだけ条件がある」


 学園長がおじさんを見た。

 

「リーや、ワシと手合わせをして勝てば許可をだそう」


「うさんくさいですわね」


 思ったことを口にしたおじさんである。

 そんなことを条件にだしてどうするというのだ。


「かかか、いいではないか。リー少し手合わせをしてやればいい」


 建国王である。

 その言葉に不承不承頷くおじさんであった。

 

 五番舞台にあがるおじさんと学園長である。

 お互いに魔法はなし、武器もなし。

 純粋な体術での勝負だ。

 

 学園長は槍術を元にした体術を使う。

 だが、おじさんの体術には及ばなかった。

 

「在ると思えばなく、ないと思えば在る……」


 学園長はおじさんに触れることすらできない。

 完全に翻弄されていたのである。


「幽玄とでも称しましょうか」


 おじさんが笑った。

 爽やかな笑いである。

 

 同時に学園長の腹におじさんの掌が添えられていた。

 ドンと舞台にヒビが入るほどの踏みこみ。

 瞬間的に学園長の腹部に、とてつもない衝撃が走る。

 

「見事!」


 建国王の言葉とともに学園長が舞台の外に転移した。


「リー、また腕を上げておるな」


「学園長のお陰ですわ。基本に立ち戻ることの重要性、しかと心に刻んでおります」


 きれいなカーテシーを見せるおじさんだ。

 

「リー、先ほどの歩法を教えてくれんか? それと引き換えに許可をだそう」


「話が変わっておりますわ、学園長」


「いいではないか」


 バツの悪そうな顔をする学園長に、ニィと笑みをこぼすおじさんだ。

 ちょっと意地悪をしただけである。

 

 パチン、とおじさんが指を鳴らす。

 

 すると五番闘技場の上に、おじさんの足跡がうかびあがってくる。

 足跡には順番までついているのだから、わかりやすい。

 

「それが基本となる歩法ですわね!」

 

「ありがたい! リー、飲食店の件は好きにせよ」


 学園長は忘れている。

 おじさんに空手形を与えてはいけないことを。

 だが、今はそれどころではなかったのだ。

 

 喜び勇んで五番舞台にあがる学園長である。

 

 そこに結界が展開され、ランニコールが召喚された。

 

「リー! これじゃ歩法を学べんではないか!」


「お、おほほほ……」


 再度、おじさんは指を鳴らす。

 舞台の外に同じ足跡を浮かび上がらせておく。

 

「わたくし学園に戻りますから!」


「りーいいいいい!」


 学園長の声が闘技場ダンジョンにこだまするのであった。


 一方で王宮にある王妃の私室である。

 ロココ調の家具で統一された豪奢な部屋だ。

 

「ちょっと! あなた!」


 ぶふーとお茶を吹いた国王を咎める王妃だ。

 

「けほっけほ」


 国王がスマンと手をあげる。

 壁際に控えていたオーヴェが、ささっと後かたづけをした。

 で、落ちついたところで宰相は再び言う。

 

「ルルエラがリーちゃんに結婚を申しこみたい、と」


「なぜ、あの子がそんなことを言いだしたのかしら。お兄様、心当たりはありますの?」


 王妃は宰相に言葉をかける。

 国王はもう白目をむきそうな勢いだ。

 

「先ほど陛下に報告したんだけどね……」


 宰相はあらましを説明する。

 ラケーリヌ家に賊が侵入したこと、それを退治するのにおじさんが関わっていたことをだ。

 

「それは仕方ないわねぇ……」


「仕方ないって……」


「だってリーちゃん、格好いいもの!」


「う……」


 言葉につまる宰相だ。

 

「それにルルエラの言うこともわかるわ。リーちゃん以上の男性なんて、どこに居るのよ?」


 王妃からすれば、だ。

 おじさんは規格外である。

 それも超が何個かつくかわからない。

 

 だって、あの妹よりも上なのだから。

 凡人に図れという方が無理である。

 

 そんな人間がホイホイいるわけがないのだ。

 だから、ルルエラの言葉も理解できる。

 

 一方で宰相としては確かめたいことがあった。

 王妃はルルエラ派なのかである。

 

「ってことは……アヴリルは賛成派なのかい?」


「賛成もなにもないわよ。ルルエラの言うこともわかるってだけですわ、お兄様」


「では、どうすればいい?」


 真剣な表情で聞く宰相だ。


「さぁ? 私に言えることは、リーちゃん以上の人を連れてくるのは不可能だってことよ。それでルルエラが納得するかどうかはお兄様やメイユェ姉さま次第じゃないの?」


 王妃に正論を返されて、宰相は再び頭を抱えることになったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る