第551話 おじさん物販の対案をだす


 学生会室である。

 学園長がいなくてもつつがなく、対校戦の二日目が終わった。

 むしろ、あっさり終わったと言えるかもしれない。

 

 明日は一日の休みが挟まれる。

 対校戦では怪我をする者もいるためだ。

 加えて対戦相手との戦術を構築する時間でもある。

 

 ただし、おじさんたちにとっては休みではない。

 なにせ明日も学生会は学園に出席するためである。


 ひとつは聖女がごり押しした物販についてだ。

 おじさんが手をだすなら、どうとでもできる。

 が、さすがに学園の物販となると、どこまで手をだしていいのかわからない。

 

 ちなみに薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのロゴ問題も解決していないのだから、前に進んでいないのだ。

 

 今ひとつは明後日の対校戦の出場者を選抜する時間でもある。

 ただしアルベルタ嬢が言ったように、おじさんとしても相談役の三人に任せていいと思っているのだ。

 

「さて、皆さん。今日はおつかれさまでした」


 おじさんが代表して皆に頭を下げる。

“おつかれさまでした”と返ってきて、おじさんは顔をあげた。


「プロセルピナはよくやりました。薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの実力を見せつけてくれたと思いますわ。上デキです」


 プロセルピナ嬢は、よほど嬉しかったのだろう。

 涙を流している。

 幼なじみのニネット嬢も、ハンカチで目尻を拭っていた。

 

「明後日の対校戦の出場選手ですが、わたくしは相談役の御三人に任せようと思っています。残りの二人はお飾りになってしまいますが、意見のある人はどうぞ発言してくださいな」

 

 おじさんの言葉に相談役の三人が固まった。

 対戦相手は王領の冒険者選抜だ。

 

 ある意味では因縁のある相手だとも言えるだろう。

 同じ王都からの選抜なのだから。

 ちなみにここ数年は負けっぱなしである。

 

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのメンバーから異論はないようだ。

 口やかましい聖女とケルシーも黙って頷いている。

 

「異論はないようですわね。では決定といたしましょう。明後日の大将と副将はわたくしとアリィで務めます。お飾りなのですから、戦う気はありません」


「順番が回ってきたらどうするのです?」


 パトリーシア嬢が疑問を口にした。

 

「そのときは棄権します。わたくしもアリィも」


 ふつうに考えれば、とんでもない重圧だろう。

 だが、おじさんは確信していたのだ。

 今日の王領冒険者選抜の試合を見て、相談役の三人ならなんの問題もないと。

 

「それって……オレたち三人で五人抜きをしろってことでいいんだよな!」


 シャルワールが身を震わせている。

 やる気は十分といったところだろう。

 

「もちろんです。お頼みしますわ!」


「いよっしゃあああ! 会長、任せてといてくれよ!」


 色々とたまっていたのだろう。

 聖女に置物扱いされたり、されなかったり。

 

「仕方ありませんね」


 言いながら、ヴィルの顔も紅潮している。

 やはり対校戦の出場者に選ばれたからには戦いたいのだ。

 

「会長、申し訳ありませんが私たち三人で打ち合わせをしてもよろしいですか?」


「かまいません。存分にどうぞ」


 ヴィルが礼法に則った姿勢をとった。


「キルスティ、シャル、あちらへ」


 無言で席を立つ二人だ。

 相談役の三人はパーティションのむこうで打ち合わせをするようであった。

 

 三人の背中を見送った後で、おじさんが口を開く。

 

「エーリカ、物販をどうしてもやりたいのですか?」


 そうなのだ。

 正直なところ物販をしている余裕があるのかという話だ。

 おじさんたちは演奏もある。


「やりたい! っていうかやる!」


 元気のいい声が学生会室に響く。

 

「でも、なにも決まってないじゃない?」


 アルベルタ嬢だ。

 その正論に噛みつくのが聖女である。


「あんたたちがワガママ言うからでしょうが! ドクロは嫌とか、とげとげはダメとか! ヘビは気持ち悪いとか!」


「だってそうでしょう! なぜエーリカはドクロを入れたがるのかわかりません」


「かっこいいからでしょうが!」


 きいいとなっている聖女だ。

 対するアルベルタ嬢も頬を赤くさせている。

 

 ちなみに聖女のデザインは半数ほど支持を得ているのだ。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツもお年頃、そういうのが好きなメンバーもいるのである。

 

「アリィ、対案のデザインはどうなっていますの?」


 割って入ったのがニュクス嬢だ。

 おじさん狂信者の一人である。

 今回のデザイン案、聖女派なのだ。

 

「うっ……まだできていませんわ」


「早く持ってきなさいな、それがないと話にならないですわ」


 そうだーそうだーとケルシーものった。

 ケルシーも聖女派なのだ。

 

「はいはい。そこまでですわ」


 おじさんが手を叩きながら言った。

 いつもこの話題になると収拾がつかなくなる。

 なので、おじさんが頃合いを見てとめるのだ。

 

「エーリカ、わたくしから提案がありますの」


「ほう! 聞こうじゃないの!」


 ないのーとケルシーが後乗りしてくる。

 

「今回は物販ですが、飲食店にしませんか?」


「その発想はなかったー!」


 聖女が頭を抱える大げさなリアクションをする。

 

 おじさんとしては発想の元が野球場なのだ。

 なので物販がダメなのなら飲食店で攻めていきたい。

 

「闘技場に売り子をだすのは難しいでしょう。ですが闘技場の外に屋台風の飲食店をだすくらいなら大丈夫ではないですか?」


 おじさんの前世なら保健所をとおす必要がある。

 だが、ここには保健所なんてものはない。

 学園長から了承をもらえばいいのだ。

 

「なるほど。フェスなんかだと飲食店はあって当たり前。むしろないといけないもの……やるわね! リー!」


 聖女がビッと親指を立てる。

 おじさんも微笑みながらサムズアップだ。

 

 ちなみに屋台風の飲食店は庶民の間では知られている。

 というか王都の庶民街には屋台横町もあるほどだ。

 

「リー様!」


 ニネット嬢が挙手をする。

 

「私、やってみたいです!」


 その隣でプロセルピナ嬢が頷いている。

 この二人は王都の出身だ。

 庶民街の屋台にも馴染みがあるのだろう。

 

「いいわね! ニネットのとこのパン屋さんがちょうどいいじゃない」


 聖女の提案にニネット嬢も頷く。

 同じことを考えていたのだろう。


 彼女の実家は法衣貴族だ。

 後を継げなかった者たちの多くが王都で暮らしている。

 その中にパン屋を営んでいる者がいるのだ。

 

「そういうことなら私もやりたいです!」


 ジャニーヌ嬢が我もと手を挙げた。

 彼女は薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの料理番だ。

 おじさんに次ぐ料理人だと言えるだろう。

 

「ジャニーヌ! どんどんやったんさい!」


 聖女が腕組みをしてウンウンと頷いている。

 

「リー様、飲食店をするのはいいのですが……」


 セロシエ嬢だ。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの参謀だ。


「問題ありませんわ! 許可のひとつやふたつ、わたくしに任せておいてくださいな!」


 おじさんには勝算があったのだ。

 学園長はお祭り好きだし、どうとでもなる、と。

 

「さすがリー様!」


 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツから声があがった。

 

 おじさんにとって学園長は気安く付きあえる人物だ。

 だが、彼女たちにとってはちがう。

 学園長の威光はまだ錆びついていないのだ。

 

「では、アリィ。意見を取りまとめてくださいな。わたくしは学園長から許可をもらってきます」


 そう言って、闘技場ダンジョンへ転移するおじさんであった。

 

 一方で宰相である。

 母と娘の言い合いの場から、そそくさと逃げだしたのだ。

 そのままサロンに戻ることなく、家をでた。

 

 さて、どうするべきか。

 相談できる相手となれば……何人かの顔がうかんでくる。

 

 家の問題なのだ。

 相談するにしても相手が限られてしまう。

 

 ヴェロニカにはまだ黙っておく方がいいだろう。

 どういう反応をするのか読めないからだ。

 

 となれば……アヴリル。

 王妃が第一候補になってくるか。

 その前に陛下にも伝えておく方がいいだろう。

 

 そう判断して宰相は王城へと馬車を走らせるのであった。

 

「かははは! そうか、そうか!」


 国王の執務室である。

 賊を退治したという報告からあげる宰相だ。

 

「王国を舐めた輩に鉄槌がくだったか!」


 上機嫌の国王だ。

 まだ蠢動する輩はいるのだ。

 だが、そのことは頭に入っていない。

 

「陛下、それとひとつ問題が起こりまして。よければアヴリルも交えて話ができませんか?」


「うむ。それは構わんが……アヴリルもとなれば家のことか」


「ご賢察のとおりです。うちのルルエラのことで」


 ならば、と王妃のいる王宮へと足をむける二人だった。

 

 王妃の部屋はおじさんの作ったロココ調の家具で占められている。

 かなりお気に入りのようだ。

 

「あら、お兄様に陛下。どうかなされましたか?」


 王妃付きの侍女であるオーヴェが控えている。

 王妃のお腹も大きくなってきているためだ。

 

「いやあ、アヴリル。体調はどうだい?」


 宰相が席につきながら話す。

 

「問題ありませんわ。そこのオーヴェが口うるさいくらいですから!」


 宰相もオーヴェのことは知っている。

 なにせラケーリヌ家から付いていったのだから。

 苦笑を漏らす、王妃以外の三人である。

 

「いや、実はね。うちのルルエラのことなんだけど」


 興味津々といった表情の王妃。

 対して、国王はお茶をゆっくりと含んでいる。

 

「リーちゃんと結婚したいって言いだしたんだよ!」


 宰相の言葉にぶふーとお茶をふく国王であった。

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