第550話 おじさん色々と後始末をして対校戦二日目を終える
ウドゥナチャが学生会室から姿を消した。
ぽつん、と残されたおじさんも席を立つ。
今のところ指示すべきことはした。
追加で指示の必要があれば、シンシャを通してすぐに連絡ができる。
そろそろ学園の闘技場に戻った方がよいか、と思ったのだ。
短距離転移を使って学舎の外へ。
そこからは徒歩だ。
少しだけ歩きたくなったのである。
おじさんが歩いていると、闘技場から歓声が聞こえてくる。
かなり盛り上がっているようだ。
ひょっとすると試合が決着したのかもしれない。
なら転移をした方がいいかと考え直すおじさんだ。
裏口から姿を見せる。
すぐにアルベルタ嬢が気づいた。
「リー様、おかえりなさいませ」
「その様子だとなにもなかったようですわね」
ホッと胸をなでおろすおじさんだ。
多少は飲酒をしているとはいえ、両親がこの場に揃っているのだから万が一という可能性は低い。
それでも何事もないのがいちばんなのだ。
「ええ。ちょうど先ほど試合が終わったところですわ。予想どおり冒険者選抜の四組が勝ち上がりました」
サムディオ公爵家領の選抜組のことだ。
これで対校戦の一回戦はすべて終わったことになる。
スケジュールとしては一日休みをはさんで準決勝、さらに一日はさんで決勝戦が行われる予定だ。
準決勝の組み合わせは、おじさんたち王立学園と王領の冒険者選抜が第一試合になる。
第二試合はカラセベド公爵家領とサムディオ公爵家領の冒険者選抜だ。
結果だけを見れば、冒険者選抜が圧倒的だ。
貴族学園で残っているのは、おじさんたちだけである。
「まぁ予定どおりといったところでしょうか。次の試合のメンバーを決めないといけませんわね。今回はプロセルピナに任せてしまいましたから、出場の機会がありませんと」
「そうですわね。私としては先輩方の機会を増やしておきたいところですわ。最後の年ですから」
アルベルタ嬢の言うことももっともである。
なにせ相談役の三人も、しっかりと実力をつけているのだからお披露目の機会がほしいだろう。
「承知しました。この後は……」
と、スケジュールを思いだすおじさんだ。
「学園長の御言葉をいただいて解散ですわね。我ら
アルベルタ嬢の提案に頷くおじさんだ。
同時に学園長のことを思いだす。
あの酔っ払い具合で大丈夫か、と。
「ええ、それで構いません。アリィに任せていいですか?」
「もちろんです」
「すぐに戻りますが、いったん席を外しますわね」
行ったりきたりと忙しいおじさんだ。
ただ自分がやったことなので仕方ない。
とりあえずゴージツのいる場所へ転移するおじさんだ。
貴賓席とは別に設けられている、学園や冒険者選抜専用の関係者席である。
「ゴージツ先生!」
「リーちゃん! 今日の演奏もよかったねぇ」
途端にデレデレになるゴージツだ。
「あの……学園長のことなのですが」
「うんうん。ウナイのヤツの姿が見えんのじゃが、リーちゃんは知っているのかな?」
「……はい。今は挨拶ができる状態ではないか、と。かなり酔っ払っておられたので」
「あのアホウが……!」
「ですので、ゴージツ先生に代理を務めていただきたく存知ますわ!」
おじさんがゴージツを見つめる。
怒りに燃えるゴージツだが、おじさんには弱い。
こうかはばつぐんだ。
「……他ならぬリーちゃんの頼みとあれば、このゴージツ、ウナイのアホの代理を務めよう!」
「ありがとうございますわ。では、お任せしますわね!」
ニコッと微笑んでから姿を消すおじさんであった。
おじさんが次に移動したのは女神の空間である。
キルスティと聖女、ケルシーの三人を放りこんでおいたのだ。
そのことをすっかり忘れていたのである。
先ほどアルベルタ嬢と話をしていなければ気づかなかっただろう。
「キルスティせんぱ……」
女神の空間に転移したおじさんは言葉を詰まらせる。
なぜなら、キルスティと聖女、ケルシーの三人が取っ組み合いをしていたからだ。
三人から少し離れた場所でぽつんと立っているクリソベリルだ。
見張り役につけていたおじさんの使い魔である。
「御主人様! やっと戻ってきたにゃ!」
「クリソベリル……いったいなんなのです、これは」
おじさんは使い魔を抱きあげて、ぎゅうと抱きしめる。
長毛種ならではのフカフカ感を楽しむ。
「んーあの三人はクリソベリルの取り合いをしているのだ」
「取り合い?」
「誰がなでるか、でケンカしているのだ」
はぁと息を吐くおじさんだ。
「順番になでればよろしいでしょうに」
「そう言ったけど、誰も言うことを聞かないのだ!」
今もおじさんが転移したことにすら気づいていない。
まったく……。
おじさんがパチンと指を弾いた。
麻痺させる魔法を発動したのだ。
「ぎにゃああああああ!」
三人の叫声が女神の空間に
一方で末娘に爆弾を落とされたラケーリヌ家である。
場をサロンに移したものの、未だに母と娘の戦争が続いていた。
「だから! 何度言えばわかるのですか!」
母親であるメイユェが娘を諭すように言う。
だが、娘のルルエラはいっこうに聞く耳を持たないのだ。
「お母様こそ、何度言えばわかるのです!」
バチバチと視線で火花が散りそうである。
宰相と長男は気配を消して空気と同化していた。
「いいですか! リー様こそが至高の存在ですわ。男だの女だのは些末なことなのです。お母様も常々仰っていたではありませんか! 大事なことは本質を見極めることだと!」
「それは殿方のということです! あなたが幸せになるために、性根の座っている殿方を探していたというのに!」
「はん! では、リー様以上の殿方を連れてきてくださいまし! そんな御方はいらっしゃらないでしょうけど!」
どうにも旗色が悪いと感じたメイユェだ。
彼女の強い視線が宰相にむいた。
「あなた! あなたはどう思っているのですか! この家の当主がだんまりを決めこんでどうするのです! お家の一大事ですわよ」
げええ! となる宰相だ。
娘からの視線も突き刺さる。
どっちの味方をするんだという無言の圧力がかけられる。
宰相の胃がきゅううと音を立てるように痛みだした。
宰相はすがるように長男を見た。
父を助けるのだ、と。
しかし長男は見て見ぬふりをした。
そう――長男は守っていたのだ、父の教えを。
空気と同化するのが男の心得なのだから。
そのことに絶望する宰相であった。
できの良い息子が恨めしい。
「あなた!」
「お父様!」
二人からさらなる重圧がかけられる。
だらだらと脂汗を流しながら、宰相は言った。
「い、いったん。いったんその話はやめにしないかい? メイユェの話も、ルルエラの話も、どちらも理があると思うし」
「はああああん!?」
女性陣二人が宰相を睨みつけた。
コウモリは赦さないのだ。
「あなたがそんなことを言ってどうするのです! さぁこのおバカな娘にガツンと一言いってやりなさい!」
「お父様! 分からず屋のお母様に現実というものをわからせてやってくださいな! リー様以上の御方はいない、と!」
ずずい、と二人が宰相に詰め寄ってくる。
「アイタター。お、お腹が急に。アイタタター」
その場を逃げる宰相である。
事実、お腹が痛いのだから仕方ない。
部屋から遁走することを選んだのである。
場に残されたのは長男だ。
男とは父親の背中を見て学ぶものである。
「アイタ……」
むんず、と肩を掴まれた。
妹であるルルエラだ。
さらに反対側の肩もぎゅうと掴まれる。
母親のメイユェだ。
「お兄様、どこへいこうと言うのです?」
「嫡男として逃げることは赦しません!」
はう! となる長男だ。
二人の目から光が消えている。
長男は天を仰ぎ、思った。
父上の馬鹿野郎、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます