第549話 おじさんウドゥナチャからも報告をうける
ラケーリヌ家から立ち去ったおじさんである。
短距離転移で移動したもののおじさんは思った。
ちょっとだけ王都を散歩してみようかしらん、と。
基本的におじさんは王都内を出歩くことがない。
なので興味があったのだ。
だが、今は学園を抜けだしている状態である。
鉄の精神力を持って、その興味を封じこめたのだ。
結果、おじさんはあっという間に学園に戻っていた。
闘技場から歓声が聞こえてくる。
観客が盛り上がっているのだ。
やはりお祭りである。
お祭りと言えば屋台だ。
そういうお店をだせばいいのに、と軽く考えてしまう。
お店――そういえばとおじさんは思いだす。
聖女が物販をしたい、と言っていたことだ。
今回はさすがに色々と予定が間に合わなかった。
だが今度はそういうお店をだしてもいいだろう。
学園の正門からおじさんは闘技場にむかわなかった。
素直に足を運ばなかったのは、学生会室へと用があったからである。
この時間の学生会室には誰もいない。
対校戦の真っ最中なのだから当然だろう。
会長の席に着いて、おじさんは口を開いた。
「なにか進展がありましたか?」
「やっぱりバレてたのか」
陰から姿を見せたのはウドゥナチャであった。
「バレるもなにもありません。もうその魔法は理解したと言ったではないですか」
ウドゥナチャは闘技場におじさんが居ないことを確認した後、学園の入口で待っていたのである。
おじさんはそこに通りがかり、なにも言わずに学生会室へと案内した形だ。
「
「なにかわかったのですか?」
「ええと……恐らくは彼奴らの中でも幹部だと思われるやつらの後をつけたんだよ。で、わかったことは三つ」
ウドゥナチャがどや顔で言う。
「ひとつは既に王都内に侵入者がいること。次に幹部連中も王都に侵入したこと。で、最後がヴァ・ルサーンの破祭日っていうのが重要らしいってこと」
「……なるほど。よくやりましたね。後で報酬をだしておきますわ」
おじさんの答えに不満そうな顔になるウドゥナチャだ。
「もう関わらなくてもいいってことか?」
「そこまでは言いませんわ。引き続き、あなたには幹部連中の監視をお願いします。それと……」
おじさんはシンシャを二体召喚する。
黒い液体金属のスライムである。
『テケリ・リ! テケリ・リ!』
ポヨポヨと跳ねるシンシャたちを撫でるおじさんだ。
そのうちの一体をウドゥナチャに差しだす。
「シンシャを貸し出しておきます。この子にお願いすれば、その場でわたくしに報告ができますから」
「うそだー。そんな便利なもの……え? ほんとなの?」
おじさんはコクリと頷く。
空気を読んだのか、シンシャたちが口を開いた。
『うそだー。そんな便利なもの……え? ほんとなの?』
見事にシンクロしている。
「この子たちは全にして一、一にして全。離れていても今のように同じ言葉を話してくれます」
「……お嬢ちゃん、何者なんだよ」
首を傾げるおじさんだ。
何者かと問われても困る。
リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワ。
それ以上でもそれ以下でもないからだ。
空気を変えたい。
そう思ったおじさんがウドゥナチャに告げる。
「こちらからも情報を提供しておきましょう。あなたの報告にあったひとつ目は既に対処済みです。もう排除しておりますので問題ありませんわ」
「うへえ……怖い怖い」
「ですので幹部の件はあなたに任せます。くれぐれも気をつけていきなさい。無理をしてはいけませんわよ。それとヴァ・ルサーンの破祭日についてはこちらで調べておきます」
「お嬢ちゃん、今回の報酬にこのスライム、オレにくれない?」
『テケリ・リ! テケリ・リ!』
瞬間、シンシャが身体を伸ばしてウドゥナチャの右肘から先を覆ってしまう。
「うおおおお!」
パチンと指を弾くおじさんだ。
その音に反応してシンシャが元の姿に戻る。
ウドゥナチャの右肘から先は赤黒く変色していた。
それを見て、治癒魔法を発動するおじさんだ。
一瞬でウドゥナチャの腕が治癒される。
それを見届けてから、彼はシンシャに向かいあった。
「……生意気言ってすんませんした!」
シンシャにむかって頭を下げるウドゥナチャであった。
一方でおじさんが去った後のラケーリヌ家である。
その前庭でのことだ。
さすが公爵家である。
丁寧に整えられた庭の景観は素晴らしい。
色取り取りの花が咲く。
その中に不釣り合いな巨大なヘビの骨。
見ようによってはミスマッチで幻想的だと言えるだろう。
そして、もうひとつ。
ラケーリヌ家の親子が言い争いをしていた。
「ルルエラ、今、なんと言ったかな?」
「リー様のもとに嫁ぎますと言ったのですわ!」
自信満々で答える娘の態度に宰相は頭を抱えてうずくまる。
「あのなぁ。お前は女、相手も女だろうが!」
宰相に代わって長男が妹であるルルエラに返す。
「だからなんですの! 常日頃からお兄様も仰っていたではないですか、早く嫁ぎ先を見つけろ、と!」
「いや、そうなんだけど。それはそうなんだけどな」
妹の見幕に押されてしまう長男だ。
「お兄様、いったい何を見ていたのです。リー様のあの魔法の腕前、まさしく神の御業ではありませんか」
やっぱりそこか、と宰相は思った。
鮮やかすぎたのだ。
おじさんの手際が。
あれは魔法に対して強い興味を持つルルエラが憧れても仕方ないと言えるだろう。
「かすかな魔力の揺らぎすらなく、あれほどの魔法を一瞬で発動されたのですわ! どこの誰にあんなことができるでしょう? リー様以外にあり得ませんわ!」
そもそもおじさんは手出しをしていない。
魔法を使ったように見せたが、あれは合図をだしただけだ。
実際には使い魔であるランニコールがやったことである。
もちろん魔力の揺らぎようがない。
魔法なんて使っていないのだから。
「そう! 私は思いましたの! これほどの魔法の使い手は二度と現れないと。ならば嫁ぐしかないのです。それが私の生きる意味ですわ!」
熱く語るルルエラである。
そんな妹を見て、長男もまた頭を抱えるのであった。
「なにをバカなことを言っているのです!」
ルルエラの圧勝と思われた場面で乱入者がでた。
母親のメイユェだ。
「お母様!」
メイユェは邸の中にいた。
彼女に戦闘能力はほとんどないのだから。
足を引っぱらないようにしていたのだ。
「お母様! ではありません。ルルエラ、あなたはなぜそんなにおバカなのですか!」
「その言葉は聞き捨てなりませんわ!」
母と娘が睨みあいを始めてしまう始末だ。
ギャアギャアと騒がないだけ、まだマシなのかもしれない。
しかし宰相は動かない。
女二人がケンカをしている。
そんな場にしゃしゃり出るのはバカだ。
「母上! ルルエラも! ここはいったん落ちつこう! な?」
だが長男はわざわざ地雷原を踏み抜きにいった。
その勇気は認めよう、だが蛮勇というのだと宰相は思う。
「あなたは黙ってなさい!」
「うるさいですわ!」
両者から攻撃されて、あっけなく撃沈される長男であった。
その屍を拾いながら、宰相は声をかける。
「ああいうときは空気に同化しておくのが男の心得だ」
含蓄に富む父親の言葉に、長男は深く頷くのであった。
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