第547話 おじさんは王城へむかい、ルルエラは戦う


 闘技場ダンジョンである。

 建国王が転移してきたおじさんに気づく。

 

「おお! リーではないか。ちょうどそなたの話をしておったところじゃ」


 がははと豪快に笑う建国王だ。

 対面であぐらをかく学園長もニコニコとしている。

 

「そのお話は後で伺いましょう。まずは学園長に報告を」


「対校戦が終わったんじゃろうか?」


 酒杯を傾けつつ、おじさんに返答する学園長だ。


「王都に賊が侵入しましたわ。現在、ラケーリヌ家のタウンハウス内で戦闘が発生しております」


「なぬぅ!」


 酒杯をポロリと落とす学園長だ。

 

「ウナイ、慌てるでない。リー自らが報告にきているということは既に対策がとられているということじゃ」


 そうだよな? という視線をおじさんに送る建国王である。

 おじさんも無言で首肯した。


「これは醜態をみせましたな。失礼」


 学園長が素直に頭を下げている。

 やはり建国王は偉大なのだろう。


「わたくしの使い魔をすでに現場に配しております。なので万が一に、はありませんわ」


「ああ――あの御仁たちか」


 建国王はこの闘技場ダンジョンを通じて知っているのだ。

 バベルとランニコールという魔神のことを。

 

「リーや、ヴェロニカはどうしておる?」


 学園長だ。

 なぜ母親のことを聞くのだと思うおじさんである。

 

「学園の闘技場貴賓席で宴会を開いていましたわ」


 予想外の答えに目が点になる学園長であった。

 自分のしていたことを棚にあげている場合か。


「ふむぅ……ならばヴェロニカが出張って禁呪をぶちかます危険性はないか」


 学園長は目を閉じて、白鬚をしごいていた。

 

「なぜお母様が出張るのです? そこがわかりませんわ」


 おじさんは学園長に質問をする。

 本当に意味がわからなかったから。

 

「リーからすればそうなのか。ワシからしたらハリエット様と並んで王国内で最も危険な人物なんじゃがな」


「よくわかりませんわ」


 小首を傾げるおじさんだ。

 

「まぁ過去に色々とあったとだけ言っておこうかの。ヴェロニカが動けば被害が拡大するからのう。しかもラケーリヌは生家なのじゃから大義名分はある!」


 学園長の脳裏には、若かりし頃の母親の姿が想起されていた。

 実に楽しそうに禁呪を使う姿だ。

 

「御母堂のことはよかろう。リー、任せていいのじゃな?」


 建国王からの問いにおじさんはカーテシーをもって応えた。

 

「わたくしの庭を荒らす者は赦しませんわ」


 ニコリとした微笑み。

 その姿が若き日の母親と重なる学園長であった。

 瞬間、ぞくりとした怖気が走る。

 

「では、わたくしはこれで失礼させていただきますわ。王城の宰相閣下にもご報告しておきますわね」


 そう言ってから、転移で姿を消すおじさんであった。

 

「ふぅ」


 大きく息を吐く学園長である。

 

「危険人物にリーも付け加えるべきかのう……」


「ウナイよ……あの子がその気になれば誰にも止めることはできんよ。仮に王国すべてがあの子の敵に回ったとしてもな」


「…………」


 建国王の言葉に学園長は答えることができなかった。


「まぁワシは王国ではなく、リーにつくがな」


 がははと笑う建国王。

 それに対して、すっかり酔いが覚めてしまった学園長であった。

 

 おじさんは温泉地経由で王城へと出向いた。

 ここからなら国王の執務室の一角へ出られるからである。

 

「リー? どうしたそのような場所から?」


 国王である。

 もはや顔パス状態のおじさんだ。

 おとがめされることもない。

 

「あら? 今日は宰相閣下はいらっしゃらないのですね?」


「そりゃあ、ずっとおるわけではないからの。で、何用かな?」


 苦笑する国王だ。


「現在、王都に賊が侵入しております。お父様から報告があがっていると思いますが、蛇神の信奉者たちクー=ライ・シースですわね」


「ほう……で、なぜロムルスを?」


「戦場がラケーリヌ家のタウンハウスですの」


「はぁ……」


 国王が頭を抱えた。

 

「ちょっとうちの国、なめられとりゃせんか?」


 目をギラギラとさせる国王である。


「ですわね」


 おじさんもムダに同意してしまう。

 それが国王をより煽ることになってしまうのだ。


「この短期間に二度目だぞ! なめやがって! ぶちころがしてやるぞ! リー!」


 国王が下知をくだそうとした瞬間であった。

 宰相が息せき切って国王の執務室を訪ねてくる。

 

「陛下! ん? リーちゃん?」


「ロムルス、ちょうどいい。今、リーから報告を受けたところじゃ! やれい、徹底的に! 多少の被害がでてもかまわん!」


「……承知しました。では、私は失礼いたします。我が家のことなれば、私が解決してまいりましょう!」


「では、わたくしがお送りしましょう」


 おじさんが宰相の肩に手を置く。

 その瞬間に短距離転移を発動させる。

 

 二度、三度の短距離転移であっという間に王城からラケーリヌ家のタウンハウス前に到着するおじさんであった。

 

「ふふ……こんなに早く天空龍シリーズを実戦で使える機会に恵まれるとは!」


 ラケーリヌ家のタウンハウスでは大蛇が暴れていた。

 おじさんの見立てでは二十メートルくらいだろうか。

 

「我に勝利をもたらせ、ス・ピルバーン! 結勝!」


 グリフォンがデザインされた鎧が宰相を包む。

 うっすらと緑がかった鎧だ。

 手にはおじさん手製の天空龍シリーズの杖が握られている。

 

「よくお似合いですわ、宰相閣下」


 おじさんの言葉に宰相がひとつ頷く。

 やる気に充ちているようだ。

 

「では!」


 どりゃああああと吶喊する宰相であった。

 

 ここで少しだけ時を遡る。

 ラケーリヌ家のタウンハウスでは巨大な黒ヘビとの戦いが始まっていた。

 

「ルルエラ、牽制しろ!」


「承知!」


 ルルエラが火弾を展開する。

 精度は低くてもいい。

 とにかく数を飛ばす。

 

 あの図体の大きさである。

 数があれば、どこかには当たるだろうという判断だ。

 

 巨大な黒ヘビにむかって飛ぶ数十の火弾。

 それらをがぱあと口を開け、身体をのたうつように動かして多方向からの火弾を飲みこんでしまうヘビである。

 

「ちぃ! 魔法を食べた?」


「ルルエラ、風の魔法に切り替えろ!」


 長男からの指示に従うルルエラだ。

 上空から突風を吹かせて、黒ヘビを押さえつけようとする。

 その風ですら口を開いて、食べてしまう黒ヘビだ。

 

「魔法……ではなく魔力を食べるということですか」


 しっかりと分析をするルルエラだ。

 

「面倒ですわね。こうした魔物は初めてです」


 黒ヘビが巨大な尻尾を横薙ぎに振るう。

 騎士隊にむかって。


「騎士隊! 踏ん張れ!」


 騎士たちが盾を掲げて黒ヘビの攻撃に備えた。

 鈍い音が辺りに響く。

 なんとか攻撃に耐えることは成功したものの、数人の負傷者がでている。

 

「負傷した者は下がれ! ルルエラ! 対策はあるか?」


 後方には治癒師たちも控えているのだ。

 負傷者もすぐに戦列に復帰できるだろう。


「恐らくはあのヘビが吸収できるのは口だけ。でなければ、あのような動きは見せませんわ!」


「わかった。騎士隊はルルエラの前衛として防御しろ! オレが魔物の気を引くから、ルルエラはありったけの魔法を叩きこめ!」


 瞬時に作戦を立てて、行動に移す。

 ラケーリヌ家重代の長剣を構える。

 この剣も古代の遺物のひとつなのだ。

 

 魔力をとおすことで剣身の長さを変えられる。

 といっても十三キロ伸びるとかの話ではない。

 

 長剣が大剣に変わる程度だ。

 精密な魔力制御をすれば、近接戦闘における間合いを狂わせることができる。

 だが、この場ではそのような繊細な駆け引きは必要ない。

 

 身体強化を最大限にまでかけて長男は駆けた。

 

 黒ヘビの鱗に覆われた体表に、大剣サイズまで大きくした剣を打ちつける。

 派手な音とともに鱗が飛び散り、肉に刃が食いこんだ。

 

「げーげっげっげ!」


 奇妙な声をあげる黒ヘビ。

 そのヘビの身体にまとわりつくような動きで、長男は大剣を打ちつけていく。

 

「なかなかやりますわね、お兄様!」


 そこへどりゃあああと吶喊してくる宰相である。

 

「お父様?」


 驚くルルエラだ。

 その彼女の目は宰相の後ろにいる超絶美少女でとまる。

 

「ヴェロニカ様……ではないのよね」


 おじさんである。

 親戚となる二人だが、この場が初対面になるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る