第546話 おじさん賊の動きを知る


 ラケーリヌ家のタウンハウスである。

 整備された庭の一角で、ひときわ目立っているのがルルエラだ。

 

 いかにもお嬢様といった見た目で微笑をうかべている。

 優雅なたたずまいではあるのだ。

 

 だが、周囲にいる人間たちはピリピリとした空気を放つ。

 ルルエラがなにをするのか。

 その想像がつかないからだ。

 

「お兄様」


 ルルエラが隣に立つ長男を見ずに声をかけた。


「なんだ?」


「ここはひとつ禁呪を使ってみたいと思うのです」


「はああん?」


 なにを言うのかと思えばである。

 それこそヴェロニカ様ではあるまいに、だ。

 

 でも、こうして先に相談するだけマシなのかもしれない。

 なにせヴェロニカ様は、なにも言わずに実行するタイプだと耳にタコができるほど聞かされていたのだから。

 

「ルルエラ……禁呪が使えるようになったのか?」


「いえ? まだ完全に制御することはできませんわ」


「なら余計にダメだろうが」


「でもヴェロニカ様は学園生の頃に禁呪を使いこなされていたと聞きましたけど」


 ルルエラがキラキラとした目で兄である長男を見た。

 その表情は幼い頃から変わらない。

 

 彼女はおじさんの母親に憧れていたのだ。

 親戚であるという親近感もあるだろう。

 つまり身近にいる英雄だと思っていたわけだ。


「まぁ物は試しとも言いますし」


「バカなことを言うな! 我が家だけならまだしも他家に被害を拡大させてどうする!」


「そんなもの、どうとでもなるでしょうに。……お兄様はつまらないですわ」


「つまらないでけっこう!」


 唇を尖らせる妹を見て、長男は思うのだ。

 子どもか、と。

 

 これでも学園を優秀な成績で卒業しているのだ。

 さらに学生会の会長も務めていた。

 

 よくなんとかなったな、と思うのである。

 きっとキルスティが苦労したのだろう。

 

「で、実際のところどうしますの?」


 ルルエラの問いに長男は詰まってしまう。

 今、この場で最も魔法が得意なのはルルエラだ。

 そのルルエラが攻めあぐねる結界が張られている。

 

「あの結界、破れそうそうにないのか?」


「そうですわね。恐らくは私たちの知らない系統の術式が使われています。ですのでただの魔法を使っても、きっと埒があきませんわね」


「……だからこその禁呪か」


 そう。

 順を追って話せということだ。

 ならば話もわかる。

 だが結論から言うからおかしなことになるのだ。

 

「ふむ。制御か……仮にお前が禁呪を使った場合、どの程度の被害が想定される?」


 長男が真面目に問う。

 それも選択肢のひとつとして考慮できるか確認したいのだ。


「そうですわね! この辺りが一面焦土と化してもいいのなら」


 パン、と手を叩いて目を輝かせるルルエラだ。


「却下だ。バカ! そんなもの制御できているとは言わん」


「だから制御はできませんって言いましたわ!」


 まったくもう、と羽根扇で掌を叩くルルエラであった。

 

「……さて、どうするか」


 長男が腕を組み、宿泊棟を睨む。

 結界を正面から破壊するのは難しい。

 

 ならどうするか……。

 

「お兄様! いいことを思いつきましたわ!」


 ルルエラが笑っている。

 満面の笑みだ。

 それが逆に怖い長男である。

 

 だが、今のところいい案はない。

 なので万が一に賭けてみることにした。

 首肯して、言ってみろと促す。

 

「ヴェロニカ様をお呼びしましょう!」


 はあ?

 なぜそうなる?

 

 確かにヴェロニカ様はうちの出身だ。

 しかし今はもう他家に嫁いでいる身である。

 

「ヴェロニカ様なら禁呪もお使いになられますわ! それに私、間近で見たいですし」


「いや……お前。いくらヴェロニカ様でも、うちの失態を拭ってもらうのはダメだろうに」


「どうでもいいではありませんか。うちの失態など。そのようなこと恥になりません。恥になるのは賊にいいようにされているこの状況ですわ!」


 正論であると思う長男だ。

 だが同じ公爵家といっても借りを作るのはよくない。

 そう思うのだ。


 むしろ同じ公爵家だからこそ対等であるべきだと。

 そうでなければ王国貴族のバランスが崩れてしまう。

 

 実に施政者としての視点だと言えるだろう。

 

 だが――長男は知らない。

 宰相初め、王国上層部がおじさんに借りを作りまくっていることを。

 

「もう煮え切りませんわね!」


 腕を組んだまま黙考する長男を叱責するルルエラだ。

 

 その瞬間であった。

 宿泊棟がミシリと音を立てる。

 

 外壁にヒビが入った。

 内部からなにかが圧迫しているような状況だ。

 

 ぼろり、と外壁が割れて、落ちた。

 窓のガラスがパリンと音を立てて崩れる。

 

 鱗がうねるように動いているのが見えた。

 

「……あれはなんですの?」


「騎士隊を残して、総員退避しろ! 早く!」


 長男が状況を把握して叫んだ。

 その直後に宿泊棟の屋根が吹き飛ぶ。

 

 屋根を壊して姿を見せたのはヘビであった。

 真っ黒なヘビである。

 目だけが煌々と赤黒く光っている。

 

 同時に宿泊棟を覆っていた結界が割れた。

 

 千年大蛇よりも大きなヘビである。

 宿泊棟よりも大きいのだから当然だろう。

 そのヘビが大口を開けた。

 

「げーげっげっげ!」


 しゃがれた不気味な声をだす巨大ヘビ。

 

「これは重畳。自ら結界を壊してくれたのです。お兄様、やりますわよ」


 言い終わらないうちに、ルルエラは魔力を練りあげている。

 このまま大きな魔法を放つのだろう。

 

 それを察して長男は、ひとつ息を吐いた。

 

「騎士隊! あの魔物をなんとしても足止めせよ! 王都に被害をだすな! ラケーリヌ家の意地をみせてやれ!」


 おう、と騎士隊の返事が響いた。

 

 さらに長男は近くにいた家令に指示をだす。

 

「近隣の家に告げて避難させろ」

 

「既に人を走らせております」


 家令の答えに満足げな笑みを見せる長男であった。


「では、やるか」


 長男は腰に差していた長剣を抜く。

 先日、宰相から譲られた重代の業物だ。


 ラケーリヌ家当主の証だとも言えるだろう。

 

「いくぞ! ルルエラ、援護は任せた!」


「承知しました、お兄様!」


 ラケーリヌ家のタウンハウスでの死闘が始まった。


 一方でおじさんである。

 おじさんは舞台の上で演奏を続けていた。

 そこへ使い魔から声がかかったのだ。

 

『主殿、よろしいかや?』


 バベルである。

 おじさん以外には聞こえない念話だ。

 姿を見せないという配慮もしている。

 

『どうかしましたか?』


『賊が動いたでおじゃる』


『場所は?』


 短く聞くおじさんだ。

 

『宰相殿の家のようでおじゃるな』


『……なるほど。あちらの手に負えそうですか?』


 宰相の家。

 ならば、おじさんが手出しするのはマズいかもしれない。

 なので確認してみたのだ。


『さて……どうでおじゃるかな』


 バベル、あるいは現場にいるランニコールならかんたんだ。

 手こずるような相手でもない。

 

 だが彼らの判断基準はハードルが高すぎるのだ。

 それをきちんと理解しているからこそ、言葉を濁すバベルなのであった。


『ならばしばらくは静観なさい。どうしてもという場合は手をだしてもかまいません。ただし、こちらの姿は見せないように』


『承知した』


 そこでバベルの気配が消えた。

 現場にむかったのだろう。

 

 おじさんは曲が終わるまで演奏をして、楽器を降ろす。

 隣にいるアルベルタ嬢が、おじさんを見た。

 

「リー様、なにかありましたか?」


「……少しだけ席を外します」


 と、おじさんは宴会場と化した貴賓席を見た。

 あの状態なら先に学園長に報告すべきだろうか。

 少し迷うおじさんだ。


「承知しました」


「アリィ。なにが起こっても動揺してはいけませんわよ」


 そう。

 賊が動きだしたというのだから。

 一応、注意をしておく。


「よくわかりませんが……承知いたしました」


 その返答にニコリと笑うおじさんだ。

 次の瞬間、おじさんは転移を発動していた。

 

 学園長のいる闘技場ダンジョンにむかったのである。

 

「だーはっはっは! そうかそうか。リーがのう!」


 転移したダンジョンでは、建国王と学園長が宴会を開いていた。

 なかなかご機嫌のようだ。

 

「そうですのじゃ! まったくどこまでも面白い!」


 顔を赤くして、高笑いする二人だ。

 それはまぁ仕方ない。

 

 仕方ないが、大丈夫か大人たちと思わざるを得ないおじさんであった。

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