第544話 おじさんの知らないところで事態は動きだす


 サムディオ公爵家領冒険者選抜と、ラケーリヌ家の貴族学園生徒の戦いは一進一退であった。

 貴族学園の生徒としては、大健闘していると言えるだろう。

 

 特に次鋒ででてきた斥候の女子ががんばっている。

 自然と応援にも熱が入ろうというものだ。

 

 男性冒険者に勝利した女性生徒は、そのまま次鋒と戦っている。

 手の内をひとつ見せてしまってはいたが、見せたものをブラフとして用いるなどの冷静さを持っていた。

 

 なかなか戦闘巧者っぷりである。

 その勢いで冒険者選抜の次鋒にも勝利した。

 しっかりと決め技を使って勝つところなど、観客の目も意識しているのだろう。

 

「ちぃ」


 クルートが派手に舌打ちをする。

 

「しゃあねえ……オレらで勝つぞ」


 パーティーメンバーのヤイナとマニャミィを振り返った。

 ヤイナはクルートを見て頷く。

 一方のマニャミィは演奏の舞台を見ていた。

 

「おい、マニャミィ! 聞いてンのか?」

 

 鋭い声を飛ばすクルートだ。

 マニャミィは煩わしそうな表情を作る。

 

「聞いてるわよ!」


「オレの話か? それとも演奏の方か?」


 お前そんな趣味あったのか、と嘲笑うクルートだ。

 目の前に集中しろと言いたいのだろう。


 だが、伝え方が悪い。

 いや年齢的にはそんなものだろう。

 加えて本人の性格もある。


「うるさいわね。やることはきっちりやるわ」

 

 言いつつも、マニャミィは演奏の方が気になるようだ。

 小さくだが身体も動かしている。

 

 さらに喰ってかかろうとするクルートだ。

 そこに割って入ったのがヤイナだった。

 

「クルート、次は私が行く。私が勝てば問題ない」


 舞台へと足をむけるヤイナ。

 その背中を見つつ、ケッと吐き捨てるクルート。

 マニャミィは相変わらず演奏の舞台を見ている。

 

「なぁ、どうしちまったんだ? お前、昨日からほんとおかしいぞ?」


 自分の怒りを逃すように大きく息を吐いて、クルートは冷静にマニャミィに語りかける。

 

「なんでもないわ……なんでも」


「まぁいいけどよ……なんかあったら言えよ。いちおうオレたちはパーティーなんだからな。オレじゃなくてヤイナでもいいしよ」


 クルートの言葉に頷くマニャミィである。

 そして、小さく呟くのであった。


「……ありがと」


 貴族学園の女子生徒対ヤイナである。

 

 黒髪を肩の辺りで切りそろえた少女がヤイナだ。

 平均的な身長からすれば、少しだけ小柄である。

 

 その格好は帽子こそかぶっていないものの魔導師そのものだ。

 濃いオリーブ色のマントに、自分の身長よりも長い杖。


 コンと舞台を杖で突くヤイナ。


「さすがにその状態では無理。代わった方がいい」


 貴族学園の女子生徒に対しての言葉だ。

 一戦目、二戦目と戦ってきたのである。

 随分と消耗しているのは、誰の目にも明らかだった。

 

「よ……余計なお世話ですわ! 私とて貴族に連なる者、とうに覚悟はできています」


 強がり。

 そうは思ったが、口にはださないヤイナだ。

 

「なら、潰す。それが礼儀だと師匠たちに教わった」


 女子生徒、ヤイナの二人が口角を上げた。

 

「はじめー」


 試合開始の合図と同時に、ヤイナが魔法を展開する。

 眼前に五個の魔法陣。 

 そこから次々と氷弾が射出される。

 

「クッ……魔力の運用を考えてますの?」


 派手に動き回らざるを得ない女子生徒だ。

 どんどん体力が削られていく。

 しかもヤイナの氷弾は、舞台を凍らせていくのだ。

 

 どんどん逃げ場がなくなる女子生徒。

 このままではジリ貧である。

 ジグザクに走りながら、ヤイナにむかっていく。

 

「やあああああああ!」


「想定内!」


 ヤイナが初級では範囲の広い雷の魔法を使った。

 

 雷に打たれて、女子生徒の足がとまる。

 そこにすかさず風弾を撃ちこんで吹き飛ばす。

 

「うん。よくやった。ちょっと怖かった」


 ヤイナが対戦相手の女子生徒を褒めた。


「勝負ありー」

 

 次の対戦相手となる貴族学園の生徒は男子だった。

 大柄な生徒だけに、両者が並ぶとそのちがいがよくわかる。

 

 互いに中堅戦。

 さて、どうなるのか。

 

 見た目だけなら男子生徒が完全に有利だろう。

 だが、先ほどの戦いでの魔法の運用。

 ヤイナが相当の使い手だとわかる。

 

 観客も固唾を呑んで見守るのであった。

 

「ヤイナ、やっちまえー!」


 冒険者たちから荒っぽい声援が響く。

 その声に頷くヤイナであった。

 

「……どうなっているのよ」


 マニャミィである。

 彼女は親友の戦いよりも、演奏用の舞台に釘づけになっていた。


「ひょっとして……いえ……」


 その小さな呟きを拾う者は誰もいなかった。

 

 一方でラケーリヌ家の貴族学園の生徒である。

 今回の試合には体調不良で参加していない生徒がいた。

 

 昨夜までは元気だったのだ。

 だが、今朝になって急に体調を崩したのである。

 

 神殿から神官を呼び、対応をしてもらかったが体調は元に戻らなかった。

 それどころか顔色がどんどん悪くなっていく。

 

 重篤な病気かなにかだろうか。

 そう判断した引率の学園講師は、ラケーリヌ家のタウンハウスに走ったのである。

 

 その生徒が寄子の息子だったこと、宰相がまだ家にいたことなどの幸運も合わさって、彼はタウンハウスに招かれた。

  

 そこで治療を受けていたのである。

 だが、その治療の甲斐もなさそうだ。

 

 今にも息を引き取りそうな様子の生徒である。

 

「これ以上は……」


 ラケーリヌ家専属の治癒師が小さくかぶりをふった。

 

「おい、ボグヌッツァ! ボグヌッツァ!」


 引率の学園講師が声をかけるも、生徒からは反応がない。

 

「恐らく原因はこれでしょう」


 治癒師が男子生徒の二の腕にある小さな傷を指さす。

 そこにはなにかの噛み痕のような傷があった。

 

「解毒を中心に処置を施してみましたが残念です」


 治癒師が頭を下げる。

 完全に呼吸が止まってしまったのだ。


「うう……」


 引率の講師は頭を抱える。

 彼の頭の中には、どうしようという言葉が渦巻いていた。

 

 責任が……と譫言のように呟いている。

 

 それはそれで仕方ないのかもしれない。

 誰かが責任をとらないといけないのだから。

 

 そんな引率の講師を気の毒にと思う治癒師だ。

 

「げーげっげっげ」


 突如として息を引き取ったはずの生徒が声をあげた。


「ボグヌッツァあああ! 生きとったんかい、ワレぇ!」


 嬉しそうな声をあげて駆け寄る引率講師だ。

 

「……バカなことを言ってないで、下がりなさい!」


 治癒師は引率の講師の首根っこを引っぱるのだった。

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