第543話 おじさんはしれっと誤魔化し、ウドゥナチャは追跡する


 舞台裏のおじさんである。

 少しだけ考えてから、聖女、ケルシー、キルスティの三人を人目につかないように、女神の空間に移動させた。

 他人には見せてはいけない姿になっているからだ。

 

 監視役としてクリソベリルをつけておく。

 これで目が覚めても安心だろう。

 

「御主人様、不肖クリソベリル! しっかりと大任を果たしますにゃ!」


 心強い言葉に頷く。

 そのお腹をひとなでしてから、おじさんは舞台裏に戻る。


「リー様! 先ほどの悲鳴は?」


 アルベルタ嬢だ。


「ああ、なんでもありません。キルスティ先輩が驚かれただけですから」


 しれっと誤魔化すおじさんであった。


「さぁアリィ! まだ演奏は残っていますわよ! しっかりと我らの役目を果たしましょう」


 ツっこまれる前に話をそらすおじさんだ。

 はい、と首肯するアルベルタ嬢は、話をそらされたことにまったく気づいていなかった。

 

 空中を飛んでいる薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたちを舞台上に戻す。

 皆が満足そうな表情でおじさんを見た。


 おじさんもニッコリと微笑みを返し、改めて演奏を始める。

 

「あっぱぱぱーあっぱぱぱー いーじゃんねん」


 聖女がごり押ししたアニソンであった。


 少しだけ時を遡る。

 

 元邪神の信奉者たちゴールゴームの首領であるウドゥナチャは、王都からふつう・・・の馬で半日ほどの場所にいた。

 

 そこは朽ちた村である。

 かつては人が起居していたのだ。

 

 だが、魔物の侵攻によって、人が住まない場所になったのである。

 現在は定期的に巡回騎士たちが寝泊まりするのに使うくらいだ。

 

 その村の中心地からやや外れた場所に朽ちた神殿がある。

 さすがに神像は撤去されているが、他は意外と当時の面影を残している遺構だ。

 

 ウドゥナチャは、人の気配がない神殿の中に足を踏み入れる。

 

 やや長くなった日の光が窓から中を照らす。

 残っているのは祭壇くらいだろう。

 あとの設備はきれいに片されている。

 

「さて……と」


 周囲を見渡すウドゥナチャだ。

 隠れるのに最適な場所は、と注意深く見ていく。

 

 と言ってもだ。

 祭壇の他には神殿の名残はないのだ。

 本来なら長椅子やら机やらがある。

 

 そうしたものがないのだ。

 がらんとした建物の中で隠れる場所はない。

 

 ならば、と得意の陰魔法を発動させる。

 そして陰の中に身を隠すのであった。

 

「ふわぁ……」


 待ちくたびれて眠っていたウドゥナチャだ。

 それでも魔法が解除されていないあたりは、彼の魔法の腕が確かなものを証明している。

 

 窓から差しこむ光が月のものに変わっていた。

 

『魔物が消えている? どういうことだ』


『詳細はわからん。が、消えたという報告があがっている』


『千年大蛇もか』


『ああ』


 この場にいるのは二人。

 声の感じからすると、どちらも男だ。

 

 陰の中に身を潜めているウドゥナチャから姿は見えない。

 声だけは聞こえている状態だ。

 

「はぁ……やっぱりかぁ」


 小さく呟く。

 面倒だなぁという言葉は飲みこんだ。

 

 もともと噂だけは知っていた。

 この廃村にはなにかある、と。

 

 だが藪をつついて蛇をだすこともないのだ。

 だからウドゥナチャは放置していた。

 

 しかし、だ。

 おじさんと関わったことによって、大きく運命が変わった。

 

 というか、そもそも蛇神の信奉者たちクー=ライ・シースが悪いのだ。

 なぜ王国にちょっかいをかける。

 

 ウドゥナチャは首領だったときから、王国の戦力の大きさを把握していた。

 ひとつの時代に一人いればいいと言われる禁呪使い。

 

 その禁呪使いが少なくとも三人はいたのだ。

 いかに邪神の加護を得たといっても、真正面から戦うのは得策ではない。

 

 さらに言えば、不確定要素もあった。

 

 王妃に用いられた遠大なる死毒グランド・フィーバーは、邪神の信奉者たちゴールゴームにとって虎の子だったわけだ。

 

 それがどういうわけか解呪されてしまった。

 やったのはおじさんだ。

 

 あれを解呪できる者がいるなんて想像の埒外である。

 禁呪使いよりも恐ろしい。

 

 既に首領の座を追われていたとはいえ、ウドゥナチャからすればそんな相手にケンカを売るのは正気の沙汰ではない。

 

 だから――蛇神の信奉者たちクー=ライ・シースの未来も決定づけられていると思うのだ。


「アホだよなぁ……あのお嬢ちゃんの敵に回るなんて」


 ウドゥナチャは思う。

 ひと目見ようとしたのが運の尽きだったと。

 

 邪神の信奉者たちゴールゴームに愛着があったわけではない。

 ただ元首領だった身としては、見ておきたかったのだ。

 

 どんな人間が組織を壊滅においやったのか。


『計画を大幅に修正する必要がある』


『ああ、だがどうする?』


『王都では対校戦の真っ最中だったな』


『既に一人潜りこませてある』


『なら、そこから攪乱するか』


 バカなことを、だ。

 ウドゥナチャからすれば、王都は外せよと言いたい。

 多くの人が集まるのだから、手薄になった地方で暗躍すべきだろう。

 

 何をするにしても、安全に事を運べるはずだ。

 そうできない理由でもあるのだろうか。

 

 それとも……単純にバカという線はないだろう。

 裏社会でも正体不明だったのだ。

 細心の注意を払っていたはずである。

 

 どうして目立つ真似をする?

 

 もう少し探りを入れるか。

 それとも王都で攪乱しようとしていることを報告するか。

 

 ウドゥナチャは少しだけ迷う。

 迷ったあげく、探りを入れる方を優先した。

 

 おじさんの顔を思いだしたのだ。

 王都にいる、超絶美少女の顔を。

 

 お嬢ちゃんがいる限り、こいつらの好き勝手にできないだろう。

 

 ――そう判断したのだ。

 

『我らも王都に行くべきか』


『行くしかあるまい』


『すべては蛇神様のために』


『蛇神様のために』


 男たち二人はウドゥナチャの存在に気づくこともなく、廃神殿を出て行く。

 

 ぬるり、と陰から頭をだす。

 周囲を見て、誰も居ないのを確認する。

 

「結局は王都行きか」


 さっきの決断はなんだったのだと言いたいウドゥナチャだ。

 だが、仕方ない。

 

 陰から全身をだして、割れた窓越しに月を睨む。

 

「やめておきゃあいいのになぁ」


 ウドゥナチャは自身の使い魔を喚ぶ。

 クルクルと回る魔法陣の中からでてきたのはカラスだ。

 三本足ではなく、二本足。

 

「追跡、頼むな」

 

『めんどくせー。息をするのもめんどくせー』


 開口一番、ウドゥナチャの使い魔が文句をたれる。

 ガシガシと頭を掻いて、カラスの主人が言う。


「うるせえ、さっさと追跡しろ」


『お前がな』


「くっ……。こいつ」


『魔力、いつもの倍な』


「わーったよ。約束するから行け」


『先払いなー。後払いは信用できん』


「いいから、行けよ」


 ウドゥナチャが切れる。

 と、同時にカラスは飛び立った。


『アホー、アホー』


 主人と同様にクセの強いカラスのようである。

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