第542話 おじさんシュンとしてしまう


 演奏用の舞台である。

 ぎゅうとおじさんはパトリーシア嬢を抱きしめた。

 その小さな頭をなでる。

 

「パティ。エーリカとケルシーの二人にはよく言っておきますわ」


 デレッとなるパトリーシア嬢である。

 後ろで演奏している薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面子は、嫉妬できぃぃいいとなっていた。

 今なら歯でもギターが弾けるだろう。


「ずるい!」


 と唱和する聖女とケルシーだ。

 自分たち二人がやらかしたことは棚にあげている。

 

「エーリカ、ケルシー。ちょっと裏へ行きましょう。ここでは目立ちますから」


 おじさんの言葉を聞いて、表情を変える二人だ。

 その瞬間、弾かれたように逃げだす。

 

 二人が別々の方向に走っていくあたり狡猾だ。

 

「わたくしから逃げられると思っているのですか!」


 おじさんの前では無意味である。

 なぜなら引き寄せの魔法が使えるのだから。

 

 小柄な二人の首根っこをむんずと掴むおじさんだ。

 そのまま舞台裏に引きずっていく。

 

「た、たしゅけてえええ」


 聖女とケルシーが声をあげた。

 だが、誰も動こうとはしなかったのである。

 

 一方で闘技場の舞台だ。

 既に第一試合も終わり、第二試合である次鋒戦が始まっている。

 

 冒険者選抜からは先鋒の男子がそのまま残っている。

 貴族学園からは次鋒となる女子が舞台に上がっていた。

 

「へぇ……貴族学園の女にしては珍しい」


 対戦相手を見て、冒険者が声をあげる。

 確かにそうなのだ。

 

 貴族学園の女子生徒と言えば魔導師タイプが多い。

 次いで騎士系となり、その他となるとかなり数が少なくなる。

 

 今、舞台にあがっている女子生徒は装備からして斥候だ。

 動きやすい軽装にナイフを模した木剣を装備している。

 

「まぁどんな相手がでてこようと、オレが勝つけどな」


 露骨な挑発だ。

 その挑発にはのらず、不敵な笑みで返す女子生徒だった。

 

「第二試合はじめー」


 男性講師が開始の合図を告げる。

 冒険者は先ほどとは打って変わって、その場にとどまっていた。

 

 お互いに相手の様子を見ている。

 膠着状態というよりは、お互いに牽制しあっているのだろう。

 

「みぎゃああああ!」


 そこへ大きな悲鳴が聞こえてくる。

 聖女とケルシーだ。

 

 その声をきっかけにして二人が動く。

 冒険者は左に、女子生徒は右に。

 お互いに一定の距離を取りつつ、円を描くような挙動だ。

 

 その円が少しずつ小さくなっていく。

 

「いやあああああああ!」


 先に動いたのは女子生徒の方だった。

 気合いを声にのせて近づく。

 冒険者もまた好戦的な笑みをうかべて近づいた。

 

 両者が交錯する。

 片手剣と短剣がぶつかる寸前。

 

 女子生徒は短剣をとめた。

 

「なに!?」 

 

 冒険者が空振りする。

 と、同時に女子生徒が側面に回りこむ。

 

「ちぃ!」

 

 冒険者は踏ん張りをきかして、横薙ぎに片手剣を振るう。

 それをさらに背後に回りこむことで回避する女子生徒だ。

 

 冒険者の背中を蹴る。

 前のめりになる冒険者、その隙をついて離脱する女子生徒。

 

 冒険者は背中を蹴られた勢いを利用して前転する。

 お互いに再び距離をとった形だ。

 

「追い打ちかけてこねえのか?」


「もう終わってますから」


 女子生徒が初めて声をだした。

 そして、不敵な笑みをうかべている。

 

「あん? なに言ってんだ?」


 その瞬間だった。

 女性生徒が指を弾いて音を鳴らす。

 

 冒険者の身体が見えないなにかで縛られてしまう。

 一瞬で身動きがとれなくなる冒険者だ。


 舌打ちをして、冒険者は魔法を発動させる。

 火だ。

 

 多少のダメージを負っても抜けだそうと考えたのだろう。

 だが、それも女性生徒の手の内だった。

 

「火虎大蜘蛛の糸ですわ。火では切れません」


 ゆっくりと歩いて、女性生徒が冒険者の首に短剣をあてた。

 

「勝負ありー」


 男性講師の声が響くのであった。

 

 一方で貴賓席は宴席へと早変わりしていた。

 軍務卿がヘビ肉のジャーキーを口にしながら、ラガーを飲む。


 あまり酒には強くない軍務卿だ。

 だが、ラガーの飲み味を気に入ったようである。

 あるいはジャーキーとの組み合わせがよかったのか。

 

「美味え! スラン、こいつを本当に売りにだすのか?」


 塩味の強いジャーキーを口にして、ラガーで流し込む。

 黄金パターンを発見した軍務卿だ。


「もちろん。ちょっとした事情があってね」


 父親は手をつけているようで、ほとんど口にしていない。

 なぜならヘビ肉の効果は嫌というほど知っているのだから。


 軍務卿だけではない。

 他の貴賓席にいる貴族や、その関係者たちも舌鼓を打っている。

 

 美味いは正義であった。

 

 その様子を見て、ほくそ笑むのは母親である。

 もはや胸の裡では笑いがとまらない。

 

「なんかこうみなぎってくるな!」


 軍務卿が父親に声をかけた。

 父親は内心でご愁傷様と思うのだ。

 

 カラセベド公爵家。

 商売上手の人間が揃っているようである。

 

 

 一方でおじさんたちだ。

 裏に姿を消したおじさんが舞台に戻ってきた。

 

「お姉さま!」


 パトリーシア嬢がおじさんに抱きつく。

 

「ちょっと、パティ! あなた先ほどから!」


 さすがにアルベルタ嬢も堪忍袋の緒が切れる寸前のようだ。

 それを知ってか、知らずか。

 パトリーシア嬢は、おじさんの胸に顔を埋めている。

 

「はぁ……いい匂いなのです!」


 きぃいいいいと歯噛みするアルベルタ嬢だ。

 

「では、同じ香油を差しあげましょうか」


「ほんとなのです!?」


「ええ、構いませんわ」


 ニコッと微笑むおじさんである。

 

「皆の分も用意しておきますわね!」


 おじさんの声にテンションを上げる薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたちである。

 

「リーさん、あの二人はどうなったのです?」


 キルスティが声をかけた。

 聖女とケルシーのことである。

 先ほどの悲鳴はいったいなんだったのか。

 

「それは……見ない方がいいのです」


 と、言われてもだ。

 心配半分、好奇心半分でキルスティは舞台裏に足をむけた。

 

 そこに二人はいた。

 

 白目をむき、口の端からよだれをたらしている。

 とてもではないが、他人には見せられない姿だ。

 

 特に乙女には耐えられない姿だろう。

 

 キルスティは小さく悲鳴をあげた。

 一歩、二歩と後ずさる。

 

 その肩をポンと叩く者がいた。

 ひぃとキルスティが小さく声を漏らす。

 

「見てしまいましたわね……」


 おじさんである。

 とても悪い表情だ。

 

「秘密を見た者は同じ目にあってもらいます!」


 ちょっとしたお茶目だったのである。

 そう、ほんの出来心だ。


「いやあああああああ!」


 だが、怖い物に耐性のないキルスティだ。

 おじさんのお茶目は通用しなかった。

 

 いや、通用しすぎたのである。

 

 奇しくもキルスティもまた、聖女とケルシーと同じく他人の目には見せられない姿になったのだ。

 

「冗談でしたのに……」


 シュンとなるおじさんであった。

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