第541話 おじさん光の大精霊を喚ぶ


 大きな声をあげたおじさんに驚く薔薇乙女十字団ローゼンクロイツであった。

 

「どうしたのよ?」


 聖女が聞く。

 

「ちょっとやることがありましたの。先に始めておいてくださいな。少ししたら戻ってきますから」


 おじさんは焦った。

 軍務卿失踪事件なんて大事になったら洒落にならない。

 

 そそくさと演奏用舞台の裏に回る。

 周囲に誰もいないことを確認してから、軍務卿を転移の応用で引き寄せてしまう。

 

 口の端に泡が残ったまま、あははーと笑う軍務卿である。

 これはまずい。

 状態異常を回復させる女神の癒やしを発動するおじさんだ。

 

 だが軍務卿は元に戻らなかった。

 んん、と首を捻るおじさんである。

 

「仕方ありません。ここはお姉さまに相談してみましょう」


 おじさんは小指にはめた指輪をピンと弾く。

 

『アウローラお姉さま! お姉さま!』


『はいはーい。リーちゃん、どうしたのー?』


『お姉さまにちょっとご相談したいことがありまして』


 おじさんは簡単に経緯を説明する。

 それに納得した光の大精霊だ。


『わかったわ、ドンとこのアウローラに任せておいて』


 アウローラがその豪奢な姿を見せた。

 

「リーちゃん!」


 ぎゅうとおじさんを抱きしめる光の大精霊だ。

 お久しぶりなので仕方あるまい。

 ひとしきりイチャイチャした後で、光の大精霊が軍務卿を見た。

 

「この人間ね! 任せておいて!」


 あははーと笑う軍務卿の前に陣取るアウローラだ。

 そして、人差し指の先に魔法の光を明滅させた。

 

「あなたはだんだんねむくなーる、ねむくなーる」


 怪しげなことを言い出す光の大精霊だ。

 しかし、その言葉に従ってコクリとコクリと首を上下させる軍務卿である。

 

「肩を叩かれたら、目を覚まします。あなたは空を飛んでいたことを忘れてしまう。なーんにも思いださない」


 はい、と光の大精霊が軍務卿の肩を叩いた。


「う、ううーん」


 頭を小さく振って声をあげる軍務卿だ。

 そして、おじさんに目をとめる。

 

「リー! なんてことを! なんて怖いことを!」


 忘れてないじゃないか、と思うおじさんである。

 だが、それでも元に戻ったのだ。

 これで良しとしよう。

 

 そう思ったのだ。


「忘れろおおおおおお!」


 だが、アウローラはちがったようである。

 軍務卿の頭にとんでもない勢いで拳骨を落とす。

 光の大精霊は記憶操作・物理を発動させたのであった。

 

 ごいん、と鐘をつくような音が響く。

 地に伏す軍務卿である。

 

「お、お姉さま……」


 さすがにこれは酷いと思うおじさんなのだ。


「はっ!?……おほ、おほほほ。これで大丈夫よ、リーちゃん。じゃあお姉ちゃんはこれで帰るわね。おほほほ……」


 しれっと姿を消すアウローラだ。

 その場に残されるおじさんと軍務卿なのであった。


『なはりーく なはーりた なんばらやんやんやん!』


 舞台の方から演奏が聞こえてくる。

 明るくて楽しい音楽だ。

 

「治癒魔法を使っておきますか」


 おじさんは軍務卿に治癒魔法をかける。

 ハッと正気に返る軍務卿だ。

 

「あれ? なんでこんなところに?」


「大丈夫ですか、軍務卿閣下」


「うん? リーか。オレは……」


 途惑う軍務卿である。

 幸か不幸か、軍務卿は記憶を失っているようであった。


「まぁ色々あったのですよ。貴賓席までお送りしますわ」


 おじさんは軍務卿を引き連れて、貴賓席まで歩いたのだった。

 

 一方で闘技場の舞台である。

 サムディオ公爵家領の冒険者選抜と、ラケーリヌ家の貴族学園のメンバーが紹介されていた。

 

 猛き王虎の弟子であるクルート、ヤイナ、マニャミィの姿も見える。

 ラケーリヌ家の貴族学園では、一部の生徒たちが貴賓席の方を見て肩を落としていた。

 ラケーリヌ家の関係者がいなかったからだ。

 

「今回も優勝をいただくぞ!」


 クルートが声をかける。


「おう!」

 

 さすがに前回の優勝校だ。

 意気軒昂である。


「しゃなんな しゃなんな へいへい いぇーいぇいぇ しゃなんな!」


 聖女とケルシーの歌声が聞こえてくる。

 軽快なリズムだ。

 それに合わせて踊っている魔法少女たち。

 

 そこへおじさんが戻ってきた。

 しれっと飛行の魔法を発動する。

 

 もちろん軍務卿のときのようにはしない。

 ふわっと浮いて宙を舞う。

 

 聖女が舞台を見て、おじさんに親指を立てる。

 おじさんも魔楽器の準備をしながらサムズアップで返した。

 

 闘技場の観客達もわく。

 一人だけではなく、複数の者が宙を飛んでいるのだから。

 

 舞台の装置かなにかだと思っていたのだろう。

 だが、実際に空を飛んでいるのだ。

 それを理解したのである。

 

「おい! クルート! オレがいけるだけいくからな!」


 第一試合を戦う冒険者が声を荒げた。

 気の強そうな男性冒険者である。

 

「ねじ伏せてやれよ」


 にんまりと笑う男性冒険者。

 それに対して、不敵な笑みを返すクルート。

 

「第一試合はじめー」


 冒険者と貴族学園の生徒がむかいあう。

 両者ともに片手剣を装備している。

 違いは盾を持っているのが貴族学園、持っていないのが冒険者だ。

 

 冒険者が開始の合図とともに駆けだす。

 だが、それは貴族学園の生徒にむけてではない。

 

 斜め前方にむかって走る。

 呆気にとられる貴族学園生だ。

 

 そして走りながら、初級魔法を展開する。

 精度は低い。

 だが、それでも角度を変えて撃ちこまれる魔法に、貴族学園の生徒はたじたじとなってしまう。

 

「ハッハー! 正面から戦ってくれる相手ばっかりじゃねえぞ!」


 言いながらも冒険者は近づいていた。

 そして間合いに入る寸前に、自分からあえて転がる。

 地面を転がりつつ、膝から下を狙ったのだ。

 

 まったく想定していなかった攻撃に、貴族学園の生徒は為す術がなかった。

 脛を強く打たれて、うずくまる。

 

 次の瞬間には冒険者が首筋に木剣を当てていた。

 

「勝負ありー!」


 男性講師の間延びした声が響く。 


 鮮やかな勝ち方だった。 

 泥臭くはある。

 が、それも冒険者らしいと言えるだろう。

 

「このごろ流行りの貴族女子ぃ お胸の小さな貴族女子ぃ こっちを向いてよ、パティ」


 空中で聖女とケルシーがのりのりで歌っている。


「誰がお胸の小さな貴族女子なのです!」


 パトリーシア嬢だ。

 名前をあげられるのは厳しかったのだろう。

 そこは配慮しておきたかったところだ。

 

「エーリカだってお胸の小さな聖女なのです」


「あんだってぇええ?」


 聖女とパトリーシア嬢が曲をそっちのけで睨み合う。

 そんな二人のことを見て笑うケルシーだ。

 

「なに笑ってんのよ、お胸の小さなエルフ!」


 聖女とパトリーシア嬢の二人が指をさす。


「誰がじゃごるらぁあああ!」


 さっきまで仲の良かった魔法少女たち。

 彼女たちが仲間割れをしだした。

 

「やんのか?」


「やるのですか?」


「ががってこい、こらあ!」


 突如として空中で始まった魔法少女三人によるバトルに観客席がわく。

 

 おじさんは息を吐いて、肩を大きく落とす。

 そして三人を短距離転移の応用で舞台上に戻すのであった。

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