第540話 おじさん大事なことを忘れていたことに気づかされる


 王立学園にある闘技場。

 その舞台の上でララックは戦っていた。

 

 全体的に見ると、対戦相手となる女性冒険者ウィスパと技量の差はさほどないと言えるだろう。

 若干だがウィスパの方が上と、おじさんは見た。

 

 だが試合の方はというと、ララックは手も足もでない状態になっている。

 理由はウィスパが巧者だったからに尽きるだろう。

 

 巧く相手を翻弄している。

 ララックもまた対処はしているのだが、後手に回ってしまっているので、どうしようもない。

 

 結果、その状況を打開できずにウィスパの勝利で終わった。

 

 中堅戦、副将戦、大将戦のいずれも同様である。

 貴族学園の生徒たちも善戦はしているのだ。

 ただやはり経験不足は否めない。

 

 そこに付けこまれて負けている。

 

 やはり実戦というのは大事なのだ。

 おじさんが事前の合宿で埋めたかった穴である。

 

「これは学園の学習内容を見直すべきなんだろうねぇ」


 父親もおじさんと同じような感想を抱いていた。

 顎を手でさすりながら、ぼそりと呟く。

 

「王都の学園はリーがいるからいいとしても、領地の学園が問題か。さて……どうしたものか」


 そんな父親におじさんが意見具申をする。


「現状、学園の学習内容を変えるのは難しいかもしれませんわね。実戦経験を積ませるとなると、やはり冒険者出身の貴族あたりを積極的に採用するくらいでしょうか」


 要は金をだせという話になってくる。

 なんなら、おじさんは自分の上がりを寄付していいと考える。

 どうせ使えないくらいにあるのだから。

 

「加えて、冒険者育成学校と定期的に交流戦を開くのはどうでしょうか? 今、新しく作っている育成学校なら領都ともさほど離れていませんし」


「なるほど。交流戦か。それはいいかもしれないね。年に一回の対校戦だけではなく、ふだんから定期的に試合をする。うん、それならすぐにでも見直せるはずだ」


 おじさんの案は父親に採用されたようである。

 冒険者育成学校としては、交流戦そのものに大きなメリットはないだろう。

 

 だが、貴族学園の生徒とつながれるチャンスがある。

 要は将来の人脈作りにも期待が持てるというメリットがあるわけだ。

 

「よし、リーちゃんの案を文官たちと揉んでみるよ。義父上と義母上も賛成してくださるだろう」


 父親とおじさんがニッコリと微笑みあう。

 おじさんとて、毎度毎度父親を振り回しているわけではないのだ。

 

「お父様、わたくしそろそろ演奏に戻りますわ。ちょうど三試合目も終わりましたし、お母様と交代してまいります」


「うん。がんばってきなさい」


「もちろんですわ!」


 満面の笑みをうかべ、おじさんは短距離転移をするのであった。

 

 

「ふぅ……」


 演奏用の舞台上である。

 ちょうど曲が終わったところだ。

 母親は心地良い疲れを感じていた。

 

 そこへおじさんが姿を見せる。

 

「お母様、ありがとうございました。交代いたしますわ」


「リーちゃん! ちょうどよかったわ」


 母と娘でハイタッチをする。

 その瞬間に二人で貴賓席に戻った。

 

「あら? あの一瞬で? やるわね、リーちゃん」


 母親の言葉に笑顔を返しながら、おじさんは再度転移の魔法を発動させるのであった。


「しまった! リーちゃんにお酒だしてもらえばよかった!」


 父親の隣、先ほどまでおじさんが座っていた席に腰を落ちつける母親であった。

 

「おつかれさま」


 父親はそんな母親にねぎらいの言葉をかける。

 楽しかったわ、と返す母親だ。

 

「旦那様、奥様、リーお嬢様から宝珠次元庫を預かっておりますので、ご用意いたしましょうか?」


 壁際に控えていた侍女が声をかける。

 こんなこともあろうかと、おじさんは宝珠次元庫を侍女たちに配っているのだ。


「さすがね!」


 と、母親は悪い表情になる。

 貴賓席にいる貴族たちの顔を見たのだ。

 

「ここにいる全員にラガーを振る舞ってちょうだい。あとは、そうね……ああ、あれ・・は持ってきているの?」


 父親はドキリとする。

 心当たりがあったからだ。

 

 千年大蛇の肉を使ったジャーキーである。

 おじさんが考案して、料理長が作ったものだ。

 

 母親はここで営業活動をしようと考えていたのである。


「はい。料理長から預かってきております」


「いいわね! では、あれ・・も振る舞ってちょうだいな」


「承知しました」


 母親の提案により、にわかに貴賓席が活気づくのであった。

 

 

「パティ! 演奏はどこまで進みましたか?」


 舞台に戻ってきたおじさんが質問をする。

 

「一通りは終わったのです!」


 元気のいいパトリーシア嬢の声に、おじさんも微笑みを返す。


「次は何を演奏する気なのですか?」


「まだ決まってないのです!」


 なるほど、とおじさんは一瞬だけ思考した。


「エーリカ、歌いますか?」


「待ってました! そろそろドラムに飽きてたの!」


 聖女が跳びだしてくる。

 

「リー様、歌となると……あの曲をやるのですか?」


 アルベルタ嬢である。

 彼女にしては珍しく目を輝かせていた。


 そう。

 聖女がゴリ押ししたシリーズものの歌だ。

 正直なところ、おじさんは聞いたことがある程度だった。

 

 なにせ、おじさんの幼少期は酷いものだったから。

 でも不思議とやってみると楽しい楽曲なのだ。


「決を採りましょう。やりたい人はどのくらいいますの?」


 男子二人以外、全員が挙手をした。

 その様子にぎょっとした表情になる男子二人だ。

 

 べつに男子二人も曲自体は嫌いではない。

 ただ、衣装がちょっとということなのである。

 

 だが逆に女子たちはメルヘンな衣装が気に入っていた。

 その差が如実にでたのである。


「では、決定ということで。シャル先輩、ヴィル先輩もよろしいですわね?」


 渋々といった表情だが、二人が頷いた。

 

「せっかく練習してきたのです! 全力で楽しみましょう!」


 おじさんが錬成魔法を使って衣装を変えてしまう。

 

 男子二人はシルクハットに燕尾服。

 目元はマスクという姿になる。

 

 女子は全員が色違いだが同じ衣装だ。

 幅広の黒の三角帽子に、ちょっとスカートが短めのウェイトレス風のガーリッシュなデザイン。

 パッと見たところでは、魔法少女のようである。

 

 この曲では演奏以外に歌と踊り手が多くなるのが特徴だ。

 聖女とケルシーを筆頭に薔薇乙女十字団ローゼンクロイツでは、小柄な女子たちが踊り手になる。

 

 闘技場の舞台では、第四試合の呼び込みが始まっていた。

 

 冒険者四組となるサムディオ公爵家領選抜と、ラケーリヌ家の貴族学園との対戦となる。

 

 本日最後の試合だ。

 ここまできたらラストスパートといったところだろう。

 

「リーえもん!」


 聖女が声をかける。

 おじさんは演奏組だ。

 

「なにを言っているのですか」


 聖女のかけ声に肩の力が抜けるおじさんだ。


「アタシもお空を自由に飛びたいのよ!」


 先ほどのケルシーのことだろう。

 聖女がお願いとばかりに、手を合わせている。

 

 見れば、聖女以外にも期待に満ちた目をしている薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのメンバーたちがいた。

 

「仕方ありませんわね。では、全員……あああ! 忘れていましたわ!」


 そう、おじさんは失念していたのである。

 軍務卿を飛ばしていたことを。


 その頃。

 おじさんに忘れられていた軍務卿は、気絶と覚醒を繰りかえし、もうどうにでもなあれという心境になっていたのだ。


「あはははー」


 彼は考えることを放棄した、のかもしれない。

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