第539話 おじさんちょっとだけ未来を思う


「阿呆だねぇ……」


 空中を高速で旋回する軍務卿を見ながら父親が言う。

 相手はおじさんである。

 

「まったくですわ。ケルシーのように闘技場内を飛べると思っていたのでしょうか。軍務卿がそんなことをすればどうなるか」


 おじさんの言葉にウンウンと頷く父親であった。

 

「リーちゃん、そんなこと・・・・・より第一試合が始まるよ」


 棍を手にした冒険者の動きが様になっている。

 素人というレベルではないのが、一目でわかるほどに。

 

 対する貴族学園の生徒はオーソドックスなスタイルだ。

 騎士のような片手剣と丸盾を装備しているところを見ると、万能型といったところだろう。


 ただし学生レベルで言えば、万能型は言い過ぎである。

 器用貧乏の方が正解だ。

 キルスティほど剣と魔法に習熟していれば別だが。

 

「うん。あの冒険者選抜の子は、なかなかいい動きをしているじゃないか」


 ニコニコとしながら父親がボソリと言う。

 おじさんが見るところ、まだかなり余裕を残している感じだ。

 というよりも相手が弱いのである。

 

 初手に棍と剣を合わせて、それを理解したのだろう。

 棍の捌き方のみで翻弄している感がある。

 

 一方の学園生は魔法を発動しようにも、相手の棍を防ぐのに精一杯となっていた。

 このままだとジリ貧である。

 

 それが理解できたのだろう。

 一発逆転を狙い、目くらましの魔法を無理やり放つ。

 

 だが、それも冒険者にとっては予想のうちだった。

 あっさりと追い打ちにあって、舞台の上に転がされる。

 勝負ありだ。

 

「ふむ。少々うちの学園生はたるんでいるね。あの程度の者が代表になるなんて……もう少し目を配った方がいいか」


「そうですわね……。そう言えばお父様に伺いたかったのですが、領地の貴族学園はどんなところですの?」


 なんとなく気になったおじさんである。

 

「ううん。生徒としてはわからないけどね。何度か視察に行った分には、王都の学園とさほど変わらないよ。ただ教えている内容は基礎的なものになるね」


「なるほど。それでは仕方ないのかもしれませんね」


「……中にはかなり手練れの子もいるんだけどね。跡継ぎになれない子とかは冒険者になることも多いから。実戦経験が豊富な子もいるんだよ」


「そうなのですか。跡継ぎになれない……その場合は冒険者や騎士、文官への道が一般的なのですよね?」


「そうだね。優秀なら学園に残って教師になることもあるし、神殿で神官になる子もいるね。他にも各組合の職員として働く場合もあるよ。あとは組合を通じて元貴族の職人に弟子入りすることもあるね」


 ふむ、と指を顎にあてるおじさんだ。

 なかなか貴族学園の生徒たちも大変である。

 

 では、自分はどうなのだろう。

 学園を卒業したあとのことを考えてみる。

 

 おじさんは結婚する気がない。

 それは両親も了解してくれているはずだ。

 

 公爵家の跡取りには弟がいる。

 おじさん自身、家を継ぐという気はサラサラない。

 もちろん家のことを手伝えと言われれば喜んでやる。

 

 かわいい弟のためなのだ。

 むしろ頼まれなくてもやる。

 

「どうしたんだい?」


 父親がおじさんを心配そうに見た。

 

「いえ、学園を卒業した後のことを考えてしまって」


 おじさんの言葉は父親にとって意外だった。

 なんでもできるおじさんである。

 だけどまだまだ子どもなのだ。

 

 それがおかしくて、愛おしくて。

 父親はおじさんの頭をなでていた。


「なにも心配しなくてもいいさ。リーは私とヴェロニカの娘なのだから。自由に生きなさい」


 無骨だが温かく、優しい手だった。

 なんだか久しぶりに頭をなでられた気がする。

 その心地よさに目を閉じるおじさんだった。

 

 同時に父親も改めて決意していたのだ。

 おじさんの行く手を遮るものは、すべて排除してやる、と。

 

 一方で薔薇乙女十字団ローゼンクロイツである。

 曲の切れ目でケルシーが舞台に舞い降りてきた。

 

 さすがの母親といえど、長時間の運用は厳しいのだろう。

 トテトテとケルシーが母親に近寄る。

 満面の笑みだ。

 

 お互いに満足したのだろう。

 身長差のある二人がハイタッチをキメる。

 

「さすがリー様のお母様なのです! 合わせるのは初めてなのにバッチリだったのです!」


 パトリーシア嬢が母親を尊敬の眼差しで見た。

 そのことに満足したのだろう。


「あとはリーちゃんに任せようかしら……」


 母親は貴賓席に目をやる。

 そこで父親に頭をなでられているおじさんを見た。

 

 ふふっと笑い声がでる。

 あんまり甘えない子だったのに。

 

「いえ、もうしばらくは私がリーちゃんの代わりをしましょう」


 母親の言葉に無言で頷く薔薇乙女十字団ローゼンクロイツである。

 皆も思っていたのだ。

 おじさんがホッコリとした笑顔をうかべるのを見て、自分たちがもっとがんばらなければ、と。

 

「次の曲に行きますわよ! エーリカ、任せました」


「おうともよ!」


 カッカッカッとスティックを鳴らしてカウントを取る聖女。

 そのカウントに合わせて、再び薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの演奏が始まるのであった。

 

 闘技場の舞台では第二試合が始まろうとしていた。

 公爵家領の学園生からはララックがでてくる。

 

 フレメアの甥っ子。

 その名は学園の中でも有名な方だろう。

 

 一見して文官タイプのララック。

 魔法が主体なのだろう。

 ただ思い切っているのは、両手に盾を装備している点だ。

 

 色々と考えた結果のことなのだろう。

 近接戦は防御に特化するという考えらしい。

 

 一方で冒険者の方からは、女性魔法使いのウィスパだ。

 こちらは完全に魔導師タイプの装備である。

 

「では次鋒戦、はじめー」

 

 男性講師の声がかかったときだった。

 

「ララックー! ぶちのめすんだよううう!」


 観客席から大きな声援が響く。

 赤髪の女傑フレメアその人であった。

 

 最前列。

 観客席と闘技場の内側を隔てる壁に身をのりだしている。

 

 そんな伯母の姿を見て、ララックは急激に恥ずかしくなった。

 応援してくれるのはいい。

 だが、それはやり過ぎだ。

 

「ララックー! いけー!」


 その声を聞いて、ララックは対戦相手に声をかける。

 

「なんか、ごめん」


「いえ、気にしないで」


 大変ねとはさすがに言えないウィスパである。

 だって、カラセベド公爵家領では名の知れた女傑なのだから。

 そこは冒険者だって気をつかうのだ。

 

「あーいいかー。じゃあ、改めてー」


 男性講師も苦笑いだ。

 その瞬間であった。

 

「ぐはああああ!」


 フレメアが弾かれたように後方に吹っ飛ぶ。

 それでもダメージはなかったのだろう。

 すぐに元の位置に戻ってくる。

 

「誰だ! この私にケンカを売るなんて良い度胸じゃないか!」


 犯人は父親であった。

 魔法が苦手といっても、それは母親と比べての話である。

 いわば万能型の最上位に属するのが父親だ。

 

 ふだんはなかなか甘えてくれないおじさん

 そんなおじさんが甘えているのだ。

 

 邪魔をするな、という話である。


「アドロス」


 貴賓席の壁際に控えていた家令の名を呼ぶ。

 それですべてが伝わっていた。


「お任せあれ。あの野犬を躾けてまいります」


「頼んだよ」


 父親の言葉に一礼して家令はおじさんからもらった黒の手袋をはめる。

 銘はウォルター。

 

 家令とて思っていたのだ。

 邪魔をするな、と。

 だから、本気でいく。


「では失礼いたします」


 黒の執事が動いた。

 そのことをまだ知らないフレメアである。

 

「誰だ! この私にケンカを売ったのは! 一歩前にでろ!」


「私ですよ」


 背後から声がかかる。

 威勢良く振り向くフレメアは顔が真っ青にさせた。


「げええ! 兄者ああああ!」


「少しきつめにお灸をすえなければいけませんね」


 その瞬間であった。

 フレメアの全身が超極細の鋼糸で絡め取られる。

 

「え? ちょ! 兄者、兄者!」


「見世物にする気はありません。それが情けというものです」


「はう! 召されちゃう! た、たしゅけてえええ」


 その言葉を残して、フレメアと家令は闘技場から姿を消したのであった。

 

「……なんか、ごめん」


「いいえ、気にしないで。本当に……」


 こうして微妙な空気に包まれたまま、次鋒戦は開始するのであった。

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