第538話 おじさんなんだかんだと軌道修正させる


 おじさんは無自覚である。

 自らの持つ魅力に。

 容姿に、存在感に。

 

 だから闘技場の舞台で肩を組む冒険者と貴族学園の生徒たちの数が増えるごとに、なんでだと疑問を感じるのであった。

 今は横に二列にならんで、全員が舞台の上にあがっている。

 そして、おじさんに声援を送るのだ。


「アタマふれええええ!」


 ケルシーが叫ぶ。

 前面にでてきて、頭を振る。

 観客たちと舞台上のメンバーも合わせて頭を振った。


「ぐぬぬ……このままでは」


 いけないと思いつつも、おじさんには改善策が見いだせない。

 なんとか対校戦を始めさせなければ。

 

 起死回生の策はあるのか。

 おじさんはふぅと息を吐く。

 

 そして周囲を見渡すと、貴賓席に両親が見えた。

 ニコニコとおじさんの演奏に聴き入っている。


「あれは……お母様にお父様!」


 おじさんは閃いた。

 ここは両親を召喚するのだ、と。


「やりますか」


 おじさんが短距離転移の引き寄せを発動させた。

 舞台上に母親が現れる。

 

「あら? リーちゃん?」


 母親はキョトンとしている。

 だがすぐに状況を察したようだ。


「お母様、わたくしの代わりに演奏してくださいな!」


「ほんと! やってみたかったのよ!」


 目を輝かせる母親である。

 家の中でもおじさんが弾くのを見ていた。


 一緒に弾いたこともある。

 なので楽譜は頭に入っているのだろう。


「わたくしはあちらに行ってきます」


 闘技場の舞台に視線をむけるおじさんだ。

 

「では、お願いしますわね!」


「ちょっと待ってリーちゃん。私も衣装を揃えてほしいわ」


 母親の提案に苦笑しながら、おじさんは快く応じた。

 一瞬で錬成魔法を発動する。

 母親のドレスが薔薇乙女十字団ローゼンクロイツ仕様に変わった。

 

 おじさんから魔楽器のバイオリンを受けとる。

 同時に母親は声をかけた。

 

「ケルシー!」


「はい! お母様!」


 しっかり調教されているケルシーだ。

 その耳元でコソコソと話をする母親であった。


「うしししし! 承知!」


 悪巧みをする二人をおいて、おじさんは舞台上に転移する。

 さらには父親を引き寄せ転移してしまう。

 

「お父様! お願いしますわ!」


 父親は苦笑をうかべながら理解していた。

 要するに、だ。

 

 第一試合における学園長になれという話である。

 

 この舞台上にいるのは、どちらもカラセベド公爵家の領内に居住する者たちだ。

 誰の言葉よりも効果がある、とおじさんは踏んだのだ。

 

 事実。

 おじさんが舞台袖に姿を見せ、父親もまた現れた。

 そのことに動揺を隠せていない。

 

 というよりも、舞台上にいる全員が一斉にその場に片膝をついた。

 

「さて、どうしてこの場に私が呼ばれたのか。理由は理解しているだろうね?」


 父親がゆっくりとだが威圧的な口調で話す。

 

「キミたちがうちの娘に好意を寄せるのはいい。だけど、そのせいでうちの娘がとっても困っているんだ。わかるね?」


 最後のわかるね? に身を震わせる生徒と冒険者たち。

 

「では、どうすればこの状況を解決できるだろうか?」


 じろりと鋭い目つきで跪く者たちを睥睨する父親だ。

 

「今から全力で対校戦を戦うことですわ!」


 おじさんが割って入る。

 

「だ、そうだよ。わかったね?」


 ハッと全員が短くだが、力強く唱和した。

 その様子に満足そうな笑みをみせるおじさんだ。

 だが、父親はここで飴を与えることも忘れない。

 

「そうだね。この勝負で勝った方を後日領内で行われる行事に招待しようじゃないか。そこでならうちの娘が演奏するのをさきほどみたいに楽しめるよ」


「閣下の御高配、感謝に堪えません」


 ララックであった。

 赤髪の女傑、フレメアの甥っ子である。

 

「理解できたみたいだね。では、キミたちの本気を見せてほしい。以上だ」


 そう残しておじさんと父親は貴賓席に転移した。

 まるで夢のような出来事だと舞台上にいた者たちは思う。

 

 公爵閣下のみならず、おじさんにも声をかけてもらったのだから。

 しかも特大の飴までぶら下げられてしまった。

 

 灰色髪の女性冒険者のウィスパが杖を強く舞台に叩きつける。

 

「あんたたち、絶対に勝ちなさい! 全力よ、全力でいくの」


「おう!」


 冒険者勢は一気に盛り上がった。

 

「最初に戦うのは誰?」


「オレだ!」


 槍代わりに棍を携えた男性冒険者が声をあげた。

 

「出し惜しみはなし! わかっているわね! もう優勝なんか関係ないわ。全力全開でいきなさいよ! リー様にお声をかけていただいたのだから、無様な姿を見せたら殺すわよ!」


「任せとけ!」


 そんな冒険者の雰囲気に飲まれてしまう貴族学園の生徒たち。

 だが、彼らは彼らで思っていたのだ。

 近い将来、上司になる人物の前で下手は打てない、と。

 

「やるぞ!」


 貴族といえど、やるときはやらねばならない。

 そんな思いに満たされていたのである。

 

 

「らららーらららー」


 そこに響いてくるケルシーの声である。

 見れば、ケルシーは宙をすべるように飛んでいた。

 

 母親が飛行魔法をかけたのだろう。

 

 ケルシーがクルクルと回りながら空を飛ぶ。

 それを羨ましそうに見る聖女だ。

 

「リーちゃん、あれ大丈夫なのかい?」


 父親である。

 一緒に貴賓席に戻ったおじさんに聞く。

 

「お母様のことですから問題ないと思いますが……まぁいざとなれば、わたくしがどうとでもいたします」


「さすが、心強いね」


 なんでもないことのように話す公爵家の親子である。

 

「なぁスラン、リー」


 声をかけてきたのは軍務卿だ。

 遅ればせながら貴賓席に到着したのである。

 

「なんでヴェロニカがあんなところで演奏しているんだ?」


「見てくださいな、お母様がとっても楽しそうにされているでしょう。なので野暮は言いっこなしですわよ」


 おじさんに諭される軍務卿だ。

 

「では、先鋒戦はじめー」


 男性講師の声がかかる。

 闘技場の舞台では選手たちが相対していた。

 

「おい、どっちを見りゃいいんだ!」


 ペゾルドである。


「好きな方を見ればいいでしょ」


 素っ気ないコルリンダ。

 そんな彼女は演奏の方を見ている。

 

「あの御方ってリー様の母親だったのか。道理で」


 その先は敢えて言葉にしないペゾルドだ。

 少しは学んだのである。

 

「で、よう。お前の同朋が空を飛んでるけど? あれはエルフの魔法かなにかか?」


「ちがうわね。ん? あれは風の精霊たち?」


 少しの間、ケルシーを凝視するコルリンダだ。

 

「ああ――そういうことなのね」


 コルリンダは気づいてしまったのだ。

 母親もまた風の精霊と関係がある、と。


「おい、なんなんだよ。独りで納得するんじゃねえ」


「そうね。またひとつ公爵家と敵対できない理由が増えたってことよ」


「いや、だから公爵家を敵に回すことなんかできねえって」


 やっぱりわかってない。

 それもまぁ仕方ないかと思うコルリンダだ。

 ひとつ大きな息を吐く。

 

「鈍感」


「それがオレのいいところだろうが!」


 めげないペゾルドであった。

 

 

「あびゃあああ!」


 ケルシーが叫んだ。

 空中での挙動が不安定になっていたからである。

 

 急降下と急上昇を繰りかえしていた。

 まるでジェットコースターだ。

 

「リー!」


 父親がおじさんを見た。

 

「大丈夫ですわ。お母様を見てくださいな」


 父親は母親に目をむける。

 とても楽しそうに楽器を弾きながら、口元はニヤニヤとしているではないか。


「ああ、ふつうに飛ばすのは飽きたんだね?」


「ですわね」


「なぁリー。あの魔法を使えるのか?」


 軍務卿である。

 好奇心いっぱいという表情だ。


「使えますわよ」


「よし、じゃあオレにかけてくれないか?」


 おじさんはじとっとした目を軍務卿にむけた。

 その後に父親を見る。

 父親は母親と同様に悪い顔をしていた。

 

 それを見て、おじさんは指を鳴らす。

 

 軍務卿の身体が宙にうく。

 

「お? お? おおおお?」


「では、楽しんできてくださいな!」


 軍務卿の身体が急浮上していく。

 その姿は既に豆粒のようになっていた。

 超高速でロールを描きながら、縦横無尽に空を駆ける。

 

「いやああああああ! たしゅけてえええ!」


 乙女のような悲鳴をあげる軍務卿であった。

 おじさん、ちょっと鬱憤をぶつけてしまったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る