第537話 おじさん冷めた会場を温め直す
一組は王領にある冒険者組合からの選抜だ。
中にはイトパルサ出身の者たちも含まれている。
その応援に緑の古馬のペゾルドとコルリンダの姿も観客席に見えていた。
三組はラケーリヌ家領から選抜された冒険者たちだ。
宰相の実家が治めている領地になる。
「ふぅ……コルリンダの言うとおりに賭けといてよかったぁ」
大きく息を吐きだしたのはペゾルドだ。
隣にいるコルリンダは腕組みをして、目を閉じている。
「儲けた分はあとで奢るからな」
からからと陽気な笑いを見せる。
そんな相棒をちらりと見ないコルリンダだ。
「なぁさっきの試合のお嬢ちゃん。あれって一年生なんだろ?」
「そう説明があったね」
どこか素っ気ないコルリンダだ。
「……マジかよ。ったく。先鋒ででてきたってことはあのお嬢ちゃんが下の方っていう見方もできるよな?」
「確かにそうだけど……。リー様が関わっているのだから、あのくらいは当然かもしれないわね」
「リー様って、最後にでてきたすっごい美人の子だろ。将来楽しみだなぁ」
ちょっとだけ鼻の下を伸ばすペゾルドだ。
暢気なものである。
だが、コルリンダはカッと目を開いた。
「バカ! なに言ってんだい!」
慌ててペゾルドの口を塞ぐコルリンダだ。
誰が見ているかわからない。
不用意な発言を聞かれれば、どうなるかわからない。
「悪かったって。ちょっと口がすべっただけだ。気をつけるよ。ってかリー様がやってたのって転移魔法なのか?」
エルフとしてどう考えるよ、という視線をむけるペゾルドだ。
「だろうね。しかも自分だけじゃなく周囲の人間も連れて転移できる。これがどういうことかわかる?」
「すげー魔力が多いってことだろう?」
相棒のことをバカと吐き捨てるコルリンダであった。
「膨大な魔力が必要とされるのは当然。だけどその魔力を自分の手足のように扱っているってことよ。最後に広域の治癒魔法も披露されていたでしょうに。あれ、ものすごく難易度が高いのよ」
「うへぇ……ってことは?」
「もう既に魔法の腕だけでも特級に値するってこと」
ペシンと自分の額を掌で覆うペゾルド。
最近、少し後退してきた生え際が怪しい。
だがペゾルドは思っていた。
髪の毛が後退しているのではない。
オレが前進していて、髪の毛がついてこれないのだ、と。
バカなことを言う前に、貴族で流行している薄毛の薬を買えばいいのに、とは言わないコルリンダである。
緑の古馬くらいになれば、貴族との伝手もあるのだ。
多少は高くつくだろうが、そこから入手できるだろうに。
「は! 特級で思いだした! あそこの貴賓席に座っている御方、あの御方ってどちら様かわかるか?」
おじさんとよく似た銀髪の美人である。
「さぁ? なんでそんなこと聞くのよ?」
「いや昔見た、特級の魔法使いに似てるような……」
ふぅと大きく息を吐くコルリンダ。
そしてペゾルドに鋭い視線をむけた。
「あんたね。もうちょっと考えて喋りなさいよ」
「……悪い」
事の真偽はどうでもいい。
ただ貴賓席に座るのは王都の中でも上位の貴族のみ。
しかも座っている席は最前列。
そこから身分が推し量れるというものだ。
下手をすると、不敬罪を問われてもおかしくない言葉なのである。
「そろそろ次の試合が始まるか」
コルリンダの視線を躱すように、話題の変更を試みるペゾルドなのであった。
「あいつら、どこまでやれるかな?」
「まぁやれるだけはやるでしょ。でなきゃ帰ってからお仕置きよ」
「だよなー」
話題をそらせたことに胸をなで下ろすペゾルドだ。
冒険者一組と三組の試合が始まる。
試合は一進一退の攻防を続けるいい勝負だ。
だが先ほどの試合と比べるとインパクトに欠ける。
いつもの対抗戦と同じだ。
冒険者選抜組は基本的に腕が立つものが多い。
貴族の学園生と比較しての話である。
ただ今回ばかりは従前の大会と同じようにいかないようだ。
「ふぅ……こっちもなんとか勝ったか」
ペゾルドはまたもや賭けに勝った。
王領出身の冒険者選抜が辛くも勝利を手にしたのである。
二勝一敗二引き分け。
一勝一敗二引き分けで行われた大将戦。
それは手に汗を握る白熱した試合だったと言える。
だが、やっぱりインパクトに欠けた。
どこか物足りなさを感じてしまう。
それはペゾルドやコルリンダだけではない。
観客もまた同様だった。
王領選抜ということで、いつもならもっと盛り上がるはずだ。
微妙な空気が流れている闘技場。
そこでいきなり大きな音が鳴った。
見れば、楽団が衣装や楽器を持ち替えている。
大きな音の出所は楽団からであった。
「盛り上がりが足りませんわね! 皆さん、もっと声をだしていきましょうか!」
おじさんであった。
学園長をダンジョンに置いて帰ってきたのだろう。
「せっかくのお祭りなのです! 賑々しくまいりますわよ!」
壁面のモニターにおじさんの姿が大写しになる。
その超絶美少女っぷりに多くの観衆が息を呑んだ。
「エーリカ! なにでいきますの!」
「アビスの門から四
「なるほど! ロマンシングですわね!」
おじさんが聖女にむかって親指を立てる。
聖女がドラムの位置で、スティックを鳴らす。
「次に戦う皆さんを鼓舞しますわよ! 観客の皆さんも! 最初から飛ばしていきましょう!」
おう、と学生会から返答があった。
どこか不気味で厳かな雰囲気の曲が流れる。
その間に男性講師が次の試合に出場するメンバーを紹介した。
冒険者二組であるカラセベド公爵家領の冒険者チーム。
それにカラセベド公爵家領の貴族学園チームである。
両者の紹介が終わるまで、不気味で厳かな曲が続く。
男性講師が先鋒の試合開始を告げる。
「第一試合はじめー!」
「いくぞー!」
試合開始の合図とともに、聖女とケルシーが同時に叫んだ。
そこで曲が一転する。
優雅さと激しさが同居する音楽が流れた。
おじさんはバイオリンを弾いている。
主旋律の担当だ。
原曲よりもテンポが速い。
だが、おじさんはニコリと笑顔を見せて弾く。
その姿に会場が爆発的な声をあげた。
先ほどまで静まり返っていたのが嘘のようだ。
しめしめと思うおじさんであった。
だが、おじさんの思惑は外れていたのだ。
全員が注目していたのは、モニターに映るおじさんである。
「リー様あああ、ステキいいいいい!」
その声を最初にあげたのは、あろうことか闘技場の舞台の上に立つ対戦者二人である。
同じカラセベド公爵家領の貴族と冒険者。
立場は違えど、おじさんを思う心は同じなのであった。
二人は目を見合わせると、互いに歩み寄ってがっちり握手をした。
その上、目を見合わせてタイミングを諮る。
「リー様ああああ!」
男性講師は膝をついた。
力が抜ける。
宣言どおりに選手と観客の鼓舞はした。
だが、その方向性がちがう。
本来は対戦をする二人が肩を組んでいる。
身分の差を超えて。
そして、声をあわせているではないか。
美しい光景である。
だが、ちがう。
断じてちがうのだ。
ここは対抗戦の場である。
そう――伝統と歴史ある対抗戦の場なのだ。
「なんでこうなるのですかー!」
おじさんの言葉は空しく響くのであった。
だいたい、おじさんのせいである。
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